ロースクールには模擬法廷がある。裁判員裁判に対応した設備を整えており、模擬裁判をとおして実務を学ぶ(写真:中央大学)

『週刊東洋経済』の9月4日(月)発売号(9月9日号)では、「弁護士・裁判官・検察官」を特集。揺らぐ文系エリートの実像をお伝えする。

特集内の「司法試験受験者は激減、岐路に立つ法科大学院」では、司法試験受験者が減少する中、ロースクール(法科大学院)の魅力を高めるさまざまな制度改革に触れている。1つが2020年に開設された、法学部を3年で終えてロースクールの既修者コースに進み、5年間で司法試験受験資格を得られる「法曹コース」。もう1つが2023年からロースクール在学中の司法試験受験が可能となったことだ。1年間の司法修習も含め、大学入学から最短6年で法曹になれる。

司法試験合格の上位校である、一橋大学、慶応大学、早稲田大学、中央大学の各ロースクールの幹部が、自らの強みや現状について語った。


一橋大学 法科大学院長 本庄 武
本学のロースクールはおかげさまで、新司法試験の累計合格率(累計の合格者数÷累計の受験者数)が全国1位だ。その理由として3つの仮説を立てている。

入学層が優秀でないと司法試験合格は難しい


1つは入学してくる人が優秀だということ。法学は適性が問われる学問なので、入学者層が優秀でないと司法試験の合格はなかなか難しい、というのが率直なところだ。検察官、裁判官になった修了生は1割をゆうに超える。この率は他校と比較しても高いほうで、優秀な修了生が多いということを表していると思っている。

2点目は教育の質と内容。丁寧な授業、質問対応はもちろん、本学の学生はビジネス系企業法務に進む人が多いので、そのためのビジネス・ローコースもつくっている。3年生の後期に千代田キャンパスに週1回通い、実務家教員から最先端のビジネスを踏まえた授業を受ける。


本庄 武/一橋大学 法科大学院長(記者撮影)

3点目がいちばん大きいと思うが、学生の意識が非常に高いということだ。ロースクールが中規模で、皆で切磋琢磨して合格し、さらにその先を目指して勉強していこうという雰囲気が大学の中にある。一部ではなく全体として意識が高い学生が多いところが、本学の強みだ。

あえて課題を挙げるとすれば、未修者の合格率をもう少し安定的に高めたい。ほかのロースクールでも導入されている共通到達度確認試験(1年生の終わりに実施)に加えて、一橋独自の進級試験を設けたり、一人ひとりに担任をつけて面談をしたりしている。

慶応大学 大学院法務研究科 委員長 北居 功
2021年は司法試験の合格者数が全国1位だった。ただ、その年が特別でもなく、基本的にはロースクール開設当時から法律の基本をしっかりと学び、それに基づいた応用力、例えば実際の紛争を解決できるような力を身につけてもらうという教育方針は開設時から変わっていない。

学生からよく言われるのは、教員との距離感が近く、仲間的な雰囲気の中で勉強ができるということ。司法試験の受験指導はまったくやっていないが、ロースクールの成績(GPA)と司法試験の合格率は非常に高い相関関係がある。ロースクールできちんと勉強していれば、ちゃんと受かるので信頼してほしいと学生に伝えている。


北居 功/慶応大学大学院 法務研究科 委員長(記者撮影)

ロースクールの理念として国際性、学際性、先端性を打ち出していて、これに合わせた科目を多く用意している。2017年にグローバル法務専攻を立ち上げた。英語で授業を行い、1年間で法務修士の学位を取得できる日本で唯一のプログラムだ。このコースに設置されている科目は法曹養成専攻(ロースクール)の学生も履修することができる。

若くて優秀な学生が高い給料をもらえるコンサルティング会社などを志望する現状には危機感を抱いている。法学部の1年生向けに、実務家を呼んで法律家の世界やその魅力を伝える授業を設けている。

高校生や法学部生に法曹の魅力をアピール

早稲田大学 大学院法務研究科 教務主任(教務担当) 秋山靖浩
法曹の志望者は以前より減っているので、学部段階から興味を持ってもらう必要がある。「法曹を知る」という法学部1年生が取れる科目を設置している。この科目は早稲田大学高等学院、本庄高等学院、早稲田実業といった附属・系属校の高校生も希望して何人か履修している。これらの学校は基本的に早稲田大学には入れるので、「法学部に来て、法曹になるといいよ」と高校生たちにアピールする必要があると感じている。


