自民党安倍派の総会であいさつする「座長」の塩谷立元総務会長(写真:時事)

自民党最大派閥・安倍派(清和政策研究会)が、8月31日に塩谷立(しおのやりゅう)元文部科学相(73=衆院比例東海)を座長とする新体制を発足させた。ただ、その陣容や発足までの経緯などを検証すると、「結束維持のためのその場しのぎの新体制づくり」(自民長老)に終わったというのが実態だ。

同派は、離脱中の細田博之衆院議長や準会員を含めれば総計109人となり、自民党全議員の3割にも迫る超巨大勢力。しかし、後継会長を狙う「5人衆」の水面下の対立もあって、「当分は集団指導体制で分裂回避を優先せざるをえなかった」(派幹部)からだ。

今回の新体制で党内が注目したのは、絶対的存在だった安倍晋三元首相の死去以来、塩谷氏とともに会長代理として派閥運営に関わってきた下村博文元政調会長の「排除」。これは同氏を毛嫌いする森喜朗元首相が舞台裏で主導したとされ、森氏もそれを認めている。

森氏は2012年の政界引退後も、当時の細田派や現在の安倍派に対し「清和研のドン」としてにらみをきかしてきた。その一方で、東京五輪組織委会長(途中辞任)など要職を務めて存在感を示し、岸田文雄政権でも「首相の相談役」として影響力を保持している。

森氏は、岸田首相が9月中旬にも断行する党・内閣人事で、安倍派有力者の配置などの“仕切り役”とみられており、「新体制移行は、実質的な“森派への先祖帰り”」(自民幹部)との見方も広がる。

新体制は「常任幹事会」15人の合議制に

安倍派新体制は8月31日に党本部で開いた総会で決まった。昨年7月に死去した安倍氏の後継会長は空席のままとし、塩谷氏とともに同派の運営方針を決める15人の合議体「常任幹事会」を新設した。

衆院9人、参院6人の同幹事会メンバーには、派内の実力者で「5人衆」と呼ばれる高木毅国対委員長、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長が名を連ねた。また、衆院から松島みどり元法相、柴山昌彦元文科相、西村明宏環境相、稲田朋美元防衛相、参院から橋本聖子元五輪相、野上浩太郎参院国対委員長、山本順三元国家公安委員長、末松信介参院予算委員長、岡田直樹沖縄北方担当相が選任された。

その一方で、同派会長代理として安倍氏死去後の派閥運営に関わってきた下村氏は、会長代理だけでなく、常任幹事会のメンバーからも外れた。同氏は会合後記者団に、自身の処遇に関する森氏の影響について「私の立場ではわからない。(塩谷)新座長に聞いてほしい」とあえて言及を避けた。

併せて下村氏は、将来の自民党総裁選への挑戦について「政治家なので、この国の政治への責任をより持つ立場にはなりたいという思いはある」としながらも、「今はしっかり、まず清和研の仲間を支えていくということだ。縁の下の力持ちとして貢献したい」と語った。

ただ同氏も周辺には、派中枢から「排除」されたことへの強い不満も漏らしているとされる。このため、「『5人衆』の相互対立も含め、今後の派の運営の波乱要因になる」(派若手)のは避けられそうもない。

新体制で派を代表する座長となった塩谷氏は、静岡新聞の取材に対し「新しい会長をつくっていくのが役割」と自らが主導する形での後継会長選びに意欲を表明。その一方で、自身が会長とその先の総理・総裁を目指すことについても「なきにしもあらずだ」と含みを持たせた。

5人衆と森氏の「主導」を牽制―塩谷座長

さらに後継会長選出については「もう少し時間がかかる」とし、それぞれが有力候補の5人衆については「彼らが力を発揮してもらわなければ困るが、『5人組』という名称を付け、自分たちで言うのは非常に問題がある。(派内での)反発が生まれる」とくぎを刺した。

また、下村氏を常任幹事会から外した理由について塩谷氏は、「派内での調整と森氏の意向が結果的に同じだった」としながらも、「『森さんの影響』とされてしまうから、あまり(森氏に)発言してもらいたくないとの思いはある」と森氏の言動にも注文を付けた。

併せて塩谷氏は「派閥として岸田政権を支える」との方針を明言、目前に迫る党役員・内閣改造人事への派の要望も「(首相に)伝えてある」と派の代表者としての立場もアピールした。

そうした中、5人衆の中で参院を仕切る世耕氏は9月3日の地方講演で、来秋の党総裁選で安倍派として岸田首相の続投を支持する考えを明言。その理由として、岸田首相が故安倍氏の進めた防衛力強化や経済政策を引き継いで実行していることを挙げ、「路線をしっかり引き継いでいる。それをさらに伸ばしていくのであれば、再選してもらいたいというのが派のコンセンサスだ」と述べた。

さらに世耕氏は、安倍氏の後任会長を決めるには数年が必要だとの判断を示したうえで、「私も目指したい」と意欲を表明。派内の約4割は参院議員だとして「会長選挙をしたら私になるが、なかなか選挙というわけにはいかない」と語った。

小泉進次郎氏の「後継会長」説が波紋

これに先立ち、8月28日発売の「週刊ポスト」が安倍派の後継者争いで、森氏が、小泉進次郎氏を後継会長に据えるための派閥入会を画策している、と報じたことも派内外に波紋を広げた。

進次郎氏は清和会の元会長・小泉純一郎元首相の次男で「安倍派入りも不思議ではない」(自民幹部)とされるが、政界入りしてから無所属を貫き、故安倍氏とも距離があったとみられている。このため安倍派幹部も「後継会長が決まらないからといっても、進次郎氏だけはない。会長なんてなったらそれこそ派が分裂する」と真っ向から否定した。

ただ、「進次郎後継会長説が話題になること自体が、安倍派の混乱を象徴している」(自民長老)との指摘も多い。岸田首相が来週にも断行する党・内閣人事でも、党・内閣で要職を占めている「5人衆」について、「松野、萩生田、西村3氏の相互入れ替えなど大きく配置が変わる」(自民幹部)との見方も出る。このため、「人事を通じて、政権内での安倍派の存在感が薄れるのは確実」(自民長老)との声も広がる。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)