世界的な地球環境保全や脱炭素の流れの中で、今後、日本の資源エネルギー政策はどうあるべきか(写真:PIXSTAR/PIXTA)

ウクライナ侵攻以降、資源エネルギー問題への関心が高まっている。世界的な地球環境保全や脱炭素の流れの中で、今後、日本の資源エネルギー政策はどうあるべきか。また、新たな産業・社会への影響をどう見るか。

各紙書評で激賞されている『世界資源エネルギー入門:主要国の基本戦略と未来地図』を上梓した早稲田大学教授の平田竹男氏に、経済評論家、キャスターとして高い人気を誇り、現在、国際社会経済研究所理事長を務める藤沢久美氏が話を聞いた。

エネルギーを総合的に学べる講義がない

藤沢久美(以下、藤沢):最初に、どうしてこの本を書こうと思われたのでしょうか。早稲田大学での講義がベースになっているそうですね。


平田竹男(以下、平田):17年前から早稲田大学で資源エネルギーの講義を行っています。早稲田もそうですが、日本の大学には理系、文系の学生がエネルギーの基礎を総合的に学べる授業がありませんでした。なぜか日本の大学生はエネルギーについて学ぶ機会がなかったんです。資源エネルギーの授業を探すと、理工学部にはある程度、石油の掘削や原子力などのうち極めて一部の技術的な側面だけを学べる授業があるのですが。

藤沢:学生たちからも大変評価が高い講義と聞いています。

平田:学生はたいへん熱心で、講義が進むにつれて意識も変わってくるところがおもしろい。最初は環境問題への意識が高くて、ドイツの再生エネルギーは素晴らしい、それに対して日本は遅れているといった意見ばかりですが、ドイツの再生エネルギーは何か起これば原子力発電が中心のフランスから電力を融通し合う送電網の強さ、加えてロシアとの天然ガスパイプラインがあって可能になっていたもので、単純に日本に置き換えればよいものではないと変わってきます。

藤沢:この本の素晴らしいところは、ファクトが充実しているところです。今の欧州の送電網もそうですが、改めて知ることがたくさんありました。もちろん、先生のお考えもたくさん述べられていますけれども、歴史やデータがしっかり書かれています。

藤沢:また、資源エネルギー問題を見る視座として「エネルギー安全保障」(Energy Security)、「経済効率性」(Economic Efficiency)、「環境」(Environment)という3つの「E」を意識しながら見ることが大切だとも述べられています。

多くの人は、ファクトを知ることなくイメージで、「環境問題は欧州の取り組みが素晴らしい」「日本や中国、アメリカは遅れている」といったイメージで見ていますが、その背景にあるエネルギー安全保障の問題や、また経済性が伴わなければ安定したエネルギーにはならないといったことは知る機会がありませんでした。また3つの「E」が国によって違うということにも意識がまわりません。

一番勉強になったのは、EU(欧州)を1つの存在と見ていて、COPやEV推進など一様に再生エネルギーに移っているのだろうと思っていましたが、国によってエネルギー政策が大きく違っていることがわかりました。

ドイツのエネルギー戦略の特異性

平田:EUのなかでもとりわけドイツが違っていますね。イギリスは北海油田を持つ産油国で、それに裏付けされた独立性と通貨の強さがある。


平田竹男/1960年大阪生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授。早稲田大学資源戦略研究所所長。当時の通商産業省(現・経済産業省)、日本サッカー協会専務理事などを経て現職。著書に『スポーツビジネス 最強の教科書』等。(撮影:今井康一)

南のイタリアやスペインはアフリカが近いので、そこからの調達が可能です。イタリアなどはアルジェリアの豊富なエネルギーを受け取ることができる。

藤沢さんはJリーグの理事も務めていたサッカー通ですけれども、サッカー5大リーグで冬にリーグを中断するのはドイツだけです。

藤沢:それくらい寒さが厳しいわけですね。

平田:ドイツは石炭資源に恵まれた国ですけれども、今後は石炭もやらない、原子力もやらないで再生エネルギーに舵を切ったように見えるけれども、裏では、ロシアからのパイプラインで天然ガス資源をしっかりと確保していたわけです。脱原発と言っていてもいざとなったらフランスから電力を買えるという基盤がある。また、東西ドイツをドイツ一国に戻すための旧ソ連、ロシアとの大変な外交能力を培ってきたわけです。

