インドネシアの流通業界に起きている革命と、日本に導入された場合のメリットを紹介します(写真:oduaimages/PIXTA)

東南アジアには日本以上に旧来型の「パパママショップ」が残っており、サプライチェーンも複雑だ。が、こうした中、小売業界における非効率さを解決することを目的としたアプリが登場し、小売産業を大きく変えようとしている。本稿ではインドネシアの流通業界に革命を起こしつつあるアプリを紹介し、日本で導入された場合のメリットを、経営共創基盤の共同経営者、坂田幸樹氏著『デジタル・フロンティア 米中に日本企業が勝つための「東南アジア発・新しいDX戦略」』より紹介する。

複雑極まりないサプライチェーン

パパママショップは、東南アジアの国民を支える重要な社会インフラとなっている。たとえば、インドネシアには「ワルン(Warung)」と呼ばれるパパママショップがあちこちに存在し、その数は350万店舗以上といわれている。多くは家族経営で、家族が店主や店員として働いている。また、地域住民が集まるコミュニティーとしての役割も担っている。

しかし、その経営はお世辞にも効率的とはいえない。

一般的にパパママショップは、商品が不足するとほかの小売店や卸売業者から商品を購入する。しかし、ほかの小売店や卸売業者の在庫データが共有されているわけではないので、近くの小売店に行ったところで在庫がなければまったくの無駄足になる。卸売業者に問い合わせても在庫がなければ、その商品はしばらくの間品切れが続いてしまうことになる。

問題をより複雑にしているのが、インドネシアのサプライチェーンが極めて多層化していることだ。1万7000以上もの島に国土が広がるインドネシアにおいて、メーカーや大手商社から直接全国に350万店舗も点在するパパママショップに商品を届けることは現実的ではない。

そのため、インドネシアではメーカーから消費者までの間に多数のプレイヤーが存在している。多層化したサプライチェーンが存在することで商品を末端まで流通させることができるが、以下のような問題も生み出している。

まず、多層化したサプライチェーンには中間業者が多く存在しているため、それぞれの業者が利益を得ることで、最終消費者が支払う小売価格が高くなる。また、多くの中間業者が介在することで、商品の品質管理が難しくなる。

結果として、品質の劣化や偽造品が市場に出回るリスクが高まる。さらに、多層化したサプライチェーンでは、物流の手間が増えるため、非効率であることに加えて、環境への負荷も高まる。

これらの問題はインドネシアのみならず、多くの新興国で深刻な社会問題となっている。もちろん、大手商社が小規模な中間業者をバイパスし、効率化したサプライチェーンを作ればいいのだが、多くの場合、こうした試みは失敗に終わっている。その理由の1つは、中間業者が既得権益を手放そうとしないことである。

また、パパママショップの在庫データや発注データは一元的には管理されていないことも、受発注や配送の共有化などを阻害する要因となる。

タバコメーカーが起こそうとしている変革

では、どのようにすれば多層化したサプライチェーンの改革を進めることができるのだろうか。そのためには、既得権益を打破するためのビッグデータを収集することが必要となる。

そうした企業の1つがジャルムグループ(Djarum Group)というタバコメーカーである。同社は、タバコ製造以外にもインドネシアを代表する銀行であるBCA銀行を保有し、不動産開発や家電の製造なども行っている。

また、ジャルムグループは、ブリブリミトラ(Blibli Mitra)というパパママショップ向けEコマースの運営もしている。パパママショップのオーナーは、アプリを使って在庫管理や発注管理をすることができる。ブリブリミトラでは、肉や冷凍食品、飲料や野菜など、幅広い商品を取り扱っている。

ポイントは、ジャルムグループがブリブリミトラを運営しているため、パパママショップは近隣の小売店や卸売業者から商品を購入する必要がなくなることだ。アプリを使うことで当然、データも一元管理できる。ジャルムグループとしても、パパママショップの品切れを減らすことで機会損失を減らすことにつながる。

このようなパパママショップ支援事業には、ジャルムグループのような財閥のみならず、スタートアップも参入している。

たとえば、2018年に設立されたシンバッド(Sinbad)というスタートアップは、ブリブリミトラ同様にパパママショップ向けのEコマースを提供している。シンバッドはオリジナル商品を含む5000種類以上の商品を販売し、150都市以上のパパママショップに配送している。

シンバッドはメーカーから直接仕入れてパパママショップに販売をしているため、多層化したサプライチェーンの打破を実現している。また、シンバッドはクレジットでの販売をすることで、パパママショップの資金繰り改善にも貢献している。そして、当然これらの取引データはすべてシンバッドが一元的に管理している。

なぜ多くの企業がパパママショップのデータ収集に注力しているのかというと、それが大きな変革を生む力になるからである。

デジタル技術が今ほど発達していなかった時代には、図の左側のようにコンビニチェーンやスーパーマーケットチェーンが独自に縦割りのサプライチェーンを構築する必要があった。しかし、現代では図の右側のように、サプライチェーンをレイヤー構造でとらえて、パパママショップのデータを集約することで横割りの大規模な改革を進めることができるのである。

日本の商店街が抱える「問題」

インドネシアの場合、こうした新しいサービスが非効率な流通や既得権益を破壊しつつある。日本ではどうだろうか。

日本では〇〇ペイや〇〇ポイントといった決済サービスやポイントプログラムが乱立している。結果として、それぞれのサービス提供者が消耗戦を繰り広げていて、社会全体のDXにつながるような動きにはなっていない。

また、日本の商店街は一見、手を組んでいるように見えても、実際にはやっていることがバラバラなことが多い。店によっては現金決済のみの取り扱いだったり、クレジットカードや交通系カードも使えたり使えなかったりと統一感がない。また、紙のポイントカードを発行している店もあれば、独自にスマホアプリを活用している店もある。さらに、配達を受けつけている店もあれば、受けつけていない店もある。

消費者としては、そもそも決済手段が統一されていないので、店によって決済手段を選択する必要がある。紙のポイントカードやスマホアプリ、それぞれを管理するのも煩雑である。宅配をしてくれるかどうかもいちいち確認せねばならない。

日本にスーパーアプリが普及すれば?

インドネシアのようなスーパーアプリが普及すれば、こうした問題は解決される。データが一元的に管理されていれば、プラットフォームの共通化によるコスト低減や売り上げ機会の増加も図ることができるだろう。さらに、商店街が一体となった取り組みも始めやすくなるかもしれない。大型ショッピングモールに対抗するためのプロモーション施策を商店街が一体となって仕掛けるといったことである。


たとえば、データ分析の結果、週末に大型ショッピングモールへ家族客が流れていることがわかったら、週末に商店街を挙げたイベントを企画してもよいだろう。ほかの商店街と連携して祭りなど街おこしのための大規模なイベントを開催してもいいかもしれない。 顧客側も決済システムやアプリが統一されていれば便利だ。

DMも消費者ごとに最適化されたものがまとめて送られてくるので、バラバラと送られてくるメールをいくつも読む必要がなくなる。また、家にいながらにして、生活に必要な食材や消費財を商店街の複数店舗にまとめて注文できたら便利だろう。

地元の商店街には、消費者の近くにいて、消費者の顔が見えるという強みがある。

デジタルの力を使えば、それらをさらに強化することができる。これこそがインドネシアをはじめとする東南アジアで起きていることであり、まさに、「半径5キロ圏内の問題解決から起きるイノベーション」といえるだろう。

(坂田 幸樹 : 株式会社経営共創基盤(IGPI)共同経営者(パートナー)、IGPIシンガポール取締役CEO)