秋山靖浩/早稲田大学大学院 法務研究科 教務担当 教務主任(記者撮影)

早稲田のロースクールが掲げる理念は「挑戦する法曹」。司法試験合格はもちろん、法曹になった後もいろいろなことにチャレンジする法曹を育てたい。そうした意味で、リーガル・クリニック(法律相談などの臨床法学教育)やエクスターンシップ(実務体験)といった実務系のカリキュラムが早稲田の売りだ。あとは、シンポジウムなどを開催して女性法曹を増やす取り組みもしている。

ロースクールに求められていた理念に忠実に、開設時は未修者主体の募集にしていた。ただ、早稲田の法学部生が既修者枠の充実している他大学に行ってしまったり、他学部出身や社会人の入学者が激減したりということがあり、2011年に既修者の入学定員のほうが多くなった。

2022年の司法試験合格率は44.8%と物足りない数字。とくに既修者の1回目受験の人の合格率を上げることが課題だ。在学中の司法試験受験に対応したカリキュラムへの変更や、先輩弁護士や修了生によるサポート制度などを行っている。

法学部の都心回帰でロースクールと連携強化

中央大学 大学院法務研究科 研究科長 小林明彦
中央ロースクール修了生の2022年の司法試験合格率は26.18%。入学定員を削減する前で、今よりロースクール入試が厳しくなかった修了生が、4回目・5回目受験(司法試験受験は5回まで)をしていたことが響いた。ただ、2022年の一発合格は43.7%、2021年は45.9%と全国1位の合格者を出した2012年の数字にほぼ並んでおり、回復基調と言える。

ロースクール志望者の減少ペースほどには上位ロースクールの定員は減っていない。これまでロースクール(2022年まで市ヶ谷、2023年から駿河台)と法学部が離れていたので、優秀な法学部生が近隣や合格率の高いロースクールに流れてしまうということもあった。


小林明彦/中央大学大学院 法務研究科 研究科長(記者撮影)

2023年に法学部が多摩から文京区茗荷谷へと都心に移転したので、学部のブランド力が上がることを願っている。3+2(法曹コース)が始まったので、中央大学法学部と連携し、ロースクールの教員が法曹コースの科目を担当する例が多くなっている。

ロースクールのほうでも、定員削減や入試合格ライン・進級要件の厳格化といった対策をとってきた。在学中の司法試験受験に対応し、3年生の4・5月は授業で実力を高め、試験直前期の6・7月は自習するなど、2カ月タームで柔軟な科目履修をできるようにした。中央大学法曹会のバックアップを受けたエクスターンシップ(実務体験)の履修者も増えている。中央の場合、全国各地にOBがいることが魅力だ。

ロースクールが苦戦する一方で、合格すれば司法試験の受験資格を得られる予備試験の受験者は増加傾向にあった。とくに学部の優秀層の中には、早い段階から司法試験予備校に通い、学部在学中に予備試験に挑むのが望ましいという共通認識があった。

予備試験の合格率は3%台と難関だが、合格者の司法試験合格率は97%台と高い。予備試験経由の司法試験合格は「優秀さの証し」であり、ロースクールを経由するより経済的・時間的負担も少ないことから、優秀な学生にとって法曹を目指す有力な選択肢となっていた。

しかし、法曹コースの開設により状況は変化しつつある。「サークル活動や大学の勉強を一生懸命にやり、ロースクールを経て法律家になるルートができた。これまでと違い、予備校の勉強ばかりしている学生とは異なる優秀層が入ってきている」(一橋の本庄法科大学院長)、「法曹コースの学生はロースクールの成績も優秀」(慶応の北居委員長)と新制度に一定の手応えを感じているようだ。

今年7月、在学中のロースクール生が司法試験に初めて挑んだ。短答式試験は1070人の在学生が受験し、933人が合格した。論文試験の結果は11月に出るが、ロースクールの存在意義が見直されるきっかけになりそうだ。

(常盤 有未 : 東洋経済 記者)