近年、人気を集めている「英国展」。”草分け”である日本橋三越では8月下旬から2週間にわたって開催されるが、そこではスコーンなどが飛ぶように売れている。写真は「Cha Tea紅茶教室」のスコーン(写真:三越提供)

近年、百貨店などで開かれている「英国展」が凄まじい熱気を帯びている。草分けは三越で1965年に初開催、8年ほど前まで「イギリスマニア」が集まるイベントだったが、ここへきて客層が一気に広がり、各出展者のブースに大行列ができるほどに。三越や伊勢丹で英国展を開催している三越伊勢丹ホールディングスによると、英国展の食品全体の売り上げは2017年から2022年におよそ2倍に膨らんだ。その牽引役となっているのが焼き菓子「スコーン」である。

開店前から行列ができるほどの熱気

英国展ではスコーンなどのイギリス菓子のほか、紅茶やジャムやパイといった食品、イギリス雑貨やアンティーク品などが販売される。三越では2010年くらいから毎年開催するようになったが、人気が出始めたのは2015年くらいから。売れ行きが好調だったため、2017年から開催期間を2週間に延長し、今年も9月6日から11日まで「パート2」が開催される予定だ。

英国展の会場マップを見るとわかるが、会場の半分は食品で、中でも多いのがスコーンの店舗だ。

2014年から英国展の企画に携わる、三越伊勢丹のバイヤー、山崎陽介氏によると、当時は英国展の開催は1週間程度でスコーンの6、7ブランドのみだったが、2週間開催になったこともあって、スコーンのブランドも徐々に増加。2022年には50ブランド以上が出展した。2022年に日本橋三越本店で開催した際は、開店前から行列ができ、開店後はどの菓子ブランドにも20〜30人並ぶほどだった。

同社ではフランス展やイタリア展なども開催しており、売り上げは英国展が最も高く、それを少し下回るのがフランス展だ(ちなみに、かつて最も人気が高かったのはイタリア展である)。

スコーンの単価が200〜300円とフランス菓子に比べて低いことを考えれば、英国展の動員数が多い、あるいは、1人あたりの買い上げ点数が多いことは想像がつくだろう。

スコーンといえば、プレーン、サルタナレーズン入りなどが定番だが、近年はバリエーションも豊富になっている。スコーンで何かを挟んだ「スコーンサンド」や、「デコレーションスコーン(デコスコ)」の人気も高い。

「あんバター」サンドや「練り込み系」も人気

山崎氏によると、スコーンサンドで人気なのはあんバター入り。イチゴや栗など季節の果物のフレーバー、自家製クリームサンドもよく売れる。イギリスでは、スコーンにクロテッドクリームとジャムを塗るのが定番の食べ方だが、クロテッドクリームは日本でなじみがなく、売る店も限られている。そこで、各店がオリジナルクリームを作ったらそれも人気になったわけだ。


最近は多様な素材を使ったスコーンの人気も高い。写真はトムズスコーンジャパネスクのもの。もちきびとハトムギのプレーン、自家製クロテッドクリームと柿ジャムサンド(右)、宇治抹茶とよもぎ、チョコレート(左)、黒七味とパルメザン(中)(写真:三越提供)

「店によって違いますが、例えば、マスカルポーネチーズにヨーグルトを加える、爽やかなクリームを加えるといったものです」と山崎氏が解説する。英国展ではクロテッドクリームもイギリスの4ブランドを販売するが、スコーンと同様に売れる人気商品である。

スコーンの生地に混ぜ込む、あるいは練り込むフレーバーのバリエーションも増加し人気を集めている。「以前はどのブランド様も、プレーンとサルタナレーズンを混ぜ込んだものなど3種類ぐらいしか出していなかったのですが、最近は若い方にレーズンがそこまで売れない一方で、イチゴや金柑、イチジクなど季節のフルーツを使ったものやチョコレート系が人気です」と山崎氏。

英国展のスコーン出展者は、脱サラした個人事業主の小さな店が中心で、店主は毎年通うほどのイギリス好きが多い。イギリスの流儀に合わせる人が多いが、イギリスでも最近、バナナやイチジクなどのフレーバー入りスコーンが増えたことも、英国展で多彩なフレーバーを展開する店が多くなった要因の1つだ。

