植田総裁インタビューでマーケットが揺れた(編集部撮影)

9月9日に報道された読売新聞による植田和男日銀総裁の単独インタビューを受け、円金利が急騰し、円相場でも乱高下が見られた。この報道がドル円相場見通しに与える影響などについて問い合わせが相次いでいる。

現状を5つのQ&Aで整理しておきたい。

Q1:何が材料視されているのか?

Q2:真意はどこにあると見るべきか? なぜそういった発言をしたと思うか?

Q3:来年の春闘が重要ならば、年内に材料がそろうことはないのではないか?

Q4:「次の一手」に関するメインシナリオは?

Q5:円相場見通しに対する影響は?

Q1:何が材料視されているのか?

マイナス金利政策の解除時期について踏み込んだ発言があったと解釈されている。


植田発言で円高に振れたもののすぐに反落した(編集部撮影)。

植田総裁は具体的な時期に関して「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、(解除を)やる」と述べたうえで、来春の賃上げ動向を含め「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」との考えを示した。

この発言が「年内にマイナス金利解除が判断される可能性が浮上した」と解釈され、円金利は上昇、円の対ドル相場も147円台後半から一時145.91円まで円高に振れた。

しかし、その後にすぐに反落しているのは以前から筆者が繰り返し述べている通り、今の円安の背景にはある程度、日本の基礎的需給環境の変容が寄与しているからだと思われる。

「年内にもマイナス金利解除」は過剰反応

もっとも、「年内にマイナス金利解除が判断される可能性が浮上した」という見方を過剰反応だと評価する声もある。

植田総裁の発言全体を見れば「まだ(物価目標の)達成が見える段階ではない。物価目標の実現が見えてくるのは、賃金と物価の好循環が金融緩和を止めても自律的に回っていく状況だ」と述べ、「とうてい決め打ちできる段階ではない」と念押ししている。

さらに、「物価目標の実現にはまだ距離がある。粘り強い金融緩和を続ける」とも述べており、結局、いつもと同じ言動ではないのかという評価もある。筆者もどちらかと言えばそう感じている。

Q2:真意はどこにあると見るべきか? なぜそういった発言をしたと思うか?

しかし、わざわざ「年末」というフレーズを使った以上、相応の意図があった可能性は否めない。今までリスクシナリオですらなかったマイナス金利解除がリスクシナリオとして格上げされたという程度の認識は持ちたい。

なぜこの時期に植田総裁がそうした発言をしたのかと言えば、建前と本音、2つの理由があると考えている。

8月に「気が変わった」出来事

まず、建前としては「賃上げ機運の持続を想定しているから」に他ならない。

もとより植田体制下の日銀は声明文に「賃金上昇を伴う2%の物価目標の持続的・安定的な実現」を目指すことを明記している。今年の春闘における賃上げ率が30年ぶりの上昇率となった以上、来年以降もそれが続く可能性を念頭に置いて情報発信をするのは自然である。

事実、今春以降の日本では賃上げや財・サービス価格の値上げについて報道が相次いでいる。物価調整後の実質賃金が継続的に下落しているため、現状を「賃金と物価の好循環」と表現するのは難しいが、物価が継続的な上昇過程に入った可能性を多くの日本人が感じ始めているのも事実だろう。

しかし、賃金上昇の継続性はあくまで来春の春闘まで見極めなければ判断できないものだろう。

Q3:来年の春闘が重要ならば、年内に材料がそろうことはないのではないか?

筆者もそう思っている。それゆえ今回、わざわざ踏み込んだ発言をした理由は、建前としては「賃金と物価の好循環」の芽が育っていることだとしても、本音は別のところにあるように感じる。

それはやはり「円安の抑止」だろう。

そもそも先月(8月)の千葉県金融経済懇談会において内田眞一副総裁はマイナス金利解除に関して「現在の状況からみるとまだ大きな距離がある」と述べていた。この発言から4カ月後(年末:12月)のマイナス金利解除の可能性を見出すのは不可能である。

そう考えると、結局、「8月に気が変わった」というのが台所事情なのではないか。

では、8月に何が起きたのか。

円の対ドル相場は8月だけで約2%、年初来から8月末時点では約10%、円安に振れている。また、円安との併存が警戒される原油価格も8月だけで約2%、年初来から8月末時点では約4%上昇している。

ちなみに原油価格は9月に入ってから続伸しており、本稿執筆時点の年初来上昇率は約8%に達している。円安・原油高の併存は国民生活に直結するものであり、政治的にも問題視されやすい。日銀が原油価格に影響を与えることはできないが、円相場ならば相応に影響を行使できる。

