佐々木俊尚氏は、人を応援する推し活にコミュニティー性を見出します(写真:metamorworks/PIXTA)

第42代アメリカ合衆国大統領のビル・クリントン、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、グーグル元CEO(最高経営責任者)のエリック・シュミット、ChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマンCEO――このそうそうたるメンバーが参加するアメリカ発の起業家コミュニティーがある。その名も「サミット」。

2023年8月30日に刊行された『MAKE NO SMALL PLANS 人生を変える新しいチャンスの見つけ方』は、4人の無名な “ビジネスのど素人”だった若者が、失敗と無茶を繰り返しながらサミットを立ち上げる過程を描いた、波瀾万丈のノンフィクションだ。

ジャーナリストの佐々木俊尚氏が、この本のバックグラウンドとなっている時代におけるコミュニティーをめぐる空気感の変化について解説する。

コミュニティー志向へのマインドチェンジ

『MAKE NO SMALL PLANS 人生を変える新しいチャンスの見つけ方』に描かれている2008年から2013年頃は、アメリカではリーマンショック、日本では東日本大震災を挟むマインドチェンジの時代だったと思います。


アメリカは、リーマンショック直後は大変でしたが、クラフトビールなど新しい都市文化、若者文化の台頭がありました。

2015年ぐらいになると、大きな家でなく小さな家に住むというタイニーハウス・ムーブメントも起きました。日本でも、ミニマリストの小屋ブームがありましたね。

美食をしたり、高級車に乗ったりするよりも、小さい家に住んで、仲間たちとビールを飲んでいるのが楽しい。つまり、成長よりもコミュニティーを重視する感覚が登場したのです。

本書は、こういった時代の空気感の変化を非常によく表現しています。イベント開催の仕事を描いたものですが、こんなチープなイベントをやって一体どうなるんだろうと思っていたら、だんだんコミュニティー志向へとシフトしていく。そして、まさかの展開が起きるところが面白いですね。

コミュニティーは大事だと思います。企業の目的とは何なのかという文脈で考えてみましょう。

日本の場合、かつて会社は、従業員のためのものでした。それが、だんだんと内向きの論理になり、グローバリゼーションの2000年代になると、株主のために価値を還元しましょうという流れになった。

それには、日本の内向きの論理に風穴を開けるという意味で良い面がありましたが、一方で、株主だけが恩恵を受けるようになっていきました。

ネガティブな効果がたくさん現れ、ブラック労働が蔓延し、非正規雇用が急増。管理職になっても何も得るものがなく、給料も上がらず、仕事が増えるだけ。

そこで、もう一度会社にとっての目標や価値とは何なのかというムーブメントが2010年代後半ごろに起きた。エシカル、SDGs、パーパスなどの言葉はこの頃に登場したのではないかと思いますが、僕は、それらを上っ面のものに感じています。

例えば、SDGsの「17の目標」は、冒頭に、貧困と飢餓の撲滅をうたっています。ところが、実際に語られるのは、海洋プラスチックゴミを減らすというような環境問題ばかりで、誰も本気で貧困や飢餓について意識していません。

現代的なコミュニティー志向の一例

一方で、従業員もお客さんもみんな仲間だという考え方は、希望が持てると感じます。

例えば、全国のゲストハウスと契約して、月額数万円の定額で移住しながら泊まれるようにしたサブスクリプションサービスを提供するADDressという会社があります。

それぞれのゲストハウスに管理人がいて、その人が地元のコミュニティーと宿泊客とをつなげる役割をしており、コミュニティー化が強い会社です。

ADDressは、先日増資しましたが、その元手はクラウドファンディングでした。上限1億円ほどの募集でしたが、2日間で数百人から投資があり、満額集まったのです。

ほとんどは「ADDressのコミュニティーが好き」という人です。投資するけれど、仲間でもある。金儲けのためではなく、応援するための投資があるわけです。まさに現代的なコミュニティー志向の一例です。

『Web3とメタバースは人間を自由にするか』(2022年、KADOKAWA)という本で書きましたが、Web3という概念のひとつに「トークンエコノミー」があります。

トークンという通貨の一種を発行することによって、個人をとりまく新しい経済をつくるもので、みんなで出資しあう形態です。

つまり、ある意味、全員が全員の投資家であり、投資される側でもあるということです。

今の40代や団塊ジュニアの成功者は、「自分のやりたいことで生きていこう」と言いますが、そんなことができるのはごくわずかです。ほとんどの人は、自己実現と生活のお金を得ることがイコールにはなりません。

その時に、何が人々の生きがいになるのか。僕は、人を応援するということがそれになり得ると考えています。

人を応援することは生きがいになる

2000年代初頭、SMAPが『世界に一つだけの花』で、ナンバーワンでなくオンリーワンだと歌いました。多くの人はあの歌詞を評価しましたが、オンリーワンになるにも、そのための努力が必要です。

すると、「能力のない自分は、オンリーワンにさえなれない」となる。そこで、人を応援する、推すという行為なら、誰にでもできるということになります。誰かを推す、それをお金で行うことが投資家です。


「推し活」という言葉がありますが、ここにもコミュニティーがあります。単にそのアイドルと自分だけの1対1の関係ではなく、推し活仲間には、横のつながりがあるのです。

宗教に置き換えて考えることもできます。日本の伝統宗教は、葬式仏教しかなく、それはほぼ役割を果たしていません。かと言って、新宗教には、アレフや世界平和統一家庭連合(旧統一教会)のイメージがあり敬遠される。そこで、スピリチュアルに走る人が現れるわけですが、それでは根源的な人間の苦しみは癒されません。

そのとき、宗教の代わりになるのは、推し活ではないかと考えられるわけです。推し活で使われる「聖地」「布教」「お布施」「尊い」などの言葉は、宗教的な意味を含んでいますよね。

貧しいとは言っても、生活は保障されており、テレビもあるし、無料で配信動画も見られるという中で、「生きがいをどうするか」というところにスタイルが行き着く。それが推し活であり、つまりは投資家でもあるのです。

本書を読むと、エリオット・ビズノーたちが、図らずも、こういった志向の変化を実践していることを感じられました。

(後編に続く)

(構成:泉美木蘭)

(佐々木 俊尚 : 作家・ジャーナリスト)