私たちは「聴覚騒音」「情報騒音」「内部騒音」という3つの騒音に苦しめられています(写真:mits/PIXTA)

私たち現代人は、かつてないほど騒音の影響を受けている。ここで言う「騒音」とは街中に響く音だけではない。日々接している大量の情報という騒音や、ネガティブな考えが頭から離れない「頭の中の独り言」という騒音もまた、増加し続けている。

これほど多くの刺激が人々の注意を消費している今、私たちはどうすれば心の平穏や明確な思考を維持できるのだろうか? これら危険な3つの騒音から逃れる方法はあるのだろうか?

今回、日本語版が9月に刊行された『静寂の技法』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

太古から人々が経験してきた苛立ち

言うまでもないが、生活のやかましさについて思いに耽るのはありふれたことだ。人はきっと、昔から同じ苛立ちを口にしてきたことだろう。


エミリー・トンプソンは著書『現代のサウンドスケープ(The Soundscape of Modernity)』で、紀元前500年頃の南アジアの大都市では生活がどれほどやかましくなりうるかを説明した初期の仏典に目を向け、「ゾウ、馬、二輪戦車、太鼓、小太鼓、リュートのような弦楽器、歌、シンバルのような打楽器、どら、『食べろ、飲め!』といった人々の叫び」を記している。

『ギルガメシュ叙事詩』の中では、神々が人々の騒音にうんざりして洪水を起こし、人類を一掃した。1世紀余り前にはJ・H・ガードナーが、馬車や呼び売り商人、ミュージシャン、動物、鐘など、「都市騒音の疫病」の目録をまとめた。

永遠に口にされる不平というものがあるとしたら、それはやかましさについてのものかもしれない。

それでもなお、今は既知の歴史のどの時代とも何かが違う。昨今はやかましいだけではない。精神的な刺激がかつてないほど蔓延している。

あるレベルでは、それは耳に聞こえる、文字どおりの「聴覚騒音」だ。新型コロナ対策の隔離のおかげで、耳障りな音が一時的に収まったものの、現代生活の軌道は変えられそうにない。

通りにはより多くの車が走り、空にはより多くの飛行機が飛び、より多くの機器が唸り、より多くのデバイスがビーッとかピーッとか音を立てる。公共空間や間仕切りのないオープンプランのオフィスには、前よりやかましいテレビやスピーカーがいっそう多くの場所にある。

ヨーロッパ全土で、人口のおよそ65パーセントに当たる推定4億5000万人が、世界保健機関が健康に有害と見なす騒音レベルで暮らしている。

ますますうるさくなるサイレンの音

これは測定可能な事実だ。世の中はますますやかましくなっている。緊急車両は周りの騒音に負けない音量が必要なので、サイレンの音量は、環境全般のやかましさの有効な指標になる。

1912年の消防車のサイレンが約3.35メートルの距離で最大96デシベルだったのに対して、1974年には同じ距離で114デシベルにまで達したことを、作曲家で環境保護主義者のR・マリー・シェーファーは突き止めた。

ジャーナリストのビアンカ・ボスカーは、現代の消防車のサイレンはさらにやかましく、約3.05メートルの距離で123デシベルであることを、2019年に報告している。

これはたいした増加には思えないかもしれないが、考えてほしい。デシベルは対数スケールなので、90デシベルは実際には80デシベルの10倍の音圧を持っており、私たちの耳にはおよそ2倍大きく聞こえる。

ニューヨークやリオデジャネイロのような大都市では騒音が常に住民の苦情リストの上位を占めるのも無理はない。

そして、音量のレベルの観点からこの課題を考えるだけで済むわけでもない。データ保管センターや空港の高周波と低周波のブーンという音が害を及ぼすこともよくある。こうした形態の聴覚騒音は、中所得と低所得のコミュニティに対して不釣り合いなまでに大きな影響を与える。

地球の自然生態系の少なくとも3分の1が「聴覚絶滅」と呼べるほどまで静かになってしまった時代にあって、それ以外のあらゆる種類の音――機械が立てる音、デジタル機器が立てる音、人間が立てる音――は増幅している。

増加する「情報騒音」

増加している騒音には、別の種類のものもある。「情報騒音」だ。

2010年、当時グーグルのCEOだったエリック・シュミットは、はっとするような推定をした。「今では私たちは2日ごとに、文明の夜明けから2003年までに生み出したのと同じだけの情報を生み出している」

このテクノロジー業界の大立者は主に、オンラインコンテンツの急激な増加について考えていたのだが、人類史がたどってきた道筋についての根本的な事実を言い当てていた。すなわち、人の注意を引こうとする精神的な刺激が、ますます増えているという事実だ。

テクノロジー市場調査会社のラディカティグループは、2019年には毎日1280億通のビジネスメールが送信され、平均的なビジネスユーザーは1日当たり126通のメッセージを処理していたと推定している。

最新のデータによれば、アメリカの人は1986年の5倍の情報を入手しているという。

私たちは、これほど多くの情報を扱えるのだろうか? 人間の注意を対象とする科学の一流専門家たちは、「ノー」と言っている。

「フロー」の概念について最初に書いた心理学者のミハイ・チクセントミハイは、私たちの日常的な注意の容量の欠点を要約している。

彼の推定では、誰かが話しているときに、その人の言っていることを理解するためには毎秒約60ビットの情報を処理する必要があるという。これには、音を解釈し、耳にしている単語に関連した記憶を検索することも含まれる。

