プロントが2021年4月からスタートした新業態、「キッサカバ」。いつものカフェが、午後5時になるとネオ酒場へと姿を変える。写真は「銀座コリドー店」。コリドー通り自体が大きくリニューアルしており、若者の集まるスポットになっている(撮影:今井康一)

藍色に変わりゆく空を背景に、街灯が人懐かしい光を投げかける日暮れどき。看板ライトが灯り、大きなのれんが掲げられたら、酒場の時間が始まる。

2021年4月からカフェチェーンのプロントがスタートした新業態「キッサカバ」だ。

午後5時になると「ネオ酒場」に

昼間はビジネスパーソンにとって馴染み深い、ちょっと空いた時間をつぶせるカフェチェーンの姿。しかし午後5時になるとガラリと変わり、別の店のようになる。

人気メニューはタコさんウインナー、ナポリタン、クリームソーダ、固めのプリンなど、懐かしい香りがするものばかり。

店先や店内を彩る桃色のネオンやレトロ調の店名ロゴも、古びた繁華街の路地裏のような雰囲気を醸し出す。

実はこの、ある世代には懐かしく、ある世代には今風の店づくりが「ネオ酒場」としてトレンドになっているらしい。

若い世代ではアルコール離れも進み、体験や体験共有に対する価値が高まっている。SNS等で支持されやすい旬なキーワードが、昭和的なものであり、ネオ酒場なのだ。


上から時計回りに、タコさんウインナー(10匹)539円、キッサカバのナポリタン(白)902円、生ハム3種盛り合わせ(1419円)、チューリップ唐揚げ(危険なのり塩)198円(撮影:今井康一)

プロントはもともと、サントリーとUCCの共同出資により1988年にスタートしたブランドだ。ファストフードチェーンや1980年に1号店を開店したドトールなど、セルフオーダー式の飲食店が台頭する中、プロントは夜の時間帯を「バータイム」とし、差別化・高収益化を狙った業態として誕生した。普通のカフェであればランチをピークとした昼間の時間帯に売り上げが集中するが、プロントコーポレーションで「二毛作」と表現するこのスタイルであれば、夜の集客も見込めるわけだ。


コンセプトにしたのはネオ酒場。昔懐かしさがありながら、SNSで注目を集められるようなキービジュアルも必要だ(撮影:今井康一)

現在、全国に約200店舗を展開。他のカフェチェーンについて、出店時期と店舗数をまとめると、ドトール(1980年、1070店舗)、スターバックス(1996年、1846店舗)、タリーズコーヒー(1997年、約700店舗)だ。

なお、カフェながらアルコールを提供しているチェーンとしては、カフェ・ベローチェ(店舗限定)、ドトールの展開するエクセルシオールカフェがあるようだ。

2021年4月にイメージチェンジ

しかしプロントのバータイムは、本格的という点では追随を許さないものだった。バーテン姿のスタッフが迎えるほか、グラスの洗い方や品質管理、注ぎ方などの基準をクリアした「樽生達人」が注ぐ生ビールや、手割のロックアイスを使ったハイボールなど、数百円で本格ショットバーのサービス・味が楽しめるということで支持を得た。

このように30余年、カフェ&バーのスタイルを守り続けてきたプロントが、この2021年4月にイメージチェンジ。夜の時間帯の営業で、前述のようなネオ酒場の雰囲気を全面に押し出した。いわば、業態変換である。

直接のきっかけになったのは、コロナ禍による売り上げの落ち込みだ。2019年のチェーン売上高は約281億円。しかし2020年度は約157億円に、2021年度は約125億円に激減した。2022年は上向きに転じたものの、依然厳しい状況が続く。

「昼間の時間帯の売り上げは2019年に近いぐらいに戻ってきたが、お客様の絶対数は減っている。売上高が増えている理由も、商品売価を変更し、客単価が上がったことが大きい」(プロントカンパニー・ブランド戦略部マネージャーの藤原学氏)


低アルコールのフローズンフルーツサワー(各759円)。フルーツが贅沢に入っており、飲むというより食べる感覚。「やまもりいちごミルク」が一番人気で、ノンアルコールにアレンジされたものがカフェメニューでも提供されているという(撮影:今井康一)

コロナにより飲み利用が減少したことが要因だが、リモートワークの普及により、打ち合わせ場所としての利用や、相手先の訪問前にスキマ時間を潰すための利用も減ったという。

つまり従来のやり方では「二毛作」が困難になってきたことが、思い切った業態変換の背景にある。

しかし実のところ、遅すぎたとも言える。というのも、アルコール業態は時代の影響を大きく受けるからだ。例えば居酒屋は総合居酒屋の時代が終わり、専門店化へと進んだ。さらにコロナの影響を受け多様な変化が生まれている。

「昼と夜の顔の切り換え」

「何かのついでに気軽に立ち寄れるところに価値があり、これまでバータイムは0次会、2、3次会の需要が高かった。しかし今はそうした需要はなくなっている。従来のような機会来店型のビジネスから目的来店型へと切り換える時期が来ていた。30年以上続いた業態の変更は、もともと構想としてはあったが、業績落ち込みがきっかけになった」(藤原氏)

