海外ドラマにおけるLGBTQ+の描かれ方はどう変化した?(写真:umaruchan4678/PIXTA)

海外ドラマにおけるLGBTQ+をめぐる表現は、1990年代からの30年でどう変わったのだろうか。時代とともに多様性を獲得していく数々の作品を例に挙げ、特にハリウッドの変容に影響を与えたコンテンツについて伊藤ハルカさんに分析してもらった。

1990年代、LGBTQ+はステレオタイプにさらっと


『GALAC』2023年10月号の特集は「メディアのなかのLGBTQ +」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

「となりのサインフェルド」「ツイン・ピークス」「X―ファイル」「セックス・アンド・ザ・シティ」「フレンズ」「フルハウス」と、1990年代はまさにハリウッドを中心とした海外ドラマの黄金期だ。日本でも、主にNHKなどを通じて多くの海外ドラマを視聴することができた。一方、それらでLGBTQ+はどう描かれてきたのか。

社会現象を起こしたヒットドラマ「となりのサインフェルド」(1989年/シーズン1)では、主人公のジョージとジェリーがゲイ疑惑をかけられ気まずい思いをしたり、エレインがゲイの友人から恋人のふりを頼まれたりするエピソードがある。

「フレンズ」(1994年)では、主人公ロスの元妻・キャロルはレズビアンだったし、メインキャラクターのチャンドラーはよくゲイと間違われていた。

「セックス・アンド・ザ・シティ」(1998年)には、主人公キャリーの親友としてスタンフォードが、シャーロットの親友としてアンソニーが登場。彼らはともにゲイだ。

90年代ドラマには、毎回ではないもののLGBTQ+の人物が登場したり、関連するエピソードが描かれたりした。ただしその多くが、女性言葉を使うなどステレオタイプなもので、ストーリーの中核になることはなく、あくまでさらっと描かれることがほとんどだった。さらに特徴的なのは、LGBTQ+のなかでも、主に「レズビアン」「ゲイ」の登場が多いことだ。セクシュアリティに対するグラデーションについての理解は、この時代のアメリカのエンターテインメントでも乏しく、作中で描くことに抵抗があったのかもしれない。

時代に影響を与え、動かす存在に

2000年代に入り、LGBTQ+のドラマ内での描かれ方に変化が起きる。特筆すべきは、2004年に登場した、レズビアンの恋愛にフォーカスしたドラマ「Lの世界」だろう。キー局ではなく、ケーブル局「Showtime」での放送だったが(ここはまだコンサバティブ)、知られざるLGBTQ+のラブロマンスは、アメリカのみならず日本の海外ドラマファンの間でも話題になった。

演出に賛否はあったものの、LGBTQ+が主人公の作品は画期的だった。以来、LGBTQ+のキャラクターが、ドラマにメインキャラクターの一人として登場する作品が増えてきた。

例えば、「モダン・ファミリー」(2009年)のミッチェル&キャメロンのカップル。ゲイの夫婦として養子を受け入れたり、実家になじもうとしたり、ゲイカップルの日常が彼らの視点から描かれる。それはユニークだけれど決して茶化されたものではない。「ブラザーズ&シスターズ」(2006年)のケヴィン&スコッティも同様だった。ケヴィンは兄弟のなかで自分だけがゲイであることに深く悩んだこと、ともに乗り越えていくパートナーであるスコッティが見つかったこと、パートナーと分かり合い、乗り越えていくことの難しさに気づいたことなど、温かくてリアルな息遣いが描かれている。

女性言葉で話すなどステレオタイプな演出はあるが、「アグリー・ベティ」(2006年)のマークも、2000年代ドラマを代表するLGBTQ+のキャラクターだ。のちに主人公ベティの甥っ子・ジャスティンがセクシュアリティに悩んだとき、良き理解者になっていく。これまで表面的にしか扱われなかったLGBTQ+のキャラクターが立体的に描かれはじめたのがまさに2000年代だ。

さらに2010年代に入ってからは、Netflixなど配信系サービスの登場を機に、海外ドラマでのLGBTQ+の描かれ方が大きく変わる。LGBTQ+を主人公とする作品が多く登場するのだ。それらは批評家からの評価も高く、エミー賞やゴールデン・グローブ賞など名だたる賞レースにノミネートされていく。

例えば、トランスジェンダーであることをカミングアウトした70代の父親を描くAmazonプライム・ビデオの「トランスペアレント」(2014年)をはじめ、夫からゲイのカミングアウトを受けると同時に離婚を切り出された70代主婦を描くNetflixのコメディドラマ「グレイス&フランキー」(2015年)などの台頭だ。コメディだけではない。イギリス人俳優のベン・ウィショー主演のイギリスドラマ「ロンドン・スパイ」(2015年)は、男性同士の純愛を描いたラブロマンスで、心揺さぶられる演出が話題に。ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされている。

