日本企業は新規事業が下手なのだろうか?(写真:タカス/PIXTA)

日本企業は新規事業が下手なのか? このところ、GAFAMをはじめとするグローバル企業やアジア企業の元気さ、活発さに比べて、日本企業の新規事業の取り組みに勢いを感じられない。『新規事業着工力を高める』を上梓した著者が、大変革期に企業がどのようなスタンスで対峙すべきか、を論じながら、日本企業が、大変革期を「攻め」の機会、大玉新規事業機会につなげていくための要件について解説する。「新規事業はトップの仕事」などの、新規事業成功のための要諦のいくつかが、大変革期をビジネス機会としていくためには、特に重要であると指摘する。

2020年代は事業機会があふれる大変革期

2020年代は、経済面からは、激変の10年と言える。コロナ禍で幕を開け、当初は、その対応に焦点を当てざるをえなかったが、従来の資本主義経済の前提を覆す3つの大きな震源が相次いで出現した。


生成AI(AI)の出現は、飛躍的な生産性向上をもたらすとともに、労働力のあり方や企業の存立意義を問うものでもある。地政学リスクの高まりは、国境が低くなり世界がフラット化していくという今までの前提を根本的に変えてしまった(Borderful)。カーボンニュートラル(Carbon)への対応は、産業革命以来の大量生産大量消費モデルの根本的な見直しを迫るものだ。

この大変革の3つの要素、頭文字を取ってABCファクターは、企業にとって、従来のやり方に根本的な変更を求めるリスク要因と言える。同時に、企業、社会がこぞって対応策、解決策を求め、また、まったく違った競争原理が生まれる中で大きな差別化が可能になるため、大いなるビジネス機会をもたらす。

「守り」→「攻め」のアプローチができるか

一方で、このような巨大インパクトをもたらす地殻変動状況においては、ビジネス機会を捕捉するという「攻め」の要素よりも、リスクサイドへの対応、世の中からの要請への適応、という「守り」の要素に目が行きやすい。

例えば、カーボンニュートラルへの対応に向けては、自社のCO2排出量の把握、情報開示、そして、CO2排出をどう抑えていくか、についての世の中へのアピールなどが第一の優先順位になってしまう。要は、世の中から求められていることにどう対応していくか、に焦点が行ってしまう「守り」のアプローチである。

しかしながら、そのレベルを超えて、カーボンニュートラルに積極果敢に対応しているイメージを世の中に打ち出し、競合企業と差別化していく「攻め」のアプローチをとる企業もある。「提供している商品・サービス自体を脱炭素化し、意識の高い消費者に訴求して差別化する」、「カーボンニュートラル対応を切り口にサプライチェーンの上流・下流に染み出す」、などが好例だ。

このような「攻め」の姿勢は素晴らしいが、カーボンニュートラルへの対応という機会をフルに捉えているというより、既存事業に生かしているというレベルにとどまっているとも言える。より徹底した「攻め」のアプローチとは、カーボンニュートラルを新規事業の絶好の機会として捉えることであろう。

最初に思い浮かぶのは、再生エネルギー事業への参入だろう。直接の電力創出からインフラへの関与までさまざまである。また、あらゆる企業がCO2削減に努力するので、「削減貢献」関連の事業のポテンシャルは大きい。

さらに、B2Cに目を転じると、消費者の環境意識の高まりに着眼したビジネスも考えられる。例えば、海外では、買い物の履歴から、自分がどれくらいCO2を排出したのかを、請求金額とともにレポートしてくれるクレジットカードなどが注目されている。今後この種のB2C向けビジネスは次々に出てくるだろう。

このように地殻変動的イベントであるカーボンニュートラルへの対応を、新規事業の絶好の機会と捉えている企業は存在するが、全体から見れば、少数である。

生成AIにおける取り組み状況

もう一つの地殻変動要因である生成AIに目を転じると、規制や世の中からの要請という面が小さいため、カーボンニュートラルへの取り組みよりは、「攻め」の姿勢が見られるが、「攻め」の程度はまだ十分とは言えない。生成AIへの企業の取り組みは、取り組みの深度という観点からは現時点では4段階に分けられる。

・ポテンシャルの理解

最初の段階は、「ポテンシャルの理解」である。生成AIに注目が集まる中、まずは生成AIを試す、外部プレーヤーやベンダーと議論するなどして、全体像を的確に理解し、自社、自社の業種での可能性を見極める段階である。この段階を飛ばしてしまう、あるいは、検討はしたものの、ポテンシャルの大きさを十分に想像できずに、しばらくは様子を見ながら徐々に進めようとする企業も少なくない。それが正しい判断の場合もあるが、もったいない判断であることが多い。

・既存業務への徹底活用

第2段階は、「既存業務への徹底活用」である。生成AIを極めてインパクトの大きい武器と認識して、社内全業務プロセスにどのように入れ込めるかを検討し、生産性の向上を図ろうとする取り組みである。

よく目にする社内資料作成の効率化から始まり、社内管理、営業支援、顧客接点関連業務などから、業種によっては研究開発まで、活用範囲は幅が広い。領域にもよるが、50%以上の効率化が見込まれるところもあるので、ユースケースを広く特定し、実装していけば、地殻変動要因をある程度活用していると言ってよいだろう。

