一時1ドル=147円後半に達し、財務省も牽制発言(編集部撮影)

対ドルで円安が進み、断続的に年初来安値を更新している。その要因は1つではないが、円相場を考える上ではやはり、最近の貿易収支を取り巻く不穏な環境は気になるところだ。

年初来、日本の貿易収支は「昨年よりはマシ」という通念の下、「需給環境の改善が円安相場のピークアウトに寄与する」という見方があった。

昨年来、円安見通しを続けてきた筆者ですら、貿易収支が半年程度のラグをもって円相場に影響を持ってくるとの基本認識に立ち、「2023年下半期の顕著な貿易赤字縮小が、2024年以降の円安ピークアウトにつながる」という見方を抱いてきた。

中国経済の失速で輸出が停滞

ただ、ここにきて日本の貿易収支には2つの想定外が浮上している。1つは中国経済の失速、もう1つは原油価格の上昇である。

前者については、7月時点で中国向け輸出が8カ月連続で前年実績を割り込んだことに象徴される。その背景に不動産バブル崩壊に伴う同国の内需低迷があることは多くの説明を要しないだろう。

こうした中国向け輸出の停滞もあって、日本の世界向け輸出も2021年2月以来、実に29カ月ぶりに前年実績を割り込んでいる。


日本の世界輸出に占める中国の割合は2割弱であり、ここが伸びないと輸出全体の仕上がりに影響する。今の中国経済の情勢を見る限り、この経路で輸出が押し下げられる状況は当面続きそうに見える。

さらに悪い話だが、すでに西側諸国が中国とのデカップリングを図っていることを踏まえれば、中国向け輸出の不調はある程度、所与の条件と見るべきなのかもしれない。そう考えると、日本の世界向け輸出は従前に比べて構造的な抑制要因を抱えてしまうことになる。

原油価格は3カ月間で30%上昇

日本の貿易収支が直面する2つ目の想定外は、原油価格の上昇だ。

足元で話題となっているように、サウジアラビアやロシアの減産延長を受けて原油価格が連日高値をつけている。9月6日、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の期近物は1バレル87.54ドルで取引を終えているが、これはすでに1年前と同じか、少し高い水準である。3カ月前となる5月末時点と比較すれば約30%の上昇だ。

ラフな試算に基づけば、原油価格が1%上昇すれば、日本の鉱物性燃料輸入額は7%強増える。鉱物性燃料輸入は日本の輸入総額の約4分の1を占めるため、鉱物性燃料輸入額は7%強増えれば、輸入総額は2%弱(≒7%×0.25)増える計算になる。


現在、輸入総額は2023年上期実績を元にすれば月平均で9兆円程度であるため、原油価格が1%上昇すれば、月間輸入総額は1800億円程度増えるイメージだ。過去3カ月で30%上昇した結果はすぐに直近の輸入額に反映されるわけではないが、月間輸入総額が5兆円以上押し上げられる計算になる。

もちろん、鉱物性燃料価格が上昇すれば、その他の財は価格上昇の結果として輸入が減少する側面も予見されるため5兆円すべてが輸入総額に追加されるわけではない(そうなると月間で約14兆円という輸入額としては破格の水準になってしまう)。

だが、2022年下半期の月間輸入総額に関しては、10兆円の大台が常態化していた。これは今後想定される展開である。

現状、輸出総額が月平均で8兆円程度(2023年上期実績)しかなく、上述した中国要因でその下振れが懸念されることを思えば、2022年のような貿易赤字は絶対にないとはいえない雰囲気がある。昨年のような1バレル100ドル台までいかなくとも、輸出が中国要因で低迷すれば、結果的に貿易収支は大きく傷つくことになる。

アメリカの金利が下がっても円高余地は限られる

ちなみに、本稿執筆時点(9月7日時点)のドル円相場は147円台後半まで円安に振れているが、1年前の同じ頃は143円前後だった。年初から日本の貿易収支に関し「昨年よりはまし」という論調が支配的だったのは、円安も落ち着き、供給制約解消を背景に原油価格も下落していくからというのが前提だったからだ。

しかし、足元では昨年を彷彿とさせる円安と原油価格が復活しつつある。この状況が続けば、いくらアメリカの金利が低下しても、円高余地は相当に限られるだろう。

昨年来、筆者はさまざまな角度から需給環境の変調が円安の真因ではないのかと議論してきた。「2023年後半から2024年前半にかけてはその需給環境の変調が落ち着き、米金利低下の影響が出やすくなる(端的には円高・ドル安に振れやすくなる)」という巷説はここにきて大きく揺らいでいる。

歴史的な円安相場を語る上で、再び貿易収支の行方から目が離せなくなっている。

(唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)