その一方で、ロシアがどうしてここまで力のある国になったかということを考える必要があります。近年の「石油から天然ガスへ」という化石シフトの流れにあって、それに一番適合した国がロシアでした。

平田:プーチンの指導の下で、それを自国の戦略と政策によって成し遂げた。石油は神さまがくれたものと言うことができますが、天然ガスの場合は自助努力が必要なんですね。もともとロシアはウクライナから天然ガスを輸入していましたが、ガスプロムという強力な国策の天然ガス会社をつくって、先端的なテクノロジーを導入して次々と国内のガス田を開発した。天然ガスは石油に比べて運搬が難しいとされていましたが、パイプラインを巡らせてこの問題も解決した。

天然ガスを国家戦略の中心に

平田:プーチンは天然ガスを国家戦略の中心に据えて、そこへ資源を集中させ、それがうまくいって国力の源泉となった。結果、ロシアは90年代のどん底から見事に国力を回復し、社会も安定し国民の生活も豊かになった。

国民一人あたりのGDPを見ると、2000年頃に比べておよそ5倍になっている。その部分では、プーチンの指導力は評価されています。ウクライナ侵攻で一気に評価を下げてしまいましたけれども。

そして、欧州では、ドイツがロシアの変化をいち早くキャッチし、それに乗っていった。ウクライナでオレンジ革命が起こり、欧米寄りの政権ができたことで、ウクライナを回避したパイプラインをロシアは必要としていた。そこでドイツはウクライナを通らない、バルト海を通って直接ドイツとつながるパイプラインの建設を後押しします。


藤沢久美/国内外の投資運用会社勤務、ソフィアバンク代表等を経て、現在、独立シンクタンク・国際社会経済研究所理事長。その間、経済評論家やキャスターとしても活躍。著書に『最高のリーダーは何もしない』等。

(撮影:今井康一)

トランプ前大統領のように「ドイツはロシアの捕虜」などと言って、ドイツを悪く言う人もいますが、ドイツにしてみれば途中で止まるリスクのあるパイプラインではなく、自国に直結するパイプラインが欲しいと、これは正しい判断だろうと思います。

藤沢:エネルギーというのは、それくらい重要なものなのですね。

平田:そのとおりです。通貨や金融のことは学校で学びますが、エネルギーもそれと同じくらい重要なこととして、学校できちんと教えるべきです。

藤沢:日頃、ニュースでAPECやG7について耳にしますが、それらの動きの裏にはエネルギーの問題があるということが、先生の本を読んでわかりました。これからの社会人、特に世界を相手にビジネスする企業の人たちは必修の知識になると感じました。

私たちは、どうしても美しい世界に惹かれるので、環境とか自然再生エネルギーに対して前のめりになりがちですが、実はそんなに簡単な問題ではないし、データで見せられると、再生エネルギーが主流になっているかと思いきや、まだまったくそんなことはないことがわかります。

平田:確かにいまだに化石エネルギーは大きな割合を占めています。ただ、一方で、エネルギーの増加分を見ると再生可能エネルギーなんですね。化石エネルギーをしっかり押さえながらも、中国のように再生エネルギーで世界のリーダーになろうとし、また再生エネルギーの関連産業においても世界のリーダーを目指している国があることを認識しなければなりません。

再生エネルギーは国防にも貢献

平田:化石エネルギーの重要性は国の国力に直結しているものです。しかし、再生エネルギーに手を打っていることも、未来を見据えた場合に大変重要です。それに関連した産業をどの国がリードするのかという問題もあって、資本市場は非化石にどれだけ投資しているかで株主総会が大荒れになるくらい、再生エネルギーに目が向いている。ですから、化石と再生エネルギーのバランスをとる、ということがいま最も大切なことなんですね。

化石エネルギーで負けると戦争に負けるようなところがありますが、私は戦争の本を書くつもりはまったくありませんでしたし、ただエネルギーが国防に直結していることは否めない。それと環境、そして両方を支える経済、3つの「E」のこのバランスが大切ということを知ってもらいたかった。日本以外の国についても、この3つの「E」で見るととても勉強になります。

むしろ、じっくりとファクトを見ていくと、再生可能エネルギーはエネルギー自給率を向上させ国防にも貢献することがわかります。今回の本では、世界のエネルギーを見る際に、共通の基準を入れることができたと思っています。