・抜本的な業務変革の探索

第3段階は、「抜本的な業務変革の探索」である。この段階まで進むと、今のやり方にAIを入れ込むという次元を超えて、AIを使って、社内の業務プロセスをゼロベースで再設計する。コールセンター業務や営業支援業務を例に取れば、単にAIで今のやり方の効率化を図るのではなく、顧客接点や営業のやり方自体も大きく変えることを検討する。当然、チャレンジも大きくなるし、物事を大きく変えることになるので、強いリーダーシップや経営判断が必要になるが、インパクトを最大化し、競争優位性を強化する可能性が開けてくる。

・大玉新規事業狙い

第3段階まで進むと、かなり「攻め」の要素が強くなるが、まだ生成AIを既存事業に入れ込むという発想にとどまっている。それを超える第4の段階は、生成AIを使って、今まで世の中になかったサービスを創り出すという「大玉新規事業狙い」になる。

大玉事業の例:インスタカートの試み

生成AIによる大玉事業の今後の方向性を想起させるのが、8月25日にナスダックへのIPO申請を発表した、アメリカのインスタカートの取り組みである。

インスタカートは、消費者向けに、スーパーへの買い物代行、配達をしてくれるサービスを提供しており、このモデル自体が、消費者、スーパーのニーズに適合し、成長している事業であるが、ここにとどまらず、生成AIを活用して、違う次元のビジネスに進もうとしている。今までのネットサービス、ECでは、消費者は、あらかじめ欲しい商品を頭に浮かべ、それを注文するものであった。一方、インスタカートは、生成AIの会話能力を生かし、ユーザーに「会話(チャット)」による相談をしてもらって、その結果、欲しいものを提案、特定していく。

例えば、ユーザーは、特定の商品を注文するのではなく、「子供の健康に良いものを作りたいが、どんなものが良いか?」と質問する。そうすると、インスタカートから、「こういうものはどうですか?」と具体的な提案があり、それにユーザーが賛同すれば、カートに必要な食材が入って注文されるという要領だ。ユーザーのアクションは、具体的な商品を自分であらかじめ考えて注文するのではなく、相談することになる。

このような会話を通じて、インスタカートは、このユーザーに子供がいること、健康に関して感度が高いことなど、従来では獲得できなかったユーザー情報を学ぶことができる。やり取りが蓄積していけば、よりユーザーのプロファイル情報、嗜好などを深く理解することができ、カスタマイズした提案をするという次元を超えた、スーパーパーソナライゼーションの領域に到達しうる。ユーザーも、会話を楽しみながら、どんどん自分の潜在ニーズを言い当ててくれるので、会話すること自体が楽しくなり、ロイヤルティも高まっていく。

今はこのような会話は、テキストベースだが、近い将来、音声で会話できるようになると想定される。そうなると、デジタルデバイドリスクがあったシニア層をネットの世界に誘い、顧客とすることもできるだろう。さらに、スーパーパーソナライズの領域になると、買い物代行の領域を超えたライフサービスの提供にも浸透していける可能性がある。そのレベルになると、ユーザーにとっては話し相手のような存在、ライフコンシェルジュのような存在になるかもしれない。ここまで地平が広がるなら、地殻変動要因によるチャンスをとらえた大玉新規事業と言えるだろう。

大玉事業に向けてのトリガーアクション

以上見てきたように、ABCファクターが引き起こすような地殻変動状況においては、企業経営の観点からは、まずは「守り」に注意が行ってしまう傾向があるが、本来は、絶好の「攻め」の機会、大玉新規事業を探求する機会が到来しつつあると捉えたい局面だ。そのような理想的な方向に進むためにはいくつか要件があるが、ここでは、一般的な新規事業成功の要諦でもある、2つのポイントを挙げておきたい。

・マネジメント主導で切り拓く

一つは、トップ、マネジメント層が、地殻変動状況=「攻め」の絶好の機会と捉え、率先垂範、リーダーシップを発揮することである。そのためには、自ら体験したり、自ら外の状況を見に行ったりすることが出発点となる。

マネジメント層の認識レベルが十分ではなさそうな場合は、スタッフ部門から刺激を与えることも大切だ。必ずしもマネジメント層が早期からアンテナを立てられない場合もあるので、マネジメントの感度を上げる手助けをすることもスタッフの重要な職務であるからだ。いずれにしろ、「これはチャンスだ」と腹に落としてもらうことが大事だ。また、マネジメントも、スタッフ、特に若手の声に耳を傾けることも重要だ。そして、腹落ちしたら、「これは大きな機会だ」と、マネジメントが言って回ることが大切だ。

その延長線上で、マネジメント直轄の初期検討チームを組成して、ポテンシャルを徹底的に見極めるべきだ。関連部門に検討を任せたり、部門からの提案を取りまとめたりする程度にとどめてしまうことがあるが、自らの直轄チームで短期間に見極めるというような迫力が必要だ。地殻変動環境への対応は、スケールを伴う長期の仕事である一方で、既存事業部門は今のビジネスに手一杯で、スケールの大きい案件に力を注ぐのは難しい。となると、やはりマネジメントが本気度を示して、リードしていかないと組織は動きにくい。

・推進チームは既存部門から分ける

もう一つは、既存事業部門に任せるのではなく、トップ直下の独立した推進チームを設置し、検討、推進させるべきだ。迅速な初期検討を経て、大玉事業がありそうだと認識したら、大きなスケールで構想していく必要がある。前述したように、既存事業部門は、基本は今のミッション遂行が第一なので、追加的に、きわめて大きな検討に時間やエネルギーを割くのは困難なためだ。

これらのポイントは、一般の新規事業成功のための要諦でもあるが、地殻変動系の大イベントにおいては特に重要かつ、出発点になるので、強調しておきたい。

(内田 有希昌 : ボストン コンサルティング グループ 日本共同代表)