ドラマではないがグローバルヒットを飛ばすNetflixのリアリティショー「クィア・アイ」(2018年)の存在も忘れてはならない。“ファブ5”と呼ばれるメインキャラクターの5人は全員がノンバイナリー、ゲイ、フリュイド(流動的)だ。

notストレートguysが5人集まり、インテリア、ヘアメイク、ファッション、文化、ワイン&フードの視点から、コンプレックスを抱える依頼人に気づきを与えていく。彼ら自身もさまざまなバックグラウンドを経て今がある。ゆえに彼らの助言はどれも深く温かいものばかり。スクリーンを通して、私たち視聴者の心にまで染み入ってくる。「見た目を変える」などのその場限りの薄っぺらな変化ではなく、「そのままのあなたで十分に素敵だ」と内面を肯定し、考え方を変容させていくアプローチに評価が集まり、今やNetflixの人気コンテンツの一つになっている。

配信サービスを中心に脇役どころか、LGBTQ+なしではストーリーが成立しない、メインストリームに据える作品が多く登場したのだ。

セクシュアリティのグラデーションを表現

2020年代に入って、LGBTQ+の描かれ方はさらに進化したように思う。これまではどうしてもレズビアン、ゲイ、トランスジェンダーにフォーカスされがちだったが、バイセクシャル、ノンバイナリー、クエッショニングなど、セクシュアリティにグラデーションがあることがドラマ内でも描かれるようになった。また、異性愛者にもグラデーションがあるということに切り込むものも少なくない。

例えば、2021年末にHBO Maxで配信がスタートした「セックス・アンド・ザ・シティ」のリブート版「And Just Like That…/セックス・アンド・ザ・シティ新章」では、異性愛者だったミランダがノンバイナリーのチェに恋をして周囲を驚かせるものの、彼女自身もレズビアンなのか、バイセクシャルなのか、自身のセクシュアリティに迷っているくだりはあまりにもリアルだった。人によって好きな色が異なるように、セクシュアリティも人の数だけバリエーションがある。異性愛者であったとしても「異性が好きだけれど、少しだけ同性も気になる」といったように、最近のドラマでは、性的指向のグラデーションが細かに描かれる。

ティーンエイジャーを主人公にしたドラマはさらに顕著だ。いずれもNetflixのティーンドラマ「私の“初めて”日記」や「セックス・エデュケーション」「ユニーク・ライフ」や、ヘアメイク、ファッションが話題になったHBO Maxの「ユーフォリア/EUPHORIA」などでは、もはやセクシュアリティのラベリングは存在しない。登場人物の数だけセクシュアリティがあって当たり前。例えば、トランス女性が女性に恋をしたら、トランスジェンダーであって、レズビアンである。これをどう表現するのか? できないだろう。誰がトランスジェンダーで、誰がゲイなのかといったことにストーリーで触れない。話題にすることのほうが非日常なのだ。

ハリウッドでは「中の人」もLGBTQ+……?

ここまで、海外ドラマのなかでのLGBTQ+の描かれ方の変化を紹介してきた。それでは、それらの作品を生み出すクリエイターや、LGBTQ+を演じる役者の実態はどうなのか。答えはケースバイケースだ。LGBTQ+役を当事者が演じるケースも非常に多い一方で、俳優が自身のセクシュアリティと異なる役柄を演じることだって、もちろんある。そんななか、トランスジェンダーの俳優「トランスアクター」の権利を訴え、トランスジェンダー役は当事者が演じるべき、と行動に出たクリエイターがいる。「アメリカン・ホラー・ストーリー」などを世に送りだした鬼才ライアン・マーフィーだ。彼自身、ゲイであることを公言していて、手がける作品ではLGBTQ+の苦楽や日常を大きなテーマとして扱う。

FOXで放送され大ヒットした「glee/グリー」(2009年)では、父親との関係に悩むゲイのカートが登場。10代のゲイの高校生が抱えるであろうリアルな悩みを表現した。一方、生活していくなかで同性愛が芽生えたのが、ブリトニー&サンタナのカップルだ。はじめは異性の恋人がいたものの、次第に二人の想いが友情ではなく恋愛感情であることに気づき、唯一無二のカップルに。ナチュラルに描かれた過程に感動する場面も多い。これは、LGBTQ+の当事者であるライアン・マーフィーだからこそ表現できたものだろう。

そしてライアン・マーフィーは、2018年にLGBTQがメインキャストの「POSE/ポーズ」を制作。総勢50名以上のトランスジェンダーの俳優(トランスアクター)をキャスティングした。主役を演じたビリー・ポーターは、エミー賞で同性愛者をオープンにする俳優として初の主演男優賞を受賞。世界中のLGBTQ+に影響を与える俳優の一人となった。

