より成長できる環境を求めて転職する若手社員は少なくない(写真:Fast&Slow/PIXTA)

「もっと成長したいので、転職します」

最近、こうした理由で退職する若手社員が増えているようです。『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』を上梓した川内正直氏は、「これまでは若手社員の離職が少なかった超大手企業からも相談が寄せられるようになった」と言います。皆が羨むような大手企業に勤めていても、より成長できる環境を求めてスタートアップ企業や外資系コンサル企業へ転職する若手社員は少なくないそうです。

成長意欲が高く、見込みある若手社員が辞めてしまうのはいったいなぜでしょうか? このような会社にありがちな特徴が「ゆるい職場」であることだといいます。

ゆるい職場とは?

「ゆるい職場」は、最近注目されているバズワードの一つ。リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は「ゆるい職場」を、「若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長機会が乏しい職場」と定義している(出所:『ゆるい職場と若手研究まとめ:ゆるい職場がもたらす「育て方改革」5つの論点』)。

これは、働き方改革によって労働時間や業務量が減少したり、ハラスメントだと思われることを恐れて仕事の負荷をかけることを極端に恐れたりした結果、成長を実感できるだけの機会を上手く与えられないために起こることだと考えられている。

リクルートワークス研究所が、大企業に務める入社1年目から3年目の若手社員を対象におこなった 『大手企業における若手育成状況調査報告書』によると、「現在の職場を『ゆるい』と感じるか」という質問に対し、約36%が「あてはまる」または「どちらかと言えばあてはまる」と回答している。大企業の若手社員は3人に1人が、「うちの職場はゆるい」と感じているようだ。

仕事の負荷も残業も少ない「ゆるい職場」は、ひと昔前なら「うらやましい職場」だったかもしれない。だが、「成長できるかどうか」を重視するようになった最近の若手社員にとっては、物足りない職場になっている。

入社した会社のゆるさに失望し、成長の機会を求めて転職する。管理職世代からしたら、「厳しくても辞めるし、ゆるくても辞める。じゃあ、どうしたらいいんだ」というのが本音だろう。

背景には、時代の変化にともなう若者の価値観の変化がある。顕著なのが、就職のファーストキャリア化と、他社状況のオープン化だ。

転職を前提に話をする就活生の実態

就職のファーストキャリア化

最近の就活では、「私のファーストキャリアは……」というように、将来的な転職を前提に志望理由などを話す若手社員が増えている。終身雇用にこだわらず、転職を当たり前のものとして考えているのは若手社員の大きな傾向だ。

マイナビのキャリアトレンド研究所が2022年8月に発表したレポートによると、同年4月の新卒入社正社員のうち、3割近くが「3年以内に退職予定」と答えている。なお、「10年以内に退職予定」と答えた人は半数以上にのぼる。

もちろん、なかには10年、15年と同じ会社で働き続ける人もいるが、それは結果論でしかない。つねに「この仕事、この職場環境でどういう成長をするのか?」「どういう成長ができそうなのか?」ということを考え、納得できれば働き続ける。そんな仕事観を持つのが最近の若い世代だ。


(出所) 『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』/マイナビ転職「2022年新入社員の意識調査」2022年8月4日

他社状況のオープン化

SNSを使えば、容易に他の会社の情報を得られる時代になった。OpenWorkなどの社員のクチコミサイトも同様だ。今までは閉ざされていた社内情報が見えるようになり、他社と比較できるようになったことで、「うちの会社より、あの会社のほうが良さそうだ」と、転職を決断しやすくなったといえる。

転職サービスdodaの調査「転職理由ランキング【最新版】 みんなの本音を調査!」によれば、転職理由として「昇進・キャリアアップが望めない」(2位)「スキルアップしたい」(6位)「尊敬できる人がいない」(4位)といった理由が上位に挙がっている。これらはいずれも、「この会社では成長できそうにない」という判断に至る要因だ。

そもそも、どのような状況で若手社員は「成長できそうにない」と思ってしまうのか。そのヒントになる考え方が、「プラトー」だ。

人は階段状に成長する

人の成長過程は、決して右肩上がりに直線的に伸びるものではなく、途中で伸び悩む時期がある。この伸び悩みの時期は「プラトー(学習高原)」と呼ばれる。

プラトーの状態のときは成長実感が得られず、感情的な苦しさがつきまとうため、「これ以上やっても成長できない」とあきらめたり挫折したりしがちだ。しかし、プラトーを通過することができたらそこで階段状に成長し、大きな成長実感を得ることができる。


(出所) 『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』

私は、プラトーの正体は「自分が期待する成長イメージと、実際に得られる成長実感のギャップ」にあると考えている。私たちは、一つ経験値を積み上げたら確実に一つ成長したという手応えを期待する。それが、下図に示す「成長期待直線」だ。

