夜の歌舞伎町。若者が集まるトー横には咳止めの空き箱が捨てられていた(写真: まちゃー / PIXTA)

薬物依存というと、かつては大麻や覚醒剤といった違法薬物によるもの、あるいはアルコールによるもの、というイメージが強かった。ところが今、ドラッグストアや薬局に売っている市販薬の過剰摂取により、依存に陥る人たちが増えているという。とくに深刻なのが若い人たちの使用だ。なぜ市販薬なのか、買うのを止められないのか、若年者の「生きづらさ」とは何か、取材した。

後編:「毎日50錠の市販薬を飲んだ」彼女の壮絶な体験

「たぶんコロナが、1つの要因になっていますね。コロナ前からちょこちょこはあったんですが、とくに最近は未成年の家族から、市販薬の乱用についての相談が増えています」

こう話すのは、千葉ダルクの田畑聡史さんだ。ダルクは薬物などさまざまな依存者の社会復帰の手助けや家族への支援を行っている団体で、全国に70カ所近くある。

市販薬・処方薬乱用の相談が増加

田畑さんによると、以前は覚醒剤や大麻といった違法薬物による依存症に関する相談がほとんどだったが、昨年、もっとも多かった相談は、市販薬・処方薬の乱用に関するものだったという。

「この前、相談に来たのも15、16歳の女の子のご両親でした。あくまでも肌感覚でしかありませんが、市販薬の乱用に関しては低年齢化が進んでいるように思います」と話す。

この問題に詳しい国立精神・神経医療研究センターの嶋根卓也さんは、これまで何度か若年者の市販薬の乱用が横行している、歌舞伎町にあるトー横の“現場”を見にいったことがあるそうだ。トー横は居場所を求めてやってくる若者たちの溜まり場だ。


国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・薬物依存研究部心理社会研究室長の嶋根卓也さん(写真:嶋根さん提供)

「トー横で若年女性の支援をしている団体の方を通じて、市販薬を乱用している子どもたちの様子をうかがっています。いずれも14歳から16歳までの若い女性です。また、ドラッグストアの前で咳止めの空き箱が不自然に捨てられている様子も確認しました」

トー横で咳止めの空き箱を発見

嶋根さんへの取材後に筆者もトー横へ。咳止めの空き箱を見つけた。

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トー横に向かう途中で落ちていた咳止めの空箱(写真:嶋根さん撮影)※写真は編集部で加工


筆者が見つけた咳止めの空き箱。路地脇に捨てられていた(写真:筆者撮影)※写真は編集部で加工

そもそも市販薬の乱用とはどういうものか。嶋根さんはこう説明する。

「医薬品はもともと決められた量や回数を守って飲むのが基本です。そういった規定量や回数を超えて飲むことを広い意味で“乱用”といいます。一度にたくさんの量を飲む過量服薬、オーバードーズ(OD)もその1つに含まれます。彼女たちはODすることを『パキる』と表現します」

市販薬の乱用問題に関しては、厚生労働省が今年3月の専門家の検討会で議題に挙げている。実際、こんなデータも出てきている。その1つが、埼玉医科大学病院臨床中毒センター上條吉人氏らがまとめたデータだ。

同センターなど、3カ所の救命救急センターにおける2018年と2020年の救急搬送事例を比べたところ、薬の過剰服用が1.3倍、そのうちOTC(Over The Counter Drugs:薬局のカウンター越しで購入できる市販薬、一般医薬品)に限ると2.3倍だった。市販薬に限らず薬物を過剰摂取すれば依存だけでなく、急性中毒を起こし、命にも関わることがある。

嶋根さんが代表者を務めた研究「薬物乱用・依存状況の実態把握と薬物依存症者の社会復帰に向けた支援に関する研究」では、精神科医療施設を受診した市販薬の薬物依存症患者数の割合が、2012年から2022年の間に約7倍も増加していることもわかった(以下の図)。


さらに、10代の依存患者の使用薬物の推移を見ると、2014年の調査では危険ドラッグが48%ともっとも多かったが、その後、徐々に市販薬が増えていき、2020年の調査では市販薬が56.4%になっている。