無理筋な政策運営が限界に達した

いくら通貨政策をつかさどる政府・財務省が円安を牽制しても、金融政策をつかさどる日銀がハト派色を維持する以上、相場の流れは変わりにくい。理論的にも通貨政策と金融政策の方向は一致しなければ所期の効果は出ない。

現状の日銀は「金利上昇を抑止すべくオペを打てば円安が進み、金利上昇を容認すれば緩和姿勢が疑われる」という隘路にはまっている。

もはや「円安を警戒しながら緩和を続ける」という無理筋な政策運営が限界に達していると判断し、日銀は「緩和を続ける」という点について修正を図ろうという心境に至った可能性がある。普通の中銀ならば、そう考えて当然である。

なお、今回、植田総裁が就任後初の単独インタビューを受けた経緯について政府・財務省との連携をいぶかしがる向きもあるが、そこまで深く考える必要はないように思う。

そもそも総合ベースの消費者物価指数(CPI)に関し、日本はアメリカを超えている。もちろん一時的な動きなのかもしれないが、そうではない可能性も払拭できない。円安がその一因だとしたら、日銀が物価安定の観点から「円安の抑止」を所望するのは自然である。

円の対ドル相場が昨年来の安値である152円を視野に捉える中、その抑止を企図して発言に踏み切った可能性はある。

Q4:「次の一手」に関するメインシナリオは?

マイナス金利解除は早くて2024年1月

すでに述べたように、従前の日銀からの情報発信を踏まえれば、マイナス金利解除は2024年中には考えにくい選択肢だった。しかし、今回のインタビューを踏まえ、リスクシナリオとして検討する価値は出てきたと考える。

マイナス金利解除が実施される場合、最も可能性が高いのは2024年4月、その次に2024年1月と想定したい。

植田総裁が「年末」に材料が出揃うと言っている以上、翌月となる2024年1月会合でその材料を盾に決断する可能性はある。しかし、多くの識者が想定する通り、マイナス金利解除のための必要条件はあくまで「2年連続で春闘の結果が力強いものになること」である。だとしたら、2024年4月までその決断を待つのが最も合理的な予想になる。

とはいえ、上述したように、もはや賃金は「建前」の理由でしかない可能性も考慮する必要がある。

結局、1月になるか、4月になるかは「本音」の理由である円安次第という側面もあろう。昨年の対ドル相場の安値である152円を超えて定着するような事態になった場合、円安抑止の意味を込めたマイナス金利解除が決断される可能性はある。

現状、筆者はFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が徐々にハト派色を強めることも踏まえれば、あくまで152円程度までの上昇しか見込んでいない。よって、円安が2024年1月のマイナス金利解除を招来するとまでは考えていない。

マイナス金利解除があるとすれば、2024年4月、「2年連続で春闘の結果が力強いものになる」ことを確認した場合と考えておきたい。

ちなみに、マイナス金利解除の場合、イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)撤廃はそれ以前に(もしくは同じタイミングで)想定しないのかという疑問は当然出てくるだろう。

この点、筆者はYCCはマイナス金利解除時のショックに備えるために残すのではないかと思っている。

マイナス金利が解除されれば、おそらく市場参加者のみならず、日本社会全体で「ついに利上げ」の大合唱になるはずであり、イールドカーブも必要以上に歪みが生じる可能性がある。日銀も制御装置としてのYCCは温存したいのではないか。

Q5:円相場見通しに対する影響は?

為替の予想レンジは円高方向に修正へ

これまでドル円相場見通しを検討するうえではリスクシナリオとしてもマイナス金利解除は非現実的なものだった。しかし、今回のインタビューをもってリスクシナリオの1つに格上げされたと考えておきたい。

もちろん、正式には9月21〜22日の決定会合を踏まえ、発言の真意を見極めるべきだが、仮にマイナス金利解除を2024年4月のリスクシナリオとして織り込んだ場合、予想レンジは以下のような下方修正を検討することになるだろう(あくまで9月12日時点のレートを前提にした場合、である)。

2023年10〜12月期「146〜151円」→「143〜148円」

2024年1〜3月期「144〜150円」→「140〜146円」

2024年4〜6月期「142〜148円」→「138〜144円」

しかし、冒頭で紹介したように、植田総裁はあくまで「可能性としてはゼロではない」と述べているだけだ。

年内にマイナス金利解除の可能性が現実的に認められる展開自体、日銀にとってもまだメインシナリオではないのだと筆者は理解しているし、それゆえ為替相場見通しにおいてもメインシナリオにする必要はないというのが基本線である。

(唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)