万博の会場となる夢洲(写真:共同)

2025年4月の国際博覧会(大阪・関西万博)の開幕まで600日を切ったが、建設工事が大幅に遅れていると聞く。このままでは開幕に間に合わない恐れも出ているようだ。このような事態に陥った原因は、日本の建設業の施工能力に余力がなくなっているからだろう。

かつては「土建国家・日本」と言われ、15年ほど前までは「建設会社が多すぎる」と供給過剰問題が指摘されていた業界だけに信じがたいかもしれない。

長年、建設業界を取材してきた筆者が、建設業の施工能力に「余力がない」ことを痛感したのは2011年の東日本大震災での復旧・復興工事だった。わが国の急激な人口減少は、建設需要だけでなく施工能力にも深刻な影響を及ぼし始めている。

人手不足で建築着工床面積も減少

次のグラフは、大阪圏(大阪・京都・兵庫・奈良)の建築着工床面積の推移である。わずか17年前には年間約2500万平方メートル=2500ha(ヘクタール)だった着工床面積が2022年度には1600haを切る水準まで落ち込んでいる。うち住宅が約55%を占めているので、産業用建築は約700haにすぎない。


労働集約型産業の建設業は近年、全国的に人手不足状態に陥っており、工場に例えればフル操業に近い状態が続いている。建設投資額は、資材価格や労務費などの変動でブレが出るが、着工床面積は労働需給がバランスしている状況では施工能力にほぼ等しいと考えることができる。

つまり、着工床面積ベースで年700haのフル操業が続いているところに、大阪・関西万博の会場面積155haの建設工事が加わったのである。もちろん会場全体にパビリオン(展示施設)を建設するわけではないが、会場周辺を含めた道路などのインフラ整備から地盤・基礎工事、複雑な形状の建築工事を開幕までにきれいに仕上げるとなると、かなりの施工能力を投入する必要がある。

いくらプレハブ化を進めたとしても、膨大な仕事量を大阪圏の施工能力で対応するのは厳しいと考えざるをえない。

では、大阪圏外の建設会社は期待できるのか。万博工事は、建設業界にとってはスポット需要。国家的な行事とはいえ、地元のお得意さんの仕事を断ってまで、わざわざ万博工事を取りに行くだろうか。しかも、2024年4月からは時間外労働の上限規制が適用されるので、施工能力の削減は避けられないことを考えると期待薄だろう。

震災からの復旧復興工事で不足する施工能力

建設需要が急激に増大するのは、万博やオリンピックなどのビッグイベントや大災害などの緊急時である。2011年の東日本大震災の発生後に、震災復旧復興工事の状況を取材したが、このときも東北地区の建設会社は施工能力不足に悩まされていた。

国や地方自治体は、大災害に備えて建設業界団体と災害協定を結んでいる。1日でも早い復旧復興をめざして国や自治体は工事発注を急ごうとするが、地元の建設会社は大量の仕事を受けきれない事態に陥る。当時、東北6県の建設投資額(2010年度見込み)は3.1兆円だった。ここに総額22兆円の復旧復興工事が投入されたのである。

このときは、全国から建設労働者を集めて工事が進められたが、阪神・淡路大震災が発生した1995年当時、建設投資額は年79兆円規模で施工能力にも余裕があった。その後は公共事業費削減などで建設投資額は右肩下がりで減少し、2010年度は年41兆円とほぼ半減。その間、建設業界は厳しい供給調整を強いられてきたわけで、復旧復興工事が完了するまでに10年もの時間を要したのである。

2013年9月には「東京オリンピック・パラリンピック2020」の招致が決定した。その直後に、筆者は国土交通省の幹部を取材し、施工能力問題への対応についてただした。東京圏では、2008年のリーマン・ショックで止まっていた大型都市再開発事業が一斉に動き出そうとしており、筆者が調べただけで60件以上、開発面積の合計は240haに達していた。

「東日本大震災の復旧復興工事も進む中で、大型都市開発事業に、東京五輪関連の施設・インフラ整備事業が加わって、十分な施工能力を確保できるのか」と質問すると、国交省幹部はかなり驚いた様子で、筆者が作成した再開発案件リストの提供を求めた。

国交省内で当面の建設需要に対して施工能力が足りるかどうかを検討したのだろう。年末までには、外国人労働者の活用などの対策を策定し、「官邸が了承した」との連絡があり、古巣の日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)で記事にした。

今回の大阪・関西万博の開催にあたって、建設施工能力の検証は行われたのだろうか。建設投資額や着工床面積などのデータを調べれば、万博の準備には用意周到な建設計画が必要であることはすぐに気がついたはずだ。

建設業界では昨年9月の時点で「本当に間に合うのか」との懸念を万博協会に伝えていたというが、工事遅れの問題が大きく報じられるようになったのは今年の7月から。「何とかなるだろう」と安易に考えていたのであれば、認識不足と言わざるをえない。