危険ドラッグと市販薬は「使用しても捕まらない薬物」という共通項がある。嶋根さんはこう話す。

「かつては危険ドラッグも合法的に使える『脱法ドラッグ』として社会問題化しました。2014年に危険ドラッグの所持や使用が指定薬物として禁止されて以降、この問題は沈静化し、新たな問題として拡大したのが、市販薬の乱用です。両者には『乱用すること自体は違法ではないから』という共通心理があるのかもしれません」

高校生の60人に1人は市販薬乱用の経験

一般の高校生を対象とした調査(2021年9月から2022年3月のコロナ禍に実施)でも、全体では1.6%が「過去1年の間に市販薬を乱用した経験がある」と答えた。男性に比べて女性の割合が高く、また学年が上がるにつれて増加していることもわかった。

市販薬の乱用経験のある高校生は、約60人に1人、つまり2クラスに1人ぐらいの割合で存在することになる。嶋根さんは言う。

「市販薬の乱用問題を抱えた子どもたちは、全国どの高校にいても不思議ではないことを意味しています。市販薬の乱用経験率は、違法薬物の中で最も乱用されている大麻の約10倍に相当し、市販薬の乱用問題は、違法薬物よりも広がっている可能性があり、深刻です」

市販薬は本来なら、医療機関にかかるほどではない日常的な病気や症状を治すために使われるものだ。使用回数や量が決まっており、それは添付文書に書かれている。

しかし、乱用をもたらす薬では、決められた量を超えて摂取することで、含まれる成分の作用が増強されたり、覚醒作用が生じたりする。その結果、「気持ちよくなる」「パフォーマンスがあがる」「気分が変わる」といった精神状態をもたらす。それを求めて乱用を繰り返すようになり、やがて依存に陥っていく。

実際どのような薬が乱用のおそれがあるのか。

厚生労働省は乱用のおそれのある成分として、以下の6種類を挙げている。これらの成分は、咳止め(鎮咳去痰薬)や風邪薬(総合感冒薬)、痛み止め(解熱鎮痛薬)、鎮静薬、抗アレルギー薬などに含まれている。

乱用のおそれのある医薬品
エフェドリン
コデイン
ジヒドロコデイン
ブロムワレリル尿素
プソイドエフェドリン
メチルエフェドリン

そして、該当する成分が含まれる市販薬を販売する際には、以下のように取り扱うようになっている。


厚生労働省「第2回 医薬品の販売制度に関する検討会」資料2より引用。当該資料はこちらからも確認できる。

だが、嶋根さんは、規制をするだけでは市販薬の乱用を止めることはできないという見方をする。抜け道が数多くあるからだ。

例えば、駅前などには多くのドラッグストアがある。1つの店舗が販売個数を制限していても、ドラッグストアを数店舗回れば、容易に複数の咳止めを入手することができる。また、規制対象となっていない市販薬も現実には乱用の対象となっている。

「販売規制は2014年に開始されましたが、この10年間で市販薬の患者さんは減るどころか……。こうした事実を踏まえると、規制による予防効果は限定的と言わざるをえません」(嶋根さん)

薬局側では防ぎきれない側面もある

では、この問題について薬を売る側はどう捉えているのか。大阪など関西地方で薬局事業などを展開するファルメディコ株式会社の薬剤師、和田真治さんはこう打ち明ける。

「医療現場は性善説で成り立っているので、患者さんやお客さんが薬を買い求める場合は、症状があって困っている方という前提で販売します。もちろん、明らかに挙動不審だったり、何箱も購入したりとおかしいところがあれば指摘できるかもしれませんが、どうしても現場レベルでは防ぎきれないところがあると、正直思っています」

とくに最近はコロナの影響もあり、マスクをして入店する人が少なくない。表情や顔色がわかりにくいので、よりいっそう販売をするかしないかの判断を困難にさせているという。

薬局やドラッグストアの対応の現状は、厚生労働省の「医薬品販売制度実態把握調査(令和3年度)」で明らかになっている。これは約5000件の薬局とドラッグストアを調査員が実際に足を運んで調べたもので、乱用のおそれがある市販薬を複数購入しようとしたときに「普通に購入できた」店舗が26.7%あったという。

