リーダーとして、意思が伝わる言葉の力とは(写真:ぽにょ/PIXTA)

日本を代表するプロラグビー選手の姫野和樹さん。2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップでは、攻守にわたってチームを牽引し、日本代表初のベスト8入りに貢献。2021年にはニュージーランドの名門ハイランダーズに期限付き移籍。世界最高峰リーグ、スーパーラグビーでもルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人賞)を獲得しました。

そんな姫野さんが選手として、チームのキャプテンとして、これまでのラグビー人生の中で学んできた、考え方や意識作り、自分との向き合い方、「弱さ」の受け入れ方、目標設定術を書き下ろしたのが『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』。この記事では本書より、ビジネスパーソンにも役立つ「リーダーとして、メンバーと接する時の工夫」について綴ったパートから一部抜粋、再構成してお届けします。

伝えるのは「5つのうち、2つだけ」

あらゆるスポーツにおいて、チームのリーダーに求められる能力や資質の中には、コミュニケーション能力――聞く力、話す力が必ず含まれているが、中でもラグビーは、そのコミュニケーション能力が重要視されているスポーツだと思う。

ヘッドコーチやスタッフ、メンバーはもちろんだが、試合になればレフリーとのコミュニケーションも必要になる。ラグビーでは、試合中にレフリーと直接やりとりできるのは基本的にキャプテンだけ。そこでのやりとりで、そのレフリーの判断基準や視点を正確に掴んでチーム全員に周知させなければいけないし、逆にこちらの言い分や考えを、レフリーに尋ねたりアピールして聞いてもらうことも必要になる。

試合の流れを左右する可能性もあるので、キャプテンにはシビアなコミュニケーション能力が必ず求められる。

試合が終われば、メディアの取材にもキャプテンが答えなければならない。

キャプテンはチームの代表、言ってみれば“顔”だ。トヨタでは僕の発言が「チームの言葉」にそのままなってしまうし、場合によっては、チームのオーナー企業である「トヨタ自動車の言葉」として広がってしまう。

だから、ここでも伝え方には注意を払わなければいけない。このように伝える場面や状況、相手は様々で、それによって伝え方のポイントは変わるのだが、「どうやったら人に正確に伝わる」かを考え続けるという点は変わらない。

伝える時に、常に僕が意識しているのは「クリアに、シンプルに、伝える」ことだ。

伝えるには内容の取捨選択を

例えば試合中や練習中、ごく限られた短い時間内でチームメイトにプレーの修正点や問題点を正確に伝えなければいけない時。数十秒程度の時間で、絶対に必要なことを全員に伝えるためには、自分の言いたいことを、まず、ほとんど捨てる。

言いたいことが5つあったとしたら、実際に伝えるのは2つだけ。3つあるのなら、そのうち1つだけしか伝えない。優先順位の高いものだけにサッと絞って伝え、切り捨てた残りは試合が終わった後に、じっくりフィードバックする。

修正点や問題点は、1つを指摘している間にたくさん次から次へと出てきてしまうし、どうしても言いたくなってしまうものだ。それを一度に全部伝えようとすると情報量が多過ぎる。聞き取るほうが整理しきれず覚えていられないし、すぐに修正しなければいけないことが意識に残らなくなってしまう。

伝える人数も多いので、たくさん修正点を伝えると1人1人がフォーカスするものもバラバラになってしまう。「AとBとCとD、そしてEがダメだから修正しよう」と伝えた時、ある選手は「AとB」を意識していたとして、別の選手は同じ話を聞いて「CとD」を意識するかもしれない。さらに別の選手は「AとE」かもしれない。「修正すべき問題」がバラバラで、チームの意思統一ができていないことになる。

それでは1つも伝えていないのと同じこと。そうなってしまうくらいなら、思い切って一番大事なこと、その次に大切なことだけを正確に伝えて全員に同じ問題点を共有させたほうがいい。

伝える際には、ネガティブな言葉を使わないことも大切だ。ミスをした選手にも、

「アレはダメだ! なんでもっと前で止められなかったんだ」

とは絶対に言わない。必ずポジティブになれる言葉を探す。

「次、行くぞ! 取り返すぞ!」

そう声かけして、前を向かせる。

そしてこれも大切なのだが、この時、自分の立ち振る舞いも意識しなければならない。

苦しい時ほど、リーダーの姿勢や声は、良くも悪くもチーム全体に影響を与えるものだ。リーダーが迷ったり不安なそぶりを見せれば、すぐに全員に伝染してしまう。自信無さげな様子では、言うことをどれだけシンプルにしようが、伝わらない。どんなにしんどい状況でも自信に満ち溢れて「逆にそのしんどさ、オレは楽しんでいるけどね」くらいに見せ続けること。それが相手に、自分の言葉を伝えてくれる。

目を合わせて「同じ画(え)を見る」

シンプルな言葉で要素を絞って伝えるのと同時に、チームメイトと「コネクト」する必要がある。

コネクトというのは文字通り、「隣の人と繋がる」「全員と繋がる」という意味だ。ラグビーの試合前や試合中――例えば失点直後などに、選手たちが全員で円陣を組んでいる光景を見たことがあるだろうか。