藤沢:エネルギーの安全保障は、石炭から始まって、石油、LNG、原発、そして現在、再生エネルギーと変わっていっています。安全保障という観点からは、最初は国が投資していかなければいけないから、経済効率性は満たせませんね。

この本にも書かれているように、石油への移行のところで日本は遅れてしまった。それから、天然ガスにシフトするところでロシアはガスプロムをつくって成功し、再生エネルギーへの移行で中国は国を挙げて投資を行いました。最初は経済性の「E」を満たせなくても、先を読んで行動していると言えます。 

平田:そのとおりですね。日本は石炭から石油のところで、うまくいかなかった。日露戦争において、日本の艦船がロシアのバルチック艦隊を破りましたが、当時の艦船は石炭を動力源に運航されていました。しかし、明治から大正になり、1914〜1918年の第1次世界大戦中には、日本の海軍の燃料が石炭から重油にシフトし始めます。

資源について神様というのは実に不平等です。日本の近代化という歴史においては、神様は石炭を日本に与えましたが、石油は与えてくれませんでした。近代化が進むにつれて、石炭ではなく石油の確保が不可欠でしたが、大正時代以降、日本は石油の自給ができなくなりました。やがて日本は、石油輸入の9割をアメリカに依存するようになります。

八幡製鉄所や富岡製糸場のように、鉄や繊維では国営企業で成功しましたが、石油の分野では国営企業が出てこなかった。

藤沢:それはなぜでしょうか。

平田:これが不思議です。日露戦争以降、戦艦から戦闘機に戦い方が変わりましたが、原油の確保に対する政府の動きは活発ではありませんでした。軍需省における資源エネルギーを総合的に見る部署の創設も著しく遅かったですし。

石油の調達の9割を依存していたアメリカとの外交に失敗し、東南アジアに原油調達に向かいましたが、原油を売れと居丈高に言ったという記録はありますが、開発を支援すると申し出た記録はありません。その頃の政策が悔やまれます。

「市場メカニズム」で動かない世界

平田:私が通産省(当時)に入った頃には、世の中はすでに「市場メカニズム」で動いていて、通産省が、鉄や家電や半導体、それから産業機械で成功したのは、「市場メカニズム」の中で企業育成をしたからだと考えられていました。それは間違っていないとは思うのですが、一方でエネルギーの海外での石油や天然ガスの開発の分野は、必ずしもそういうものではなかったと思うんですね。でも時すでに遅しでした。

「市場メカニズム」で競争する分野と、必ずしも市場メカニズムで動かない、各国が国営企業を擁して向かっているような国が行わなければならない分野があって、ある部分のエネルギーは後者だったと思いますが、当時は、すべて「市場メカニズム」「民営化」の流れで、国営というものはいけないという風潮でした。

しかし、中東やアフリカ、旧ソ連に行くと、国営が歓迎されます。フランスやイギリス、イタリア、スペインの国営企業がそれで活躍しています。そして、プーチンはそれを知って、国営企業を強化して資源開発や生産を行った。そもそも、アメリカも国営ではないものの、独禁法制定の原因ともなったあまりにも強力なロックフェラー率いるスタンダードオイルの流れからから幾つもメジャーに分かれたといった凄い企業が根っこにあったわけです。活動も国家と密接ですし。

藤沢:人間が生きていくために不可欠なのは食糧で、コミュニティーが生きていくためには、人間にとっての食糧にあたるものがエネルギーで、これがなければ、コミュニティーや社会は生存不能だと思います。そう考えると、資源のように絶対になくてはならないものは、国できちんと持たなくてはならない。

それに対する知識がないがゆえに、日本では危機感をあまり感じない状態になっているのではないでしょうか。この本を読むと、各国はそれを政策として、国を維持するために、しかも単線でなくて、たとえば、ロシアと組むけれども、ロシアだけに依存してはいけないので、こちらとも組むというように、きちんとリスク分散していることがわかります。

多様なエネルギーの選択肢を持つべき

平田:そのとおりですね。日本はそれを学ばなければいけないと思うんですね。この本でもフィンランドやスウェーデンのエネルギー自立策に言及していますが、フィンランドやスウェーデンよりも日本のほうが周辺は危ないんですね。なので、そういう現実を直視して危機感をもってもらえたらと思っています。日本こそが多様なエネルギーの選択肢をもっていないと危ないと思うんですね。

