ジャニーズ事務所の記者会見に登場した東山紀之新社長と、藤島ジュリー景子氏(写真:ロイター/アフロ)

ジャニーズ事務所は9月7日、創業者のジャニー喜多川氏による所属タレントへの性加害問題の責任をめぐり、ジャニー喜多川氏の姪に当たる藤島ジュリー景子社長が辞任し、俳優で歌手の東山紀之氏が新社長に就任したと発表した。

これに先立ち、創業者親子が経営を牛耳っていたものの、自動車保険の不正請求が発覚したのをきっかけに、さまざまな悪事を晒したビッグモーターも社長を交代した。「柳井(正)会長兼社長は、いつになったら新社長を決めるのか」と後継者難が指摘されていたファーストリテイリング(ユニクロ)もやっと新社長就任を発表。

「社長が代わっても同じではないか」という見られ方

それぞれ、業界、事情は異なるが、いずれも「社長が替わっても同じではないか」という見方がされている企業である。それは、事実上「最高権力」を持つ人が変わらないと考えているからだ。

ファストリの柳井氏に限らず、カリスマ的存在の創業者が君臨する成長企業では、後継者を任命する場合、自身のクローン(複製)を求める傾向が強い。

ところが、突然変異の如くクローンは現れない。柳井氏は自らスカウトして社長にした玉塚元一社長(当時43、現ロッテホールディングス社長)を2016年8月に退任させ、自身が社長復帰した過去がある。

その後、柳井氏の一人舞台が続いたが、ついに8月28日、傘下のカジュアル衣料品店「ユニクロ」の社長に、塚越大介取締役(44)を9月1日付で昇格させる人事を発表した。集団指導体制への布石としているが、柳井氏は手綱を緩めないだろう。

柳井氏の社長更迭がかわいいものに見えるのが、ニデック(旧・日本電産)の創業者、永守重信会長兼CEO(78)によるトップ人事である。外部からスカウトしてきては更迭するパターンを繰り返してきた。

2022年6月には関潤社長兼CEO(元・日産自動車副社長)をCOO(最高執行責任者)に降格させ、永守氏がCEOに返り咲いた。その後、関氏は退職し、2023年2月から鴻海精密工業グループの電気自動車(EV)事業の最高戦略責任者(CSO)へ転じた。隣の芝生は青く見えたと反省し、後継者は内部から選ぶと宣言。永守氏は、創業者は死ぬまで創業者と確信している。

「カリスマ経営者」の資質

両社はファミリービジネスとは言えない上場企業だが、柳井氏、永守氏はともにカリスマ創業者で、所有と経営の両方を握っていることから、絶大な権力を行使できる。

権力は最高位に立てば、それなりに持てる。しかし、カリスマと見られるほどの権威を感じてもらうには、常人では簡単には成し得ない奇跡的伝説が備わっていることが絶対条件である。

一代で急成長させ大きな企業に育てた創業者は、常人では成し得ない実績自体は誰もが認めるところだろう。創業家出身者も創業者の遺伝子を受け継ぎ、実践しているような人であれば、「我々は努力してもなれるものではない」と納得性が高まる。

絶大な権力を持ったとき、注意しなくてはならないのが権力の乱用である。とくに株式所有比率が高い筆頭株主になり、所有と経営が一致しているファミリービジネス(同族企業)の場合、創業者だけでなく創業者の虎の威を借る狐(子息など創業家出身者)が悪しき独裁者になる可能性がある。その典型例がビッグモーターだろう。

権力の乱用が犯罪に相当する反社会的行為に及べば、権力の誤用である。ジャニーズ事務所の創業者は、権力をちらつかせ、自身の欲望を満たすため性加害に走った。

こうした中、ジュリー氏は「ジャニー氏の性加害の事実を巡る対応についての取締役としての任務の懈怠があることも踏まえ」、8月29日に自ら設置した「再発防止特別チーム」において、ジャニーズ事務所代表取締役からの辞任を求められた。それを受け入れたものの、取締役として残ることになった。ジュリー氏は現在のところ同社の全株式を持つ。

この点は、ビッグモーターも同様。兼重宏行(元社長)・宏一(元副社長)親子の資産管理会社が同社の株式を100%保有している。「資本構造はそうだが、私も息子も経営にいっさい関与することはない」と兼重氏は7月25日の記者会見で強調したが説得力に欠ける。

「同族企業=ダメ」は本当か

このように、ファミリービジネスが起こした不祥事が続くと、「そんな古臭い経営をしているから日本経済はだめになってしまったんだ」という声が聞こえてきそうだ。株主重視経営の色彩が濃くなってきている昨今となっては、そのような声が一層大きくなる。

一部のジャーナリストや文筆家が、いくつかの失敗例をあげて「同族企業だからだめなのだ」と断定する傾向は変わっていない。長年、膨大なデータに基づきファミリービジネスを研究している経営学者は、この点をよく批判する。

「同族企業だからだめなのだ」と一般化しがちなのは、ファミリービジネスは長い間、古臭いコーポレートガバナンス(企業統治)だと見られてきたからだ。

なぜなら、1950年代以降、現代企業では株式が複数の株主により分散所有され、「専門経営者」(俗に言う「経営のプロ」「サラリーマン経営者」)が経営を行うとする「所有と経営の分離」(A. バーリーとG. ミーンズ)という考え方が、幅を利かせてきたからだ。ところが、ファミリービジネスは廃れなかった。