あの円陣をラグビーでは“ハドル”と呼ぶ。一見すると、野球やサッカーでもよく見る、気合を入れるための儀式のように思えるかもしれないが、ハドルは儀式でもポーズでもない。コネクトに必要な、勝利するために必要な大切な行動なのだ。

コネクトすることの最大の目的は、チーム全員を同じ目標にフォーカスさせること。チーム全員が頭の中で“同じ画(え)”を見るため――「どうやって勝つか」「そのためには何が必要か」「何をすべきか」というイメージを持つために必要なのだ。

チーム全員、同じ画を見ることができていると、例えばアタックひとつとっても、全員が自然と完璧に動けてしまう。トライまでのランニングコースやフォローの入り方、ボールをパスするタイミング……等々、誰も間違わない。

「自分がすべきこと」が全員見えていて、トライまで同じ道筋を描けているからだ。こういう状況になると、チーム全員で同じ方向に向かって戦える。だから強い。

ラグビーはチーム力を競うスポーツだ。どれだけ素晴らしい選手をどれだけたくさん集めても、選手個々人が「こっちで大体合ってるよな」というくらいの意識でぼんやり大体の方向を向いている状態では、持っている力の100%どころか60%も出せない。

だが、グラウンドに立つ15人、リザーブメンバーを含めた23人全員がコネクトできていれば、チーム力は120%にも150%にもなる。

そのために、まず全員でハドルを組む。

「横の人とまず繋がってくれ」

「隣の人とコミュニケーションをとってくれ」

自分の隣にいる選手と肩をしっかり組んで繋がる。隣の選手は、そのまた隣の選手と繋がる、その選手はさらにその隣の……そうやって全員で肩を組む。組んだら、声をかける。

「みんな、オレの目をしっかり見ろ」

これを「アイズ」と呼ぶ。僕の言葉に100%意識を向けてもらう必要がある時には、1人1人と視線を合わせることで、「リーダーの話を受け止める」ことにフォーカスさせる。

リーダーを媒介にして、チームを1つにコネクトさせる。そこで初めて伝えるのだ。

「自分の言葉」だけが人を動かす

ここまで書いてきたことと矛盾した表現にもなるのだが、極論を言ってしまうと、人は言葉では動かない。そういうものだと僕は思っている。

だからこそ、大切なことを人に伝えたい時には最低限、使うべき言葉がある。それは「自分の言葉」だ。

どこかで聞いたことがあるような言葉、何かの本で読んだ言葉、誰かが喋ってたことを写した言葉……それをそのまま伝えようとしても相手には響かない。

自分の言葉でなければ、聞く人の心は動かない。心が動かなければ、行動も起こさない。

聞いたことや読んだ言葉を使ってはいけない、というのではない。一度、自分の中でその言葉や意味を噛み砕いて自分の言葉にしたものでなければ意味がない、ということだ。

誰でも人は自分の言葉で伝えようとすると、どうしても感情が出るものだ。喜怒哀楽が自然と溢れ出てしまう。

でもそれでいい。僕は伝えたい時には感情も隠さずに、自分の喜怒哀楽も相手に全部さらけ出してしまう。

あれはトヨタでのキャプテン2年目、2018―2019年シーズンの開幕戦、サンゴリアス戦だった。

トヨタはそれまで数シーズン、サンゴリアスに勝てていなかったが、その試合では前半から終始トヨタがリードを保ち続けていた。緊迫した接戦だったが、20対25とトヨタ5点リードのまま後半ロスタイムまで持ち込んだ。試合終了のホーンが鳴るまであとほんの少し、久しぶりのサンゴリアス戦勝利まで、あと一歩のところまで来ていた。

チームを勝利へ導く言葉の力

だが、サンゴリアスの最後の反撃を受けて、僕たちは自陣ゴール前にずっと釘付け。トヨタはペナルティーを繰り返しているという状況でもあった。

その状況下のブレイクダウンで、痛恨のペナルティーを犯してしまったのは僕だった。僕は“シンビン”10分間の退場処分に。その後、チームは結局、サンゴリアスにペナルティートライで7点を奪われて、逆転負けを食らってしまった。

試合終了の瞬間、僕はめちゃくちゃに泣いていた。キャプテンとしてあまりに不甲斐なくて、泣きながらメディアの取材に臨み、こう言葉を絞り出した。


「ただただ悔しい。“今度対戦したら絶対に勝つ”とチームが1つになれたことが唯一の収穫です」

それまでは、取材でも自分の言葉で話しているように見えて、これまで自分が見てきたキャプテンたちの言葉を、気づかないうちに真似していただけだったのかもしれない。どこかで聞いたような“キャプテンらしい言葉”を話していただけだったのかもしれない。

だが、この時は悔し涙と一緒に、自分の思いが率直に出た。

メディアを通じて、その「自分の言葉」がチームメイトに伝わった。その試合から4か月後、カップ戦の決勝で再びサンゴリアスとぶつかった時、泣きながら伝えた「今度対戦したら絶対に勝つ」の言葉通り、雪辱を果たして優勝を勝ち取ることができた。

チームの調子や状況が上がったから、チームがよりグッと1つになってチーム力が上がったからサンゴリアスを上回れたのだが、その1つのきっかけとして、言葉の力もたしかにあったはずだ。

(姫野 和樹 : プロ・ラグビー選手)