「モバイルの苦境」が取りざたされる楽天。しかし学部卒の東大生の就職先としては、3年連続で1位に輝いている。何が若者を惹きつけるのか、気鋭のジャーナリストが解説する(撮影:尾形文繁)

東京大学新聞社が毎年まとめている「東大学部卒業者・院修了者の就職先上位ランキング」の2022年度版で、楽天グループが学部卒の民間企業就職先で3年連続のトップに立った。

大人たちの間では「モバイル事業で資金繰りに苦しむ楽天は危ない」が定説になっているが、若者たちの目にはまったく違う映り方をしているようだ。『起業の天才!ーー江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』の著者で、このほど『最後の海賊ーー楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』を上梓したジャーナリストの大西康之が読み解く。

楽天は東大学部生就活ランキングで3年連続1位

東大新聞のランキングによると、東大学部生の就職者数では楽天グループが1位の17人。16人の三菱UFJ銀行とコンサルティング会社のアクセンチュアを抑え3年連続で首位に立った。官庁を含めたランキングでは1位が外務省(19人)、2位が総務省(18人)。17人の楽天は3位につけている。


4位以下には三菱UFJ銀行(16人)、アクセンチュア(16人)、財務省(14人)といった「定番」が続く。財務省の不人気はここ数年、話題になっているが「財務省より楽天」という東大生の判断は面白い。

院修了も29人が楽天に入社しており、アクセンチュア(41人)、日本IBM(30人)に次ぐ3位。ソニー(23人)、NTTデータ(22人)、日立製作所(21人)といった日本を代表する「IT・ものづくり企業」を上回っている。

ちなみに学部卒では上位20社に製造業は1社も入っていない。『起業の天才!』の中には、情報誌による「マッチング」という新しいビジネスモデルを編み出した江副に対し、当時経団連会長で新日鉄(現日本製鉄)出身の稲山嘉寛が「額に汗してモノを作らないあなたたちのような虚業に人材が流れるのは危うい」と語る場面がある。

稲山の言説に従えば、世界の株式時価増額ランキングでトップ10を独占する「GAFA+M」は、そのほとんどが「虚業」である。

産業のサービス化はアルビン・トフラーの『第三の波』が世界的ベストセラーになった1980年代から叫ばれていたことだが、その波が40年遅れでようやく日本にも届いた。テクノロジーの進化により、サービス化は「データ化」「AI化」に変化した。東大生はその波頭に立つ企業が「楽天」であると認識しているのだ。

GAFAを蹴って楽天を選んだ台湾の学生

なぜ楽天が「データ化」「AI化」の先頭なのか。『最後の海賊』に登場する新入社員の蘇上育(スー・シャンユウ)はこう説明する。


「サイエンティストの立場で言うと、EC(楽天市場)、フィンテック(楽天カード)など70を超えるインターネットサービスで膨大なデータを扱っているのが何よりの魅力です」

2023年2月に入社したスーは、台湾最難関の国立台湾大学でコンピューター科学の博士号を取った生成AIのスペシャリストだ。インターンをしていたグーグル、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトから「うちに来ないか」と誘われた。

アメリカのビッグテックの誘いを蹴って楽天に来たスーはこう続ける。

「僕がインターンをしていたグーグルのラボには6000人のサイエンティストがいました。あの規模だと自分のやりたいことができるかどうか。200人の楽天技術研究所はちょうどいい」

モバイル参入に1兆円を投資して経営危機が叫ばれていることについてはどう考えているのか。

「リスクはありますよね。でも(モバイル事業を通じて)膨大な数のユーザーの生活に直接関われるようになるというのは、ものすごいチャンスです。楽天はAI企業としてグローバルに成功できる可能性があると思います」

通信エンジニアの世界でも、楽天は注目の的だ。楽天モバイルはインドのベンガルールに開発拠点を構えているが、ここには世界中から6000人の技術者が集結している。世界屈指の呼び声が高いインド工科大学から毎年100人単位を採用している。

まだ世界の携帯電話会社がどこも成し遂げていない「携帯電話ネットワークの完全仮想化」に挑み、まだ加入者500万のレベルではあるが、その商用化を成功させた楽天モバイルは、彼らにとって「入社してすぐに、面白い仕事ができそうな会社」に見えているのだ。

