8月30日の新テレビCMの発表会。戸田建設の大谷清介社長の挨拶のあと、人気俳優の広瀬アリスさんが登場した(撮影:尾形文繁)

「広瀬さん、こちらに目線をお願いします」。人気俳優の広瀬アリスさんが、声に応じて視線を向けると、詰めかけた報道陣からいっせいにフラッシュがたかれた。

準大手ゼネコンの戸田建設は8月30日、東京・渋谷のホールで新テレビCMの発表会を行った。広瀬さんが登場するテレビCMは、9月2日より関東エリアで放映を開始しており、順次全国で放映される。

CMは戸田建設のブランドスローガン「Build the Culture.人がつくる。人でつくる。」をテーマに、東京・京橋に建設中の同社の新本社ビル「TODA BUILDING」を舞台に制作。戸田建設が街作りに向き合う姿勢やビジョンを表現している。

「地味」な老舗ゼネコンがなぜ人気俳優を起用?

戸田建設は140年以上の歴史を持つ名門の準大手ゼネコンだ。1881年(明治14年)に創業し、これまで早稲田大学の大隈講堂などの工事を請け負ってきた。近年は、浮体式洋上風力発電事業も手がけている。

堅実で実直な社風で知られる反面、慎重な経営姿勢について「石橋を叩いても渡らない」と業界関係者から揶揄されることもある。そのような「地味」な側面もある老舗ゼネコンが、なぜ人気俳優をCMに起用したのか。

大谷社長はCM発表会での囲み取材において、次のように話した。「(CMの内容に)口出しはあえてしなかった。戸田のCMに俳優を起用するのか、と思うこともあったが、『社長の考えは古いよ』と言われ、若い人の意見を採用するべきだと考えた」。

社長は古い――。実は、この言葉は若手社員が、社長に直言したものだった。

ゼネコン大手は目下、タレントの起用やアニメーション仕様のテレビCMを次々と打ち出している。大成建設といったスーパーゼネコンだけでなく、西松建設、熊谷組などの準大手、中堅ゼネコンもこぞって展開している。


CMの撮影は建設中の「TODA BUILDING」の中で行われた。「普段は入ることがない建築中のビルでの撮影で、(柱などを)いろいろ見てまわった」と広瀬さん(撮影:尾形文繁)

就職セミナーで「学生ゼロ」を経験

この潮流の背景には、深刻な人手不足がある。ゼネコン業界は職人の高齢化が進む一方で、厳しい労働環境を敬遠して若者の流入が減っている。2021年の建設業就業者数は485万人と、ピークであった1997年から30%近くも減少した。ゼネコン大手は華のあるテレビCMを打ち出すことで、「きつい」「汚い」などの印象を払拭し、とくに就活中の学生に就労を促す狙いがある。

名門の戸田建設といえども、学生からの人気はけっして高くない。いや、むしろ人気が落ちている。「2020年ごろまでは、スーパーゼネコンと学生の人気で張り合えていた。ところが、最近は中堅ゼネコンと比べられるようになっている」と、人事部で採用を担当する田野倉咲良氏は吐露する。

本社を構える東京では、学生向けの就職セミナーにおいて、戸田建設のブースは満席になるケースが多い。だが、大阪や名古屋などに行くと、戸田建設の知名度はグンと下がる。

「誰も来ない」。田野倉氏は地方で開催した建設業界の就職セミナーで、忘れられないできごとがある。午前中だったとはいえ、学生がひとりも来ない「学生ゼロ」の時間帯があったのだ。

このとき、戸田建設の落胆とは対照的に、あふれんばかりの学生で賑わっていたのが、中堅ゼネコンの奥村組のブースだった。大阪に本社を構える奥村組は、売上高では戸田建設の半分以下に過ぎない。にもかかわらず、東京でも大阪でも名古屋でも、奥村組のブースは常に活気がある。

奥村組が学生から支持を受ける理由こそが、タレントを起用したCMにある。2018年ごろから、俳優の森川葵さんが登場するCMを展開。森川さんは「ケンジョ」(建設業に従事する女性)を演じ、「建設が、好きだ。」という企業メッセージをさわやかに表現した。このCMがスマッシュヒット。奥村組は学生からの認知度が一気にアップした。

序列が変化!建設業・就職ランキング

下のランキングを見てほしい。文化放送キャリアパートナーズが集計した「建設・住宅」業種の就職人気ランキングだ。(※外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


戸田建設は2019年卒の学生を対象にした調査、そして最新の2024年卒の調査でも、全体の12位という位置にいる。一方、奥村組は2019年卒の19位から、2024年卒には7位にジャンプアップ。戸田建設どころか、スーパーゼネコンの大成建設や竹中工務店をも上回っている。

「(学生から選んでもらえる会社になるために)何らかの施策が必要」(人事部の田野倉氏)。人事部や広報部など現場の思いは一致していた。そして、2019年ごろから再構築していたブランド戦略に沿って、2022年の初めごろからタレントを起用したテレビCMの投入を模索し始めた。

ところが、である。経営トップに何度もプレゼンを行ったが、「色よい返事がなかった」(広報部の佐藤洋人部長)。「うーん、ちょっとピンとこない」「当社には当社らしさがある」。経営陣はこんなことをつぶやきながら、CM制作にゴーサインを出さない。

潮目が変わったのは、2022年の春に開いた広告代理店などを交えた会議だった。

「社長、それは違います」。経営陣や人事部、広報部といった10人以上の人員を前に、採用担当の20代の女性社員が発言した。「うちの会社は知名度があるとおっしゃいますが、社長が考えているほどに認知されていません」。

「学生ゼロ」を体験した、採用担当者の声を集約したかのような「心の叫び」だった。この会議に出席した社員の多くは、「社長は古い」という発言についてはなかったように記憶しているが、大谷社長はそのように受け止めたようだ。

大谷社長はいつものように、静かに構えるだけで、表面的には変化がなかった。だが、この会議の後に経営陣の姿勢が変わっていく。業界団体などの会合において、経営陣がライバルのゼネコン役員に、CMに関する話を「根掘り葉掘り」聞く場面が増えた。社内のプレゼンでも、経営陣は以前よりも熱心に耳を傾けるようになったという。

広瀬アリスさんの起用の方向が決まったのは、2023年4月のことだった。「広瀬さんは快活で明るく、学生層にも若いビジネスパーソンにもリーチできる。(疲労で)一時休養している時期もあったと聞くが、いまは復帰して活躍しておられる。そういった苦労した体験も、(建設業に真摯に向き合う)戸田建設のイメージに合う」。

広報部の佐藤部長がそう言うと、大谷社長は破顔一笑した。「それでいきましょう」。

逆風化での変革への挑戦

新CMの放映が始まったものの、これは戸田建設にとってこの先、本格的に挑まなければならない変革の一端でしかない。

戸田建設に限らず、ゼネコン業界には逆風が吹き付ける。今後は少子高齢化が進展する中で、国内の新築需要は減っていく。環境の変化を捉えて、再生可能エネルギー関連事業など新領域にも踏み込んでいく必要がある。

そのためには、ゼネコン業界の常識にとらわれない、柔軟な発想を持つ人材の登用も求められよう。同社は目下、神奈川県の逗子市や千葉県の印西市にワーケーションスペースを設けている。アバターを使って会議に参加できるシステムも開発中だ。新しいコミュニケーションの形を模索している。

折しも、2024年秋には京橋の新本社ビルが竣工する。働き方改革を進めながら、「石橋を叩いて渡りきる」社風を築くことができるか。老舗ゼネコンの挑戦は、けっしてたやすいものではない。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)