ちの・たけし/慶応大学卒業後、オックスフォード大学経営学修士修了。2006年に東京証券取引所に入社。2016年以降、PwC Japanで経営陣の戦略的な議論をサポート。2018年、アメリカの暗号資産交換所クラーケンに入社、2020年3月より日本法人代表を務めた。2022年7月よりバイナンスジャパン代表(写真:バイナンスジャパン)

今年8月、世界最大の暗号資産交換所であるバイナンスが日本でサービスを開始した。バイナンスのグローバルでのユーザー数は1.5億人以上、1日平均の暗号資産取引量(現物)は150億ドル(約2.2兆円)に上る。

バイナンスは2022年11月、日本の交換所のサクラエクスチェンジビットコインを買収。暗号資産交換業の新規登録には時間がかかるため、既存交換業者を買うことで日本市場に参入することにした。

サクラエクスチェンジを社名変更したバイナンスジャパンの代表には千野剛司氏が就いた。千野氏は、アメリカの交換所クラーケンの日本法人代表から転身し、サクラエクスチェンジの買収にも携わった。その千野氏に今後の事業展開を聞いた。

6年間で世界ナンバー1に

──バイナンスは、暗号資産に詳しい人であれば知らない人はいないくらいの知名度を誇ります。その反面、本社の有無すらわからない、えたいの知れない存在です。バイナンスとはどのような組織ですか。

バイナンスは分散的な組織運営をしている。そのため、一般的なグローバル金融機関のようにアメリカ・ニューヨークなどに本社があって、そこに各国法人がぶら下がるような組織構成にはなっていない。

日本法人は、アイルランド法人の100%子会社。このアイルランド法人がAPAC(アジア太平洋)地域のビジネスをつかさどっている。おそらく税制などを考えてのことだろう。ヨーロッパ地域をつかさどっているのはフランス法人。そのフランス法人とアイルランド法人に資本関係はない。

そもそも暗号資産関連では、法人登記をしてからビジネスを立ち上げようという人はほとんどいないと思う。ネット上でエンジニアが集まって自然発生的にプロジェクトができあがる。バイナンスもそのようにして6年間で取引所世界ナンバー1になった。そこで事業体の整理を今進めている。

──CZ(シーズィー)の愛称で呼ばれる創業者のチャンポン・ジャオ氏は、どこかの法人で経営の指揮を執っているのでしょうか。

CZは各法人の実質的支配者であり、グループCEOであるが、どの法人に属するのかと聞かれると説明に困ってしまう。本社に経営陣がいるような普通の会社組織とはそこも異なる。

グループのトップであるCZの下に、地域ビジネスを統括する責任者がいる。バイナンスグループにおける私の上司はその責任者の1人。シンガポール金融管理局に長くいた人物で、シンガポール取引所(SGX)のコンプライアンス関連の責任者などを務めていた。


2017年にバイナンスを立ち上げたチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)氏。中国で生まれ12歳のときに家族とバンクーバーに移住し、カナダ国籍を取得。モントリオールのマギル大学でコンピュータサイエンスを学んだ(写真:ロイター/アフロ)

CZは「日本のポジションが面白い」と

──CZに直接会いました?

バイナンスに雇われることになる前に会った。(暗号資産交換業の登録なしに日本居住者向けにサービスを提供しているとして)日本の金融庁からバイナンスは警告を2回受けている。日本の規制に従って日本市場に本気で参入するのか、CZに直接聞かないと判断できないと思った。

会って話したところ、本気でやるということだった。なぜなら「グローバルでみた日本のポジションが面白い」と。

暗号資産に関する規制を各国が強める中、日本は2017年から規制を導入し、運用における経験値を積んできた。さらに岸田政権はWeb3(ウェブスリー)を成長戦略の1つに据えた。そのような状況を見て、当局と関係をきちんと構築し日本市場にコミットしていくと語ってくれた。

暗号資産やその技術が世の中に受け入れられていくには、今の社会制度に沿うべきだと考えている。その一例が日本市場への参入だと捉えている。コストを払ってでもちゃんとしたものをやりたいとCZは言った。その言葉を信じて私も取り組んでいる。

──日本法人では、ブロックチェーンを中心にしたエコシステムの拡大のため、既存の決済サービスなどほかのエコシステムとの接続を目指すとしています。その際、金融庁から受けた警告がマイナスに影響するのでは。

警告は日本法人を対象に出されたものではないが、バイナンスのブランドとグループが受けたものであり、ほかのエコシステムと連携する際において、ハードルにもなりうる。ただ、法令に則して事業を行っている姿勢を今後見てもらえれば、ハードルは越えられると考えている。

「警告」を受けたがユーザー数は強み

──事業の採算をどう確保していきますか。

国内の交換業マーケットは飽和状態。交換業登録業者は約30社あり、新規ユーザーの数はそんなに増えていない。メルカリのエコシステムの中で暗号資産を扱うメルコインのようなプレーヤーでないと、事業として苦戦するし、暗号資産マーケットの裾野も広がらない。


アメリカでは証券取引委員会(SEC)から、有価証券に相当する暗号資産を扱っていたとして提訴されているバイナンス。規制当局との対話は各国共通の課題だ(写真:ロイター/アフロ)

ひるがえってバイナンスジャパンにはベースとなるユーザーがいる。警告を受けたとはいえ、バイナンスのグローバルのサービスを日本のユーザーも多く利用している。バイナンスはユーザビリティ(使いやすさ)にすごくこだわっており、多くのユーザーから支持を受けている。

それらグローバルサービスの利用者に、どれだけバイナンスジャパンへ引っ越ししてもらえるか。これが見込みどおりにできれば、一定の収益規模が確保できる。そのうえでほかのエコシステムとの接続を目指していく。

──暗号資産の取り扱い数を例にしても、規制の厳しい日本ではサービスがグローバルのものより見劣りするとの声もあります。

2022年に経営破綻したFTXの件もあって、規制が必ずしも悪いことではないと多くの人が認識していると思う。日本の規制は、交換所の資産と顧客の資産を分別管理するように義務づけている。これはユーザーにとってメリットになる。

またグローバルのサービスでは、日本円を扱っていない。日本のユーザーは、どこかの交換所で円を暗号資産に替えてから、バイナンスのグローバルサービスを利用している。だが、バイナンスジャパンでは円で入出金ができる。日本固有の暗号資産も扱いたい。その辺をアピールしていきたい。

規制環境下で成長できるかは挑戦

──グローバルサービスを利用している日本人は数十万人規模ともいわれます。国内交換所だとコインチェック、ビットフライヤーの口座数が180万前後で、3位グループが60万前後。それらに並べるのでしょうか。

グローバルサービスの利用者が見込みどおりに入ってくれば、肌感覚だが国内上位に食い込める規模になるとみている。グローバルのサービスは、暗号資産の知識や経験を積んだ人が使っている印象。バイナンスジャパンも、初心者を顧客ターゲットの中心に据えて、テレビCMを流すようなことはあまり考えていない。

バイナンスは速く物事を進めることへのこだわりが尋常でないほど強い。CZは15分以上のミーティングや背景説明を嫌う。そのため単刀直入に論点を示す必要がある。「私はこう思うがどうですか」と話を振らないと怒ってしまう(笑)。

スピード感を持っていたからこそ、急成長を成し遂げられた。一方でスピード感を維持しつつ、規制環境下で成長していくことが、次の挑戦となる。日本の事業でもそこがチャレンジとなる。

(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)