【2023年9月11日16時00分追記】初出時の「ビリー・ポーター」のセクシュアリティの表記について一部文言を修正しました。

セレブが転落する様を描くコメディドラマ「シッツ・クリーク」(2015年)は、LGBTQ+からの支持が高いことで有名だ。その理由は、パンセクシャルの長男役を演じたダン・レヴィにある。彼は出演だけでなくクリエイターとしてもこの作品に参加していて(しかも父親のユージン・レヴィとともに)、実生活ではゲイである。作り手、そして演じ手双方の視点からLGBTQ+当事者としてアプローチした点が、そのコミュニティから理解を得られたポイントとして大きい。説得力があり、当事者が見たときに「自分事化」できるシーンが多いのだ。

また、前述した「モダン・ファミリー」のミッチェルを演じたジェシー・タイラー・ファーガソンも、「ブラザーズ&シスターズ」でスコッティ役を演じたルーク・マクファーレンや「アグリー・ベティ」でマーク役を演じたマイケル・ユーリーも、実生活でもゲイである。さらに「ユーフォリア/EUPHORIA」で主人公の恋人ジュールズ役を演じたモデルで俳優のハンター・シェイファーも、トランスアクターの一人。あまりにも繊細なジュールズの機微を美しくも儚く演じ、話題となった。

【2023年9月11日16時00分追記】初出時の「モダン・ファミリー」のキャメロン役のセクシュアリティの表記についての文言を削除しました。

彼らが生み出す作品のリアルさに視聴者は共感し、SNS上でポジティブな声を生んだ。結果として、LGBTQ+をはじめ、さまざまなマイノリティの人たちを主役とする作品が生まれ、当事者がLGBTQ+を演じるチャンスが多く舞い込むことになった。

ライアン・マーフィーが発言したとおり、トランスジェンダーの俳優には、役につくチャンスすら与えられなかった。マイノリティにも平等なチャンスを。開かれたハリウッドを求めるクリエイターたちの声や、作品にリアルを求める世間からの支持も影響しているだろう。

それでは、日本のドラマでのLGBTQ+の描かれ方はどうだろうか? 海外ドラマとの違いを少しだけ触れておきたい。

日本ドラマでのLGBTQ+海外ドラマでのダイバーシティ

「おっさんずラブ」(2016年/テレビ朝日)や、「きのう何食べた?」(2019年/テレビ東京)など、日本でも同性愛を描くドラマが少しずつ登場している。鈴木亮平と宮沢氷魚が主演する、男性同士の純愛を描いた映画『エゴイスト』も2023年春に公開され、その美しさと切なさが話題に。日本でも、先入観なく当事者視点で描かれるLGBTQ+作品は少なくない。ステレオタイプではなく、念入りにリサーチされ、当事者の視点が作品にしっかりと反映されているため、温かみと尊厳を感じる作品が多い。

海外ドラマとの違いは、圧倒的な母数とバリエーションだろう。LGBTQ+が登場する作品は、日本だとまだ数えるほどしかないし、そのほとんどがLGBTQ+のLとGに当たる、レズビアンとゲイを取り上げたものだ。

最後に、LGBTQ+のみならず、年齢、性別、人種、見た目に関係なく今、あらゆるマイノリティが主役になる時代であることに触れておきたい。若き白人の美男美女だけが主役の海外ドラマ黄金期はとっくに終わりを迎えている。配信サービスの登場により、ハリウッドは大きく変わった。

アジア人の女の子を主人公にした映画『好きだった君へのラブレター』(2018年)は大ヒットし、3シリーズ制作されただけでなく、スピンオフドラマシリーズも登場。アジア人の女の子が主人公のハリウッド作品が大ヒットするなんて、2000年代に想像できただろうか?

Netflixの「スペシャル 理想の人生」(2019年)では生まれながらに脳性まひを患うゲイの青年のリアルな恋愛が描かれているし、「ブリジャートン家」(2020年)では公爵、皇妃役にアフリカ系の俳優が登場。19世紀のイギリスを舞台に、現代の解釈で当時の貴族社会が描かれる。また、「ぽちゃイケ女子のサバイバル日記」(2023年)では、ぽっちゃりした女子を主人公に恋愛サバイバルが描かれる。

マイノリティをストーリーの片隅に追いやるのではなく、むしろ中心に据えた作品は、実社会を生きるマイノリティ(いやマジョリティなのかもしれない)から大きな共感を得ている。コンプレックスを抱えるすべての視聴者に希望と勇気を与えているのは間違いないだろう。

現在、LGBTQ+をはじめ、マイノリティを当事者視点で捉え、彼らを中核に描く作品が増えた。そして、それらは視聴者や批評家にグローバルで高く評価されている。1990年代からの30年でハリウッドは目まぐるしく変化した。さて、これからの30年ではどう変化するのか。非常に楽しみだ。

*作品の西暦は初放送もしくはシーズン1の放送年を記載。

(伊藤 ハルカ : 海外ドラマコメンテーター)