しかし、現実において自らの成長を実感できるのは相当な経験値を積み重ねた後であり、「成長実感曲線」は下図のようなカーブを描く。この成長期待直線と成長実感曲線のギャップが広がるほど、「毎日こんなに頑張っているのに全然成長できない……」という悩みを抱えやすくなる。


(出所) 『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』

Z世代を中心とする若者の傾向を説明する際に、「タイムパフォーマンス (タイパ) 」という言葉が使われるようになった。かけた時間に対してどのくらいの価値があったのか、「時間対効果」を気にしているといわれる。キャリアに対しても同じで、「経験を積んだ分、早く成長したい」と思うのも理解できる。

毎日のように転職サイトのCMが流れてきたり、SNSで同世代の活躍を目にしたりする中で、「今転職しないとチャンスを逃すのでは」「早く何者かにならなくては」という焦りを感じるだろう。だが、すぐに「成長実感」を得たいと思っても、上記のとおり、自分がイメージする成長の軌跡と現実にはギャップが生まれる。

知識を得ることで「タイパ」よく“成長した感”を得ることもできるが、すぐに身につけられるということは他の人もすぐに身につけられるということであり、ビジネスパーソンとして戦えるだけの武器を得られたとは言い難い。

ビジネスもスポーツと同じで、戦力になるレベルの成長を実現するためには、どうしても一定の経験や訓練を積むことが必要だ。もう少し経験を積めば変われるというタイミングで辞めてしまうのはもったいないことだと思っている。世間の声に振り回されずに、自分だけの武器を磨いてほしいというのが私の本音だ。

若手には通用しない“昭和な管理職”の思考

一方で、上司が若手社員に「成長実感」を持たせられていないことにも課題があると考えている。上司は、日々成長を実感するのは難しいということを前提に、コミュニケーションを取らなくてはならない。

これもスポーツで例えるなら、毎日「とにかく筋トレをしなさい」と言われるのと、「このトレーニングをすれば、速く投げられるようになる」「あの選手のようなプレーができるようになれる」と言われるのでは大違いだ。

昭和的な価値観で、「とりあえず3年くらいは踏ん張れよ」「今年は経験を積む年なんだよ」と言っても通用しない。むしろ、そう言われた若手社員は、「ここにいても成長できないのでは……」と不安や焦りを覚えてしまうだろう。


(出所) 『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』

そうではなく、「この経験を積めば、このような力が身につく」「今は成長実感を得られていないかもしれないが、確実に力はついている」などのように、マネジャーは都度、部下と成長に対する認識をすり合わせていく必要がある。

「部長」「課長」「マネジャー」など表層的な役職名は30年前と同じでも、求められる基準は大きく変わっている。過去の成功体験は捨てて、今の時代に合わせてマネジメントの前提をアップデートしていかなければ、若手社員の退職を減らすことはできないだろう。

では、部下に成長実感を持たせるにはどうすれば良いのだろうか? 私は、そのカギの1つは「人事評価」にあると考えている。

ほとんどの会社にある人事評価の機会を有効活用し、定期的に部下と成長についてすり合わせることが重要だ。人事制度や仕事内容をすぐに変えることは難しいが、人事評価の「運用」次第では、日頃から成長実感を持たせることができる。

「成長実感」を持たせるカギ

若手社員に成長実感を持たせる人事評価には、いくつかのポイントがある。大前提になるのが、現状の課題とあるべき姿をすり合わせることだ。

マネジャーの認識に反して、若手社員は「自分はもっとできている」と思っていたり、「自分はそんな姿は目指していない」と考えていたりする場合がある。そのため、しっかりとすり合わせをおこない、若手社員にとって納得のいく成長の方向性を描くことが重要だ。


また、目標設定の際には、目標を細分化するのがポイントだ。目標が大きいと達成するまでに時間がかかるので、どうしても成長実感を得にくくなる。

マネジャーに求められるものはさまざまあるが、まずは、目標を分解して、ある程度の頻度で成長実感を得られるように目標設定をしてあげることが重要だ。

多くのマネジャーが人事評価に苦手意識を持っている。しかし、マネジャーの工夫次第では、若手社員に「この会社なら成長できる」という成長実感を持たせることができる。

人事評価は、ほとんどのマネジャーが避けては通れないもの。せっかく機会があるならば、人事評価のやり方をアップデートし、効果を高めていくべきだろう。

次回は、人事評価の一歩目である「目標設定」について、職場で成長実感を生み出すためのノウハウを紹介したい。

(川内 正直 : リンクアンドモチベーション 常務執行役員)