この先の巨大地震に対応できるのか

万博工事の遅れは開幕を延期すれば解決できるだろうが、問題は大規模災害の復旧復興への対応をどうするかである。10万人以上の死者を出した関東大震災から今年で100年。この先、南海トラフ巨大地震や首都直下地震が発生することが想定される中で、復旧復興工事の遅れは、人命や経済活動に甚大な影響を及ぼすからである。

日本記者クラブで8月29日に記者会見した東京大学の目黒公郎教授(大学院情報学環総合防災情報研究センター長)によると、土木学会の試算で南海トラフ地震の経済損失は1541兆円、首都直下地震は855兆円と「国難的災害」になることが想定されている。これまでもさまざまな防災対策が講じられているが、住宅・建物やインフラへの甚大な被害は避けられないだろう。

日本経済の重要機能が集中する首都圏や太平洋岸エリアに被害が集中すれば、日本経済全体に大打撃となるが、ネックになるのが建設施工能力である。この先、人口減少が進む中で、施工能力が一段と低下することは避けられないだけに、状況はますます厳しくなる。加えて、日本の財政状況が悪化する中で、目黒教授は「貧乏になっていく中での総力戦を戦う覚悟が必要」と警鐘を鳴らす。

経済安全保障の観点から考えれば、東京一極集中を是正し、富の分散化を図ることが最も有効な対策だろう。7月に閣議決定した新しい国土形成計画でも、東京一極集中の是正に取り組み、「シームレスな拠点連結型国土」を目指す方針を掲げたが、現状では東京一極集中が簡単に止まるとは考えにくい。

事前に住宅などの建物を備蓄

目黒教授が提唱するのは「21世紀型いざ鎌倉システム」である。日本の建設会社の海外進出を積極的に支援し、海外の建設工事で日本人技術者・技能者の育成を図る。「いざ大災害」となったときに、現地の外国人スタッフも引き連れて、日本に帰国し、復旧復興工事に当たる。海外工事を中断して、すぐに日本に帰国できるのかという問題はあるが、災害大国・日本としては施工能力を補うのに必要な対策だろう。

事前に住宅などの建物を備蓄しておくという方法も有効だ。東日本大震災では約5万3000戸の応急仮設住宅が建設されたが、敷地を整備してプレハブ式の仮設住宅を建設するには時間がかかる。首都直下地震が発生した場合、必要となる応急仮設住宅は東日本大震災での戸数では済まないだろう。

阪神・淡路大震災のとき、アメリカから大型トレーラーハウスを導入するために道路交通法を改正したが、その後はトレーラーハウス、コンテナハウスを備蓄する動きは出ていない。

2021年7月に、災害時にトラックなどを使って被災地へ応急仮設住宅として移動できる恒久仕様の木造モバイル建築の普及を進める「日本モバイル建築協会」(代表理事=長坂俊成・立教大学教授)が発足した。モバイル建築はトラックで運べるサイズの木造の箱型の住宅ユニットを連結・積層することで、世帯人数に応じた広さや間取りの住宅を設置することができる。

普段は地方創生に資する移住体験住宅やワーケーションなどの宿泊施設、地域課題を解決するさまざまなコミュニティ施設などとして利用し、大災害発生時には被災地に迅速に移設し、応急仮設住宅(動くみなし仮設住宅)として活用する。

仮設住宅として使用後は復興住宅に転用

モバイル建築は一般の住宅と同等以上の耐震性と断熱性、耐久性を有するため、仮設住宅として使用後は本設の復興住宅に転用することもできる。戸建て住宅大手の一条工務店、東急建設、長坂教授が設立したベンチャー企業のスタンバイリーグ等が参加して、普及活動に取り組み始めたところだ。

同協会は会員に対してモバイル建築の製造ノウハウを無償でライセンスする制度を活用し、大型木造建築パネルの生産ネットワークと連携。災害発生後に国内の森林資源を活用したモバイル建築をオフサイトで生産し、被災地に供給する全国的なサプライチェーンの構築を目指している。


利島村に設置されたトレーラーハウス(写真:ソフトバンク)

ソフトバンク、水循環システムのWOTA、トレーラーハウスを手がける岩手ガス会社、北良の3社は、水飢饉を何度も経験してきた東京都利島村で、オフグリッド型のトレーラーハウスを設置して今年6月から実証実験を開始した。利島村は道路が狭いため実証ではトレーラーハウスを小型化したが、通常タイプでWOTAの小規模分散型水循環システムと太陽光発電システムを搭載して、家族4人が暮らせる住環境をめざしてシステムの改良を進める。

急激に人口減少が進むと、経済活動における需要と供給の関係は、主導権が逆転するといわれる。人口が増えて需要が増大している時代には、新規投資や新規参入で供給サイドが需要に合わせてきたが、人口が減って需要が縮小していく時代は、限定的な需要に供給が対応できずに、需要が供給に合わせざるをえなくなる。建設市場でも、そのような逆転現象が一部で起こりつつあり、発注者はこのことを十分に認識したうえで、工事発注の効率化を図るとともに事前対策に取り組む必要がある。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)