日本の若者たちも同じだろう。自分たちが生まれる前から負けっぱなしの日本企業の中にあって、楽天はただ1社、データとAIを使って本気でGAFA+Mに挑もうとしている。同じモバイルを選ぶにしても、安全を優先するなら既得権を握るNTTドコモなどの大手3社に入るだろう。

だがそれでは「世界に挑む」ことにはならない。野球の大谷翔平やサッカーの久保建英、三苫薫と同じように、彼らも「いますぐ世界と闘いたい」のだ。世界に挑む気概を失った「大企業」は、野心を抱く若者にとって、たとえ初任給が高くても、「緩やかに衰退していく退屈な場所」でしかない。

楽天がスポーツに巨額投資する理由

総額300億円を出して5年間、スペインの名門FCバルセロナのスポンサーになったり、年俸30億円でそのバルセロナ出身のスター選手、アンドレス・イニエスタを連れてきたり、アメリカ・プロバスケットボール、NBAの強豪ゴールデンステート・ウォリアーズと3年間で66億円のジャージスポンサーシップ契約を結んだりと、楽天はとにかく「世界」を意識している。

会長兼社長の三木谷浩史に言わせれば、こうしたチャレンジは、英語ネイティブにはいかにも発音しづらい「Rakuten」を世界ブランドにするための投資である。

「楽天がプロ野球に進出したとき、ベンチャーに球団経営ができるか、と言われたが、あれで楽天は全国区になった。同じことを今度は世界でやる」と三木谷は言う。

かつてはイングランド・プレミアリーグの名門、マンチェスター・ユナイテッドのスポンサーがシャープだったり、イタリア・セリエA、ユベントスのスポンサーがソニーだったりしたのだが、失われた30年の間に「ジャパン・マネー」はすっかりなりをひそめ、オイル・マネーやチャイナ・マネーにその座を奪われてしまった。「世界」を意識する若者にとって楽天は数少ない挑戦の場なのだ。

楽天に若者が集まるもう1つの理由は「辞めやすい」ことだ。今や新卒で入った会社に定年までいようと考える若者は少ない。キャリアアップを考えるなら、若いときから世界を相手に先端の仕事をしてスキルを身に付ける必要がある。早くから責任のある仕事を任され、AIなどの先端テクノロジーを使った仕事ができる楽天は「辞めるにはもってこい」の会社である。

転職市場で引く手あまたな「青いR」と「赤いR」

東大生の就職先ランキングでリクルートが学部卒12位、院修了14位と上位につけているのも同じ理由からだろう。リクルートの創業者、江副浩正は創業の頃から採用担当に「高学歴で商売屋の長男を採れ」と命じていた。その理由を、江副はこう明かしている。

「サラリーマンの家の息子より算盤が弾けるから即戦力として使える。おまけに30代、40代を過ぎて賃金が高くなるころには、実家を継ぐために自分から辞めてくれるじゃないか」

入社直後から責任ある仕事を任せて急カーブで成長させ、20代、30代の間はバリバリ働かせ、退職金のピークを40歳前後に置くことで「卒業」を促す。卒業して起業した「元リク」は、リクルートから仕事を請け負う。他社からも仕事をとってくるので、リクルートでやっていたのと同じクオリティの仕事をより安く頼むことができる。アウトソーシングの走りである。

楽天も腕に自信のある社員は30代、40代で起業するケースが増えており、ネット業界界隈では「元楽」が幅を利かせている。「あなたは青いR(リクルート)、それとも赤いR(楽天)?」。転職市場ではこんな会話が日常的になってきた。

経済産業省が5月に発表した「2022年度大学発ベンチャー実態等調査」によると大学発ベンチャー数が、年間過去最多477社増の3782社(2022年10月時点)にのぼった。最多は東京大学の371社で実に全体の1割を占める。

古い大企業に夢を持てなくなった若者は起業を目指す。しかし、卒業していきなりでは仕事の作法もわからない。「いずれは起業」と考える野心家が新卒で選ぶのは、「若いうちにスキルが身に付く(辞めやすい)」楽天やリクルートである。

定年まで在職するつもりなら財務危機は大問題だが、長居するつもりのない彼らにとって、それは大した問題ではない。大事なのは「今すぐにできる面白そうな仕事」。だから若き才能は楽天やリクルートに集まるのである。

(大西 康之 : ジャーナリスト)