「ピィ」と「グラードン」では、「グラードン」のほうが強そうなのはなぜ?(写真:polkadot/PIXTA)

Podcastで放送されている「ゆる言語学ラジオ」の人気や、『言語の本質』『言語学バーリ・トゥード』など、言語学を扱った書籍のヒットも相次いでおり、エンタメ性の高い言語学の人気が高まっています。

言語学とは「私たち人間が毎日生活する中で使っている言語について、さまざまな角度から研究する学問」のこと。その中でも音声学では、人間が言語を使う時に発する「声の仕組み」を研究します。

言語学者・音声学者の川原繁人さんが、小学生に向けて行った、言語学の特別授業の様子を、できる限りそのまま再現した『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』。本稿では同書より一部を抜粋のうえ、「ポケモンの名前」を分析していきます。

ピィとグラードン、なぜグラードンのほうが強そう?

川原:みんなポケモンは知ってますか?

── 知ってる!

── えー、わかんない。まったく知らないわ〜。

川原:ポケモンまったく知らなくてもいいの。これが私のポケモン分析のいいところで、知っている人も知らない人も楽しめる!

じゃあ、みんなポケモンを知らないフリをしよう。ここに小さいポケモンと大きいポケモンがいるとします。どちらかがピィで、どちらかがグラードンです。さて、どっちがピィで、どっちがグラードンでしょうか?

── 小さいほうが、ピィ!

川原:小さいほうがピィだと思う人。

── (ほぼ全員)はーい!

川原:大きいほうがピィだと思う人は……いなさそうだね。おっきいのがピィだと、なんだかおかしいよね。でも、なんでわかるのかな?

せな:名前の文字数。

りゅうへい:ピィはなんかピィっぽい。グラードンは名前が強そう。

なつめ:ピィは「゜」が付いてて、グラードンは「゛」が付いてる。「゛」が付いてるほうがなんか強そう。

濁音って強い感じがしない?

川原:まず、なつめの意見から掘りさげよう。「グラードン」という名前に付いている濁点が関わっていそうだね。

今度は進化に着目してみよう。ポケモンって進化するんだよね。進化するポケモンの例を考えていきましょう。メッソンは何に進化するか知ってる?

── ジメレオン。

── 進化すると「゛​」が付く!

川原:カブルモは進化するとシュバルゴに、チョボマキはアギルダーになります。進化した後のシュバルゴとアギルダーには何が起こっている?

── 「゛」が付いてる!

── 「゛」が一個ずつ多くなってる!

せな:名前も進化している? 例えば、メッソン→ジメレオンの場合だったら、「゛」なしから「゛」が付くみたいに、文字も進化している。

そら:それにちょっと付け足しで、カブルモは一個しか「゛」が付いてないけど、進化するとシュバルゴで「゛」が2個付く。

川原:そうだね。濁点は増えたりもするんだね。それをまとめてみた表が次。

上は、進化前の名前には「゛」がないんだけど、進化後の名前には「゛」が入っている例。

下の例では、もともと「゛」は一個だったのが、進化後には2個になる。どうやら、進化すると名前に含まれる濁音の数が増えそうだね。


『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』

川原:次のグラフは、第6世代までのポケモンの名前を全部調べて、何回進化したら、名前に何個濁音が含まれるかを数えたものです。


『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』

ポケモンって2回まで進化できるんだよね。何か例を思い付く人いる?

はるま:ピチューがピカチュウに進化して、そこからライチュウになる!

川原:ありがとう。この横軸は、ポケモンが何回進化したかを表しています。

例えば、0がナエトル、1がハヤシガメ、2がドダイトス、みたいにね。

で、はるまがあげてくれた例のピチューは、実はピカチュウが進化する前の形でしたよ、って後から出てきたポケモンなの。そういうのはベビィポケモンって呼ばれるので、-1として数えました。

グラフの縦軸は、名前に大体どれくらい濁音が入っているかを計算したものです。

グラフを見ると濁音の数はだんだん右肩上がりになっていくのね。これは、進化すればするほど名前に含まれる濁音の数が増えますっていうこと。

そして、この傾向は、大学の研究で実証されました。

こういうふうに、ポケモンの名前を言語学的に研究してみましょうと始めたのは私なの。でも、この研究は瞬く間に世界に広まったんです。

せっかく世界中で研究してくれている人がいるんだから、みんなで集まってお話ししましょうっていう学会を慶應大学でやったことがあるんです。こうして、ポケモンの名前研究は言語学の世界で立派に認められる分野になったんだ。

学問の世界ってけっこう自由なんだよ。プリキュアの研究をしても、ポケモンの研究をしてもいいんだ。

なんで濁音は大きいんだろう?