当然ながら人は、たとえば次の約束の時間を確かめたり、夕食用の買い物リストについて考えたりして、しばしば自分の情報負荷にさらに多くを加えるが、認知科学者の計算では、人はほぼ毎回、毎秒126ビット(場合によってはプラスマイナス数ビット)という上限に突き当たる。

人はこの地球上で何十億という人間に取り囲まれているが、チクセントミハイが指摘するとおり、「一度に1人しか理解できない」のだ。

世の中で増加する一方の情報が多くの恵みをもたらすことには、疑問の余地がない。遠くにいる大切な人々とデジタルで連絡したり、リモートでの学習や就労の機会を得たり、映画のストリーミングを観たり、万能のインターネットが人類に与えてくれるその他のあらゆる恩恵に浴したりできるのはありがたい。

だが、これは覚えておかなければならない。データは増えていくけれど、それを処理する私たちの能力は上がらないのだ。

50年前、学者のハーバート・サイモンはずばりこう言った。「情報が消費するものは明白そのものだ。情報は、受け取る人間の注意を消費する。したがって、豊富な情報は注意の貧困を生み出す」

私たちを苦しめる「内部騒音」

ここから騒音の第3のカテゴリーが浮かび上がる。「内部騒音」だ。

これほど多くの刺激が人の注意を消費しているときには、自分の意識の内側で静寂を見つけるのは前より難しくなる。外部の騒音がこれほど高まると、人の内部で起こっていることの強度が増幅される。

電子メールやショートメッセージ、インスタントメッセージ、ソーシャルメディアの通知が届く頻度が増すと、「常時オンであること」、すなわち、いつでも読んで反応して返信できる状態でいることが、しだいに当然と思われるようになってくる。

この「騒音」が、私たちの意識を奪う。手つかずの注意力を植民地化する。目の前のことに集中したり、自分の心の衝動をうまく処理したり、空白――静寂のための空白――に気づいたり、それを正しく認識したり、維持したりするのを難しくする。

高度な神経画像テクノロジーの時代にあってさえ、人類全体の内部騒音のレベルを定量的に測定するのは難しい。それでも、注意散漫、ストレスと不安のレベルの高まり、意識を集中させづらいという自己報告など、代替の基準を通して、問題の証拠を目にすることが可能だ。

不安を感じている現代人

学問の世界に身を置く心理学者や精神医学者や神経科学者を対象とした私たちの面接では、彼らが内部騒音のレベルの代替指標として「不安」について語るのをしばしば耳にした。不安にはさまざまな定義があるものの、たいていは恐れや不確かさという要素だけではなく、内部のおしゃべりという要素も含んでいる。

アメリカの1000人の成人を対象とした2018年のアメリカ心理学会の調査では、39パーセントの人が前の年よりも大きな不安を、さらに39パーセントが前の年と同じだけの不安を、それぞれ感じていると回答した。つまり、合計すれば成人人口の4分の3以上が少なくともある程度の不安を報告したことになる。

しかもこれは、新型コロナ以前の話だ。パンデミックが起こってから中国とイギリスで行われた調査は、両国民のメンタルヘルス(精神保健)の急速な悪化を示している。

2020年4月のロックダウン(都市封鎖)のときに行われたアメリカの調査では、成人回答者の13.6パーセントが「重大な精神的苦痛」を報告している。これは2018年の3.5倍だ。

ミシガン大学の心理学教授で、内部対話の科学研究分野では一流の専門家であるイーサン・クロスは、「おしゃべり(チャッター)」を「内省という私たちの並外れた能力を恵みではなく呪いに変えてしまう、循環的でネガティブな思考と情動」と定義している。

過去についてくどくど考えたり、未来についてあれこれ心配したりするような、頭の中のネガティブな独り言は、無慈悲なものにも、人を衰弱させるものにさえもなりうる。

とはいえそれは、内部のサウンドスケープの一面でしかない。現代の内部対話は、そのメッセージがネガティブであろうと、ポジティブであろうと、ニュートラルであろうと、高速で、高音量だ。

クロスが言うように、「頭の中の声は、きわめて早口だ」。「内的発話(内言)」は毎分約4000語――外的発話(外言)の10倍の速度――に濃縮されているという発見に基づいて、クロスは現代に生きる人々の大半は、どんな日にも、一般教書演説320回分ほどに相当する内的独白に耳を傾けなければならないと推定している。

騒音の特質を理解する

それでは、外部と内部の騒音から成るこのハリケーンの中で、人はどうやって平穏を見つければいいのか? 明確さと驚嘆の念をどうやって見つければいいのか? 意義や目的にどうやって波長を合わせればいいのか?

最初のステップは、騒音の特質を理解することだ。騒音とは何か? 騒音はどのように作用するのか? なぜ私たちの世界に蔓延しているのか? 今日の「注意の貧困」はたんに、インターネットや、ワーカホリック(仕事中毒)の傾向、あるいはおしゃべりな文化やグローバルで困難な出来事の副産物ではない。聴覚と情報と内部の干渉の複雑な相互作用の結果なのだ。

騒音が騒音を生む。

(翻訳:柴田裕之)

(ジャスティン・ゾルン : コンサルタント、講師)
(リー・マルツ : コンサルタント、リーダーシップコーチ)