新たなプロントは、業績落ち込みを食い止め、変化する時代に選ばれるブランドでなければならない。そこで同社が出した答えが「キッサカバ」だ。

業態転換にあたってまず重視したのが、「昼と夜の顔の切り換え」だった。

従来は、昼と夜のメニューも同じ、店の雰囲気も照明がちょっとダウンするぐらいで、大きな変化は感じられなかった。実のところ筆者自身、プロントのイメージは「パスタがあるカフェ」「お酒を出すカフェ」という認識で、昼と夜で業態を変えていることに気づいていなかった。


かなり固めのクラシックプリン(495円)。期待通りの固さだ((撮影:今井康一))

今はまず、夜目に白く際立つ大きなのれん、看板ライト、ネオンなど、見た目から「酒場タイム」になったことがはっきり伝わるようになった。

またメニューも、クリームソーダやプリンなど一部共通メニューもあるものの、昼と夜で明確に切り換えた。

居酒屋の定番おつまみのほかに、ピザ、ナポリタンなど、喫茶店らしいメニューを新たに開発。昼のカフェタイムのメニューとは異なり、ちょっと「ジャンク」な感じのものが多い。例えばナポリタンの麺やソースについても、カフェメニューとまったく違う食材を使っているという。

ネオ酒場を主体とするコンセプト立案にあたって重視したのは、若者の取り込みだ。

スタッフのユニフォームも従来のバーテンダースタイルから、Tシャツとカジュアルなものにチェンジ。かけ声も「いらっしゃいませ」から「こんばんは」に切り換えた。

これまでの主要利用層は50代を中心とするミドル世代。昔から喫煙OKだったことが理由として大きい。2020年4月の改正健康増進法、東京都受動喫煙防止条例施行に合わせ、喫煙専用室などを設置、分煙を徹底している。

「昼間は20〜30代のビジネスパーソンがターゲット、夜は若者も含めて、幅広い層をターゲットとしている。みんなでワイワイ楽しめるような、活気ある飲み会の雰囲気を重視している」(藤原氏)

SNSを積極的に活用

あわせて、従来ほとんど運用していなかったSNSを積極的に活用。ツイッター(X)のフォロワーは6000から11万に、新たに始めたインスタグラムのフォロワーは1万5000にまで増えてきたという。


タコさんウインナー(10匹)(539円)。カリッとした歯ごたえにどこかジャンクな味わいがビールに合う。メニューには500匹盛りの商品も並ぶ(撮影:今井康一)

SNSと言えば、ユニークなメニューが「タコさんウインナー(500匹)」(2万4200円)。ユーチューバーのジャンルとして、食品を大量に食べてみせるものがある。そうしたユーチューバーによる拡散を目論んでメニューに入れたが、狙いはちょっと外れた。

「実際に来てくれたのは1人。しかし、常連を中心にタコさんウインナーオフ会を開いてくれたことがあり、それが話題になって認知度が上がっている」(藤原氏)

オフ会では抽選で選ばれた100人以上が集い、結局1600匹になったタコさんウインナーがおけに入れられて提供されたという。

こうした話題づくりも奏功してか、通常の10匹盛りのタコさんウインナーは人気メニューとなっているが、500匹盛りも月10件前後は宴会需要として予約注文が入るようになった。500匹となればそれなりの団体客でなければ食べきれない。売り上げへの貢献度も大きいだろう。

同社ではキッサカバのキーとなるメニューとして、真っ先に決めたのがタコさんウインナーだったという。厳密に言えばタコさんウインナーは昭和の喫茶店というより、子どものお弁当に入れるおかずだ。

ネットで検索した情報によると、タコさんウインナーの考案者は料理研究家の尚道子氏。1950年代、食の細い息子のために箸でつかみやすいよう切れ目を入れたのが始まりだという。

このように喫茶店や酒場のメニューではないものの、その鮮やかな色合いといい、「お母さん」の愛情を感じさせるところといい、古き良き昭和の雰囲気を伝えるアイテムということでは間違いない。筆者も、飲み屋のメニューにあればつい注文したくなってしまう。


昭和らしさを演出する定番アイテム、クリームソーダ(605円)。メロン、いちご、ブルーハワイの3種(写真:プロントカンパニー)

「キッサカバ」への業態変換後の変化としては、狙いどおり若い層が伸びていることに加え、来店客数も客単価も上昇傾向にあるという。

変換前は「1人で気軽に立ち寄れる店」という位置付けで、1〜2人の客が大半を占めていたため、客単価は1000円程度。変換後は3〜4人の客が多くなった分客数も増え、客単価もお酒を飲む客が増えたことに比例して2000〜3000円へと増加した。

アクセスのよい場所も有利

駅周辺のアクセスのよい場所に出店していることも有利に働いている。

東京駅地下街にある「ヤエチカ東京駅店」、再開発でイメージチェンジしたコリドー通りにある「銀座コリドー店」、池袋駅構内にある「エキア池袋店」などが反響がよいという。

現在プロント約200店中120店ほどまでキッサカバへの転換を終えたが、以上のような成果を踏まえ、早い段階で残りの約80店についても転換を進めていくという。

なお、業態転換後も、樽生達人によるビールの提供など、クオリティへのこだわりや良いサービスは残しているそうだ。こうした本格的なサービスを含め、もともとのバータイムのコンセプトも悪くない。しかし古くからプロントを知っている人にしか、その良さは伝わっていなかった。宝の持ち腐れのようなものだ。

このたび、大きくイメージチェンジしたことにより、新たな客層の取り込みには成功したプロント。今後の成長は、チェーンとしてサービス品質を継続できるかにかかっている。

(圓岡 志麻 : フリーライター)