LNGに関しては、電力会社やガス会社、そして総合商社という強力なプレイヤーがいたということですね。ところが、石油を開発するということについては、電力会社のような強力なプレイヤーがいなかった。石炭は国営でしたが、なぜか石炭から石油へのトランジションの部分ではそこに向かわなかったわけです。

藤沢:どうして石油については、依存し続けているのか、日本は国営企業をつくらなかったのかとか、この本を読みながら想像するのは面白いと思いますし、それから、次はどうしたらよいのかを考える際に、これだけファクトを示してくれると、次を考えやすいと思いました。

本のなかで再生エネルギーに対する取り組みについても言及されていますが、一度決めたら、周りの国がなんと言おうともやり続けることが大切だと言っています。私も強く共感するところで、太陽光で失敗したのも、続ければよかったのに、経済性というところや他の国があまりやらなそうということでやめてしまったからです。

しかし、水素エネルギーでは日本は先行していますし、太陽光はまだ世界3位の発電量があるわけです。先生からみると、日本は再生エネルギーでどの分野を進めて行けばよいと思われますか。

平田:水素とかアンモニアは、それぞれ担い手がいそうなので積極的に進めればよいと思います。もし太陽光を本気や進めるのなら、企業の工場、倉庫、事務所の屋根や壁面にも、マンションの屋上や壁面にもソーラーパネルが張り巡らされるように思い切った政策を進めるべきでしょう。

ただ、いずれの分野に進む場合でも、これからのエネルギーで大切なのはバッテリー(蓄電池)なんですね。電気自動車もバッテリー、太陽光にしても日が照っていないときはバッテリーが重要になる。すべての道はバッテリーに通じると言っても過言ではありません。一番に投資すべき、力を入れるべきはバッテリーの開発です。

優れたテスラのバッテリー戦略

藤沢:世界的にエネルギーは分散型になっていくと思いますが、化石でも再生エネルギーでも、エネルギー効率を上げるためにバッテリーはとても重要になっていきますね。

そのなかでテスラが賢いと思ったのは、電気自動車だと言いつつ、バッテリーを世界中に輸出していることです。オーストラリアの太陽光のバッテリーはほぼテスラ製ですし、中国ですらかなりの数のテスラ製のバッテリーを使っている。ですから、「EVを世界に」と言っているのは、実はバッテリー開発と安価なバッテリーを製造・普及するための戦略なのではないかと思っています。

平田:テスラのバッテリーは、バッテリーだけで売っていますね。

藤沢:この本でもEVについても多く言及されていますが、EVが普及することの意味は、脱炭素だけではなくて、世界中のエネルギー効率を上げていくために、良いバッテリーを早く開発するための1つの道具ではないかという気がしますね。

バッテリーの開発にどれだけ投資できるかということを見たときに、中国のBYDなどは昨年、EVを500万台くらい売っていて、今年は1000万台になるのではと言って、アメリカでのバッテリー工場を立ち上げたと。トヨタもEVシフトと言っていますけれども、ここにロシアがガスプロムのような国策会社を立ち上げたような迫力で人やお金を投入しないといけないのかもしれません。

平田:新聞報道を見ると、日本の政府も抜本的に支援を行うみたいですけれども、かつてWTO全盛の頃には、補助金などいけないという風潮だったわけですが、半導体を見てもそれが現在はまったく逆になり、昔のノリに戻りました。

アメリカがバッテリーに多額の補助金を出していて、パナソニックはそれで黒字になったとか。ですから、今後の政策を考えるには昔を知っている人は邪魔になるかもしれないですね。補助金は悪だという頭がありますから。

藤沢:世界の流れは、まず国のお金でエネルギーのデファクトとなる有力企業をつくって、そのあとの「経済性」を求めるところでは、市場メカニズムに任せる。でも、また新しいものをつくるときには、国がお金を投じてと。そして、いま、その切り替え時期なので、国が積極的に投資すべきですが、どこに投資するか、何にお金を使うかをみんなで考えなければならない。その選択が将来を左右することになるでしょう。

(平田 竹男 : 早稲田大学教授/早稲田大学資源戦略研究所所長)
(藤沢 久美 : 国際社会経済研究所理事長)