NTT法の改廃に向けた議論がヒートアップしている。焦点は政府が保有するNTT株の売却だが、グループ再編の呼び水となる可能性も捨てきれない(左写真:今井康一、右写真:ヒラオカスタジオ撮影)

「国の金を何十兆円も使って作った独占的インフラをベースに、独占的になんでもやってよい企業を許すのはありえない。それをさせないために分割したのに」

楽天の三木谷浩史会長兼社長は9月5日、自身のX(旧ツイッター)上で、不快感をあらわにした。三木谷氏が問題視しているのは、目下、急ピッチで議論が進められているNTT法の改正だ。

政府内でNTT法の改正がにわかに俎上に上がったのは、防衛費に充てる財源をいかに確保するかという議論がきっかけだった。

NTT法は、政府がNTT株の3分の1以上を保有することを義務づけている。NTTによると、現在の政府の保有比率は34.25%。NTTの時価総額は約15兆円で、単純計算すると政府の保有株は約5兆円に相当する。これらの保有株を売却して防衛財源に充てるならば、NTT法の廃止または改正が必要となる。

そうした流れでスタートした議論だが、楽天モバイルを展開する楽天をはじめ、競合の間では警戒ムードが広まっている。というのも今回のNTT法の見直しが、グループ再編の呼び水となる可能性があるからだ。

甘利氏「法廃止も含め抜本的に見直す」

「(NTT法の規制などが)行政指導の名の下に、『昭和レトロ』(な規制行政)を引きずっている。これは日本の国際競争力を縛ることと同義だ」

8月31日、自民党本部で開かれたNTT法の在り方を審議する会議の初会合。その冒頭、座長を務める甘利明衆議院議員は、現行のNTT法を痛烈に批判した。

自民党は11月にも提言をまとめる方針で、「NTT法廃止の可能性を含めて抜本的に見直す」(甘利氏)という。NTT法を所管する総務省でも、2024年6月をメドに同法の見直しに関する答申を取りまとめる。

NTT法の見直しをめぐる論点は、2つに大別できる。政府が保有するNTT株の売却と、NTTを縛りつけている規制の撤廃ないし緩和だ。

1985年の民営化に際して制定されたNTT法は、NTTが果たすべき責務とともに、同社への規制を定めている。旧・日本電信電話公社(電電公社)から引き継いだ巨大なネットワーク設備を持つ「強いNTT」を弱くし、健全な競争環境を整備するためだ。


対象とするのは、持ち株会社のNTTと、その100%子会社であるNTT東日本、NTT西日本の3社。一例を挙げると、固定電話サービスの過疎地も含めた全国展開、研究開発成果の対外的な開示、3社の事業計画の策定・変更における総務大臣の許認可の取得、外国人の持ち株役員への就任禁止などを規定している。

これらの責務や規制について、通信業界では「固定電話時代の遺物。遅かれ早かれ見直す必要性があった」(総務省関係者)との声が聞かれる。

国内の固定電話回線市場では6割を超すシェアを握るNTTだが、今やキャリアの主戦場は移動通信(モバイル)。さらに言えば、通信を使って利用する独自サービスなどの非通信領域へと広がりを見せている。

にもかかわらず、NTTグループのみが数十年前に作られた責務や規制によって足を縛られた状況では、新たな領域で競争力を十分に発揮できない。こうした事情が、冒頭の甘利氏の発言につながってくる。

グループのさらなる再編が現実味?

責務や規制が撤廃されれば、当然NTTにとっては利点が多い。

例えば研究成果の対外的な開示だ。NTT法の定めの下、NTTでは年1回開催される「R&Dフォーラム」や、企業からの個別の問い合わせへの回答などによって、研究成果を開示しているという。

だがNTTは目下、2030年頃に商用化が見込まれる次世代通信規格「6G」において世界の標準規格を獲得しようと、光技術を使った通信基盤「IOWN構想」を提唱している。これらの技術開発に注力する中、研究成果の開示は技術流出を招きかねないという懸念がかねてあった。

さらに規制緩和で身動きが取りやすくなることによって現実味を帯びるのが、グループの再編だ。

現状、NTTおよびNTT東西の社名変更を伴うような再編をする場合には、NTT法の改正が必要になる。NTT法に3社の社名や事業範囲が記載されているためで、「それら3社を含めた再編はハードルが高いと考えられていた」(NTT幹部)。

しかしNTT法改正の方向性次第では、こうした制約もなくなる。

折しもNTTでは、澤田純・現会長が社長に在任していた2018〜2022年の4年間、海外勢との対抗などを掲げてグループ再編を推し進めてきた。NTTドコモの完全子会社化や、NTTリミテッド(NTT傘下にあった海外事業を展開する会社)をNTTデータ傘下に移管するなど、さまざまな再編に着手したものの、持ち株会社のNTTとNTT東西には手をつけていない。

8月9日の決算会見の場で、今後のグループ再編の可能性について問われたNTTの島田明社長は、「NTT東西が1つになるほうが経営が効率化され、公共の福祉にプラスになるかどうか。今後の議論次第だ」と語り、東西の合併の可能性にも含みを持たせた。

今のNTTグループの原型が作られたのは1999年。1985年の電電公社民営化で誕生した日本電信電話株式会社(NTT)が、持ち株会社のNTT、NTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズ(コム)の4社に分割された(NTTドコモとNTTデータはそれ以前に分社化)。

地域通信事業を東西の2社に分けたのには、市場支配力を弱めるなどの狙いがあったが、現状東西が分かれていることに合理性があるのかは疑問符がつく。固定電話や光回線をそれぞれ手がけている両社が合併すれば、機器調達などのスケールメリットが働く。新規事業開発に関わるリソースなども集約できるだろう。

法人事業を取り巻く再編も焦点

さらに通信業界関係者らが注視するのが、法人事業を取り巻く再編の可能性だ。グループの主要会社では、NTT東西、NTTドコモと2022年にドコモ子会社となったNTTコム、そしてNTTデータが法人向けの事業を手がけている。

通信回線を軸としたサービス提供や、SI(システム・インテグレーター)など、それぞれ事業内容は異なるが、顧客基盤の一体化や商材のクロスセルを進められれば、業績拡大に一役買いそうだ。NTT法が定める総務省の認可などが不要となれば、こうした大規模な再編もしやすくなる。

あるNTT幹部は「世界で戦うには、1999年の分割前の体制に戻ってグループの総力を結集させたほうがいい」と強調する。NTT首脳陣の意見が一枚岩とは言い切れないものの、澤田体制以来、グループは“結集”の方向で再編を繰り返してきた。そうした動きをさらに推進しようとする考えを持つ幹部は少なくない。

NTTを利する形での法改正に向けた動きが加速する状況に対し、競合キャリアからは冒頭の楽天の三木谷氏のように警戒する声も上がる。ソフトバンクの宮川潤一社長は「公正競争という観点でNTTの在り方がこれまで整理されてきた。なし崩し的にNTTの規制だけが緩和されることにならないよう、議論を注視していきたい​」と述べた。

自民党と政府は今後、有識者やNTTを含めたキャリア事業者らのヒアリングを踏まえて、法改正の方向性を固めていく。その審議の行方が、今後の通信業界の競争環境に大きな影響を与えることは間違いないだろう。

( 高野 馨太 : 東洋経済 記者)