川原:じゃあ次の話。濁音は大きいとか、強いとか、進化しているとかっていうイメージがあるってことがわかってきたね。じゃあ、それはなんでかを考えてみよう。

これも実際に感じられると思うから作業してみよう。「ば」が一番わかりやすいかな? 両手をほっぺたに当てて、「あば」の「ば」の部分をできるだけ伸ばして発音してみてくれる? 「あ」を伸ばすのではなくて。私の真似してみて[abbbbbba]って。それからとなりの子と、お互いのほっぺを見てみながらやってみよう。

── あっっっっっっば。

川原:何か気づいたことがある人いる? はい、みあ。

みあ:「うーんば」ってやると、最初に口の中が膨らんで、「ば」って言った瞬間に全部出る感じがした。

川原:いいね、素晴らしい。じゃあ、せな。

せな:みあにちょっと似ているんだけど、膨らんで、それが一気に爆発するような感じ。

*補 足*

このように濁音を発音すると口の中が膨らみます。特に「ば」を発音する時には、ほっぺたが膨らむので、この膨らみを実感しやすいです。

そして、せなが「一気に爆発するよう」という感想を言ってくれたのは、口の閉じが開放された時の「破裂」を感じとっているのだと思います(→レベルアップ1)。小学生たちがこのように自分が発音する時の感覚を実感してくれるのは、音声学者として本当にうれしく思います。

ほっぺた膨らみましたか?

川原:そうだね。「あ、ほっぺた膨らみました」っていう人どれくらいいる?

── はーい!

川原:みんな感じられたね。「ば」って発音した時に一気にぷしゅんってしぼんだと思う。

「ば」を発音するためには、まず両唇を閉じるよね。そうすると口の中が風船みたいになるんだ。で、「ば」を発音している時、空気がどんどん口の中に入っていくの。

風船の中に空気を入れていくと膨らむよね。濁音を発音する時ってそれと同じことが起きるの。

つまり、濁音って発音する時に口の中が膨らむんです。

口の中が膨らむのは、みんな実感できたと思うんだけど、わかりやすい図も持ってきました。

次の図はMRIで口の中の膨らみを撮ったものです。のどの少し上の部分を写しています。

濁点が付かない音と、濁点が付く音で比べてみよう。下が濁音で、上が濁音じゃない音なんだけど、どっちが大きい?


『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』

── 下のほうが大きい!

川原:そう、濁音のほうが口の中が大きくなってるんだ。

ポケモンって進化すると、体が大きくなるよね。そこで「ポケモンが進化すると名前に含まれる濁音が増えるのはなんで?」って考えてみよう。濁音って発音する時に口の中が大きくなるんだよね。

だから、「濁音=大きい」っていう感覚を私たちが持っていてもおかしくないんだよ。


例えば、「コロコロ」転がる石と「ゴロゴロ」転がる石だったら、「ゴロゴロ」のほうが大きい石に感じられるでしょ?

「カンカン」鳴っている音と「ガンガン」鳴っている音だと、やっぱり「ガンガン」のほうが大きい音だよね。

もしかしたら、ポケモンの名前を付ける人は、そういう感覚を利用しているのかもしれないね。

ちなみに、この「濁音=大きい=進化したポケモン」っていう連想は、日本人だけじゃなくて、英語を話す人やポルトガル語を話す人、ロシア語を話す人も同じような感覚を持っていることが、ポケモンを題材とした研究から判明してきました。

濁音を発音する時に、口の中が膨らんじゃうのは日本人だけじゃないからね。こういうところに、もしかしたら人類共通の何かが潜んでいるんじゃないかと私は最近考えています。

(川原 繁人 : 慶應義塾大学教授)