日本企業の9割はファミリービジネス

日本はファミリービジネス大国である。浅羽茂著の「〈経営戦略論〉ファミリービジネスの強さと課題」(早稲田ウィークリー)によれば、件数で言えば、421万企業のうち、日本企業の90%は、ファミリービジネスである。中小企業が99%を占め、日本の従業者の約70%に当たる3200万人を雇用している中小企業大国であるという事情が背景にあると見られている。だが、豊田家のトヨタ自動車、鳥井・佐治家のサントリーなど大企業だけでも50%以上をファミリービジネスが占めているのだ。

日本だけでなく、株主重視経営の本山となったアメリカでさえ全企業件数の80〜90%、ヨーロッパでもドイツやイタリアが90%以上を占める。社会主義国の中国でさえ85%となっている。つまり、世界中がファミリービジネス大国主導であると言っても過言ではない。 

ファミリービジネスは、総じて業績が良いという事実は、経営学者の間では共通認識になっている。企業家、ファミリービジネス、ベンチャーを研究対象とする学会で発表を聞いていると、定量分析と定性分析を合わせた実証研究に基づき、ファミリービジネスの優位性を説いている内容がほとんどである。長所、短所を比較している研究においても、結論では長所が強調されている。

ところが、一般人(主にビジネスパーソン)の認識は異なる。「あの社長は世襲を企んでいる」「あの会社は同族経営だから」といった言葉が口から無意識に飛び出す。会社の中では創業家を絶賛しながらも、アフターファイブの酒席では同族経営をネタにして、批判しているビジネスパーソンの姿が散見される。

近年、マスコミも経営学の研究業績を引用し、ファミリービジネスや老舗を絶賛するケースも増えてきたが、相変わらず創業者、創業家、世襲に対する批判的姿勢も衰えていない。

では、どちらが正論なのか。答えはどちらとも言えない。ファミリービジネスだから、そうではないから、という二者択一の論理で良し悪しは判定できない。さらに、ひと昔前では、あまり見られなかった条件が加わるようになってきた。それは、人心の変化である。「創業家だから」という影響力は昔ほど通じなくなってきているのではないか。

「人の上に立つ」納得した理由が必要

会社をはじめとする我が国の組織では、伝統的に日本人特有の「しようがない」という潜在心理が行動の規範になっている。日本では封建社会が長い間続き、明治以降も上意下達の官僚型組織が官民両方で支配していた。ここでは、「お上が言っていることだから、しようがない」となる。

福澤諭吉氏の名言を引用すれば、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という平等概念が定着しつつある現代においては、「なぜ、この人を尊敬しなくてはならないのか」「なぜ、納得がいかない指示に従わなくてはならないのか」と問われたとき、論理的に説明できる理由がなければ、人々は腑に落ちない。

ましてや、創業者の後継者となると、単なる世継ぎ、好き嫌いによる任命、と従業員から見られるようでは、協力どころか反発を買い、後継者に就任したとしても面従腹背のパンチをくらうことになる。「後継者選びは、経営トップにとって最大の仕事」と言われる所以である。

創業者は、後継者候補として育てるにはリーダーとしての経験を積ませなくてはならない、と考える。しかし、全権はなかなか渡さない。創業者は会長、CEOになり、松下幸之助氏の名言である「任せて、任せず」という姿勢を崩さないのだ。「院政」と批判されがちな企業統治である。だが、このトップマネジメントは必ずしも悪いとは限らない。

8月30日に92歳で亡くなった資生堂の福原義春名誉会長は、「良き院政」の典型ではなかっただろうか。同氏は、創業者である福原有信氏の孫として、幼年期から「資生堂の文化」を体得してきた。

筆者はかつて福原氏と親しかった作家と共に仕事をしていたことがあり、エッセイスト、詩人でもある福原氏の粋なセンスに触れる機会に恵まれた。キャンペーン宣伝で具現化したブランド重視の姿勢や、エッセイからも「文化」が感じられた。

重要なのは「尊敬できるトップ」かどうか

だが、いわゆるお坊ちゃまの趣味で終わらなかった。現役時代には、戦略的経営者としても剛腕を発揮。フランス、ドイツに現地法人を設立し、中国にも進出するなど海外市場に進出し、グローバルと企業資生堂の下地を築いた。

福原氏の社長(1987〜97)、会長(1997〜2001)時代に築いたブランド力、グローバル化は、急成長の礎となった。そして名誉会長に就任して以降も「任せて、任せる」という姿勢を貫く。その結果、資生堂の中で福原氏は尊敬され続けた。

もちろん「そうではない」という声も聞こえてきそうだが、大企業においては「尊敬できるトップ」がいるという無形資産は、大きな求心力になる。

トップが強力な統率力を発揮するには、無形資産の尊敬される「権威」とマネジメント・ツールである「権力」の両方が求められる。福原氏の場合は、その両方をうまく活用できた例と言えよう。対して、ジャニーズ事務所とビッグモーターのトップは、この無形資産を構築できず、権力も失ってしまった。

(長田 貴仁 : 流通科学大学特任教授、事業構想大学院大学客員教授)