和田さんのいる薬局では「乱用に加担しないための工夫」をしている。その1つが、“危惧される薬を置かない”という対応だ。

「当店では、乱用のおそれがある市販薬と同じ効果が期待できる別の薬、例えば漢方薬などを数種類、用意しています。状況によって『まずはこちらをお試しいただいたらいかがでしょうか』と声をかけるようにしています」

そして薬剤師である和田さん自身、対面で薬を売っている薬剤師の役割は大きいと感じている。「自分たちが販売した薬が問題になるケースがあることをもっと自覚し、どうやって防げるかを考えていかないといけない」と話す。

製薬メーカー側も対策を講じる

市販薬の乱用について頭を悩ませているのは、製薬メーカーも同じだ。

昨今は、適正使用へ向けた対策を取り組んでいる企業も出てきている。シオノギヘルスケアはこれまでの取り組み以上の対策が必要と判断、今年、適正使用の推進を目的とした新たなプロジェクトチームを立ち上げた。

現在は、サイト上の適正使用・注意喚起のポップアップ表示や、不適切使用の実態調査を始めている。また、不適切使用報告の多いとされるドラッグストアを訪問し、ヒアリングや適正使用・注意喚起を前面に記した空箱を並べるよう交渉したり、SNS情報の確認とネット上の監視活動などを実施したりしている。

担当者への取材は実現しなかったが、製薬メーカーとしてできることは何かと聞くと、以下のような回答があった。

足を運んで実態調査をしている中で見えてきたことは、乱用者の中には乱用をやめたいと思っている人がいらっしゃることです。その方が、カウンセリング等が受けられる適切な場所にアクセスできることが、この問題解決の1つのキッカケになることも見えてきましたので、乱用者のみならず、周辺関係者(家族・知人)を含めて、回復支援へのアクセスをサポートできることも関係者と協力しながら活動していく所存です。

今回の取材で何度も出てきた言葉が「生きづらさ」だ。この心理について嶋根さんがこう述べる。

「市販薬を過剰摂取している若い人たちは、“死にたい”というよりもむしろ、“このつらい状態から解放されたい”“現実を忘れたい”という気持ちが大きい」

実際、市販薬の乱用経験のある高校生は「学校生活が楽しくない」「親しく遊べる友達がいない」「悩みごとがあっても親には相談しない(できない)」「大人不在で子どもだけで過ごす時間が長い」というように、社会的に孤立状態に置かれている子どもたちが多いことも明らかになっている。

SNSの発信を見て、手を出してしまう

そんな彼らに共通しているのが、使っているのが違法な薬物ではないからか「悪いことをしている」という意識に乏しいという点だ。むしろ、透明なビニール製のトートバッグの中に市販薬の中身だけを入れ、薬をあえて友人に見せることで優位に立とうとするなど、コミュニケーションのツールとして使っているケースも見受けられる。

「SNSが情報の拡散源になっているのも大きい。嫌なことや不快な気持ちに対応するための手段としての乱用がSNSで発信されているのを見て、自分も使ってみたらハマったという子もいます」(嶋根さん)

一度依存に陥ればそこから抜け出すのは至難であり、この市販薬をきっかけに違法薬物に手を出したり、薬を購入するための費用を捻出するために性被害に遭ったりするリスクもある。

しかし、そういう話をして無理やり薬の使用をやめさせようとしても、彼らは聞く耳を持ちにくい。なぜなら、薬の使用をやめても「生きづらさ」が解決されないからだ。

だからこそ、それを踏まえた支援が必要になると、嶋根さんは言う。

「薬物問題を抱えた子たちは、自ら『助けて』と言い出せず、その気持ちを薬と一緒に飲み込んでしまっている場合が少なくありません。周囲にいる大人はそのことに気づいていくことが必要です」(嶋根さん)

過剰摂取している子たちの多くは、“薬を使いたい気持ち”と“やめたい気持ち”の間で常に揺れ動いている。

「薬をやめさせるという視点ではなく、子どもの話を聞いて悩みや生きづらさを共有する、一緒に悩んで一緒に考えるといった態度で接することで、『助けて』のハードルを下げていくことが大事なのだと思います」

(鈴木 理香子 : フリーライター)