調査報告書では同族のジュリー藤島現社長に対し辞任勧告を行っている(編集部撮影)

最初に少しだけ、ジャニーズとは違う話から始めさせていただきます。日本の官僚のトップといえば事務次官ですが、例外が2つあります。外務省の官僚の最高位は駐米大使。そして法務省の官僚の最高位は事務次官ではなく検事総長です。

そして昨年まで、その検事総長の地位にあった林眞琴氏をトップとする「外部専門家による再発防止特別チーム」が、故ジャニー喜多川氏の性加害問題に関して71ページにも上る調査報告書を発表しました。一読するとわかる通り、深く踏み込んだ調査報告です。ジャニーズ事務所にとって、非常に厳しい対応を求めた中身となっています。

具体的な再発防止策の提言項目の中には、同族経営の弊害を止めるためにジュリー藤島氏の代表取締役辞任がありました。それを受けてジャニーズ事務所では9月7日に、東山紀之氏を新社長とする新体制を発表するのではないかと報道されています。

この通りになるとすれば、新体制が意味することは何でしょうか? 何が変わるのでしょうか? 企業のガバナンスという視点で、現時点で想定される東山新体制の意味について解説させていただきます。

メディアの責任も指弾

過去の問題について林前検事総長のチームの報告書では、責任所在として3つの問題構造を指摘しています。


調査結果報告書などを公表した外部専門家による「再発防止特別チーム」。中央が座長の林眞琴弁護士(編集部撮影)

まず1つ目は、故ジャニー喜多川氏がジャニーズJr.のプロデュースに絶対権限を持ち、誰をどう売り出すかの全権を掌握していたことです。2つ目は、姉の故メリー喜多川氏が経営上の全権を掌握し、事態を黙認して隠蔽したことです。

そして3つ目が、各々50%の株式を持つ2人がそのような権力を持っていたことでジャニーズ事務所としての不作為が起きたことです。ちなみにこの不作為については、メディアの責任も指弾されています。

すでにジャニー氏もメリー氏も逝去されている状況で、再発防止策の意味があるのか?という点が読者の皆さんの最初の疑問かもしれません。そこは「ある」のです。

林前検事総長は今回の事件について、人権犯罪への加担をやめるよう企業に求める国際的な人権方針に沿った解決を要求しています。実際、国連人権理事会がジャニーズ問題について調査対象としていることもあり、わが国の法律よりも上位の対応が必要なのです。

そのため再発防止チームの提言は、最初にジャニーズ事務所に対して「組織としてジャニー氏の性加害が事実であることを認める」ことを求めています。そのうえで過去の被害者に対して救済を行うこと、そして二度とこのような問題を起こさないための体制を作ることを求めているのです。

先の疑問に関して言えば、今後同じことが起きないことが望まれるのは当然として、それで終わりではダメだと言っています。過去の過ちを認め被害者を救済し、今後、別の形での人権侵害が起きた場合にも不作為ではなく、それを企業が問題として認識し対応を図る体制を作れと提言しているわけです。

ジュリー氏の認識を批判

報告書には「ジュリー氏の認識」という項目があります。それによればジュリー藤島現社長は、ジャニー氏の性加害についての認識については、今回のBBC(英国放送協会)報道後、カウアン・オカモト氏と実際に会ったときからだと供述しています。

にもかかわらず、北公次氏の暴露本や1999年の『週刊文春』の特集を認識していたことから「性加害の疑惑について認識していたと認められる」と認定したうえで「積極的な調査をするなどの対応をとらなかった」と批判されています。

そのような事実から、同族のジュリー藤島氏が社長にとどまる限り、過去の事件を組織として認めること、過去の被害者に対して救済を行うこと、今後(別の形であっても)新たな事件が起きた際に不作為に陥らないことのいずれも難しいことから、ジュリー氏の代表取締役辞任を勧告したと報告書を読み解くことができるのです。

さて、仮に東山紀之氏が新社長になったとすれば、何が変わるのでしょうか? ここで改めて報告書から、過去と現在のジャニーズ事務所の組織体制を対比させてみます。

タレントの「ツートップ」に期待されること

過去、ジャニー喜多川氏が担当してきたジャニーズJr.のプロデュースは現在、2019年に設立されたジャニーズ事務所の子会社ジャニーズアイランドが担当しています。そのジャニーズアイランド社長がイノッチこと井ノ原快彦氏です。

一方でメリー喜多川氏が担当してきた経営のトップが、ジャニーズ事務所の社長です。それが一族のジュリー藤島氏から今回、東山紀之氏にバトンタッチされるという観測が浮上しています。

故ジャニー氏が性加害を行い、故メリー氏がそれを隠蔽してきた過去の権力構造がそれでどう変わるのかといえば、井ノ原氏が二度と人権侵害が起きないようにプロデュース現場を守ると同時に、東山氏が過去に向き合い贖罪の役割を果たすこと、そして経営陣全体でガバナンスを強化することが求められています。この3つができれば、状況は変わると期待されているわけです。

ちなみに井ノ原氏の前任が滝沢秀明氏だったのですが、あれだけ後輩の面倒見が良かった彼が2022年にジュリー藤島氏の元を去りました。その経緯も勘案すれば、ジャニーズ事務所が変わるためには今回起用される東山紀之氏の役割がもっとも重要だということになります。

これは私が大企業の戦略コンサルティングに30年にわたり携わってきた経験から断言できることですが、不祥事を起こした企業が変わるためには制度も重要ですが、それ以上に人物が重要です。

今回、ジャニーズ事務所は報告書の勧告に沿って、ガバナンスを強化する方向で取締役会の改革、内部監査部門とチーフコンプライアンスオフィサーの新設、人権方針の策定と研修の充実などに力を入れていくことになるでしょう。

しかし変わるためのポイントは、それが形式的に終わるのか、実質的に変わるのか次第です。そして誰がどのように関与するかで、大きな違いができるのです。

これから半年間が要注意

社長人事が報道通りならば、ジャニーズ事務所のタレントにとってはチャンスです。経営のトップが東山氏に、プロデュースのトップが井ノ原氏になれば、少なくともタレントの側の経験者がツートップを構成するという初めての体制になるからです。

ジャニーズの上下関係は厳しいとはいえ、少なくとも過去の後輩たちに対して東山氏は真摯に向き合うことが要求されるポジションにつきます。となれば、対話を重視した仕事を進める以外に出口はない。

場合によっては、事務所を離れたタレントOBに戻ってきてもらうなどさらなる体制強化も必要でしょう。可能性としてはジャニーズの中でタレントによる自治が成立するかもしれません。

一方でジャニーズのタレントが自分たちの職場をよりよいものにしていきたいと考えるのであれば、これから半年の変革期は要注意です。というのも次々と外部人材が入ってきて、組織の要衝を巧妙に押さえていく動きも必ず起きるからです。

気づいたら新しい人権侵害が始まっていたというのは、革命の後ですら頻繁に起きる出来事です。そういった心配も少しだけ感じながらも、もし東山新体制に移行するならば期待をしたい。これからやるべき仕事がこれだけの大仕事であるにもかかわらず、火中の栗を拾うことを決めたのですから。その決断と心意気に、期待したいと思うのです。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)