日本橋三越本店の英国展では、2016年からイギリスの五つ星ホテルなどのベイカーを招き、スコーンを実演販売している。そのプレゼンテーションも人気だ。しかし、出展者の9割は東京ほか日本の店。山崎氏が足で稼ぐほか、SNSでも月に一度人気ぶりをチェックし試食するなどして厳選する。


イギリスの五つ星ホテル「ザ レインズボロウ」のスコーンも登場。シェフのサルバトーレ・ムンジョビーノ氏も来日(写真:三越提供)

山崎氏によれば「ただイギリスのものであるというだけでなく、日本の食卓に合うもの、お客様が今求めているものをご紹介する」からだ。日本人出展者中心の開催は同時に、英国展に独特の親密感をもたらしてきた。

「会場で、『〇〇さん、お久しぶり』と挨拶し合う風景が、以前はよくありました。お茶やマナー、お菓子の教室の先生が小さなインフルエンサーとなり、生徒さんたちも集まるからです」と山崎氏。

出展者同士もオーブンの使い方を教え合うなど、一緒にイギリス文化を盛り上げていこうという仲間意識が強く、ライバル意識が前に出やすいフランス展、イタリア展と顕著な違いをもたらしてきた。

変わってきた英国展の「売れ筋」

スコーンブームで、従来のイギリスファンとは異なる層が増えたことは、売れ筋商品からもわかる。以前の英国展ではリーフティーが最もよく売れたが、今はカジュアルなリントンズのティーバッグが最もよく売れる。従来よく売れた王室をフィーチャーしたお菓子も、新しいファンたちにはそれほど人気が高くない。来場者たちはやはり、「イギリス好き」というより「スコーン好き」なのだ。


熱気に溢れた昨年の英国展の様子。各ブースに行列ができた(写真:三越提供)

日本における「スコーン好き」の裾野が広がっていることを示すのが、銀座三越で2022年3月に開催したスコーンに特化した「スコーンパーティ with TEA」という6日間のイベントだ。

これには、「想像を絶するお客様が殺到し、急遽入場規制をしました」と山崎氏。このときは紅茶とスコーンのブランドが出展し、そのうち約6割を占めるスコーンのブランドは約25。企画時は単価の低いスコーンで元は取れるのか社内で議論になり、紅茶も販売アイテムに加えたが、結果的にスコーンは予想の2倍売れたという。

興味深いのは、山崎氏が「英国展とスコーンパーティは、客層がだいぶ違うんです」と言っていたこと。三越伊勢丹が発行するクレジットカードを所有する来場者の分析によると、英国展は40〜50代の女性が中心だが、スコーンパーティは会場が銀座店だったこともあるのか、20〜30代の女性が4分の1を占めた。

この違いは、売れ筋の違いにも表れる。最も売れるスコーンは常にオーソドックスなプレーンだが、「スコーンパーティでは、次にスコーンサンドやデコスコが売れます」と山崎氏。

スコーン、なぜそんなに人気なのか

スコーン人気の要因を、山崎氏は「イギリスのスイーツは、家庭料理の延長線上にあり、レシピが公開されていたりします。出展者様も、どこかで修業したというより、趣味が高じてプロになった方も多くいます。日本人はこうした心和むお菓子もかなり好きだな、と感じます」と推測する。イベント主催者としては、スコーンが手早く作れるので売れ行きが多ければ追加製造でき、製造過程が映える点も魅力だと山崎氏はいう。


こちらもイギリスの五つ星ホテル「ザ コノート」のアフタヌーンティーで提供されるスコーン(写真:三越提供)

また、ここ数年ブームが爆発するヌン活もスコーンファンを増やしただろう。日本人はアレンジが得意だが、スコーンサンドやデコスコといった、新しい食べ方も人気が高い。もちろん、これらのスコーンが映える点は大きい。

山崎氏によると、コロナ禍で各地のベイクショップがスコーンを売り始めたことも、流行に影響している。

『イギリスお菓子百科』(安田真理子)によると、スコーンが文献に登場するのは16世紀で、広がったのは19世紀後半。イギリスの食文化とスイーツについては、イギリスの国民的人気コンテスト番組で、NHKでも放送されている『ブリティッシュ・ベイクオフ』などでも紹介している。スコーンは、奥が深いイギリスのスイーツ文化を内包する。もしかすると今後、スコーンはイギリスのスイーツ人気も牽引し広げるかもしれない。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)