小樽駅。輸送密度が2000人を超える余市―小樽間も廃線となるのか(写真:ニングル/PIXTA)

バス事業者と協議進まず

北海道庁は、北海道新幹線対策協議会において廃止の方針を決めた長万部―小樽間の鉄道代替バスについて、バス運行の赤字額を各自治体が負担することを前提に協議を進めているが、2023年5月28日に非公開で開催したブロック協議の議事録において、小樽市の迫俊哉市長からの指摘により道が「バス事業者と協議ができていない」ことを認めていたことが明らかになった。

一方で、倶知安町は新幹線新駅の整備に在来線が支障となることを理由に2025年の並行在来線廃止を主張しており、公共交通機関の利便性の確保を求める他自治体との利害が対立。新幹線開業による経済効果をいかに地域全体に波及するのかという建設的な議論は一向に行われていない。

通常であれば、広域自治体である都道府県は、基礎自治体である市町村間の利害を調整し地域全体の発展の手助けをするのが務めであるが、余市町関係者は「道庁は自治体間の利害を対立させ、地域が結束して道庁に刃向かわないように巧妙に議論を誘導している」と不快感をあらわにする。余市町の齊藤啓輔町長も、筆者の取材に対して「道庁は、地域のことを何も考えていないこと、戦略も何も持っていないことが5月の協議会で露呈した」と話す。協議会は生産性のない「仕事のための仕事を繰り返しているだけだ」と苦言を呈した。深刻化するバスドライバー不足も相まってバス転換協議は泥沼化の様相を呈している。

鉄道廃線で道想定の赤字額を上回る経済損失

東洋経済オンラインでは北海道新幹線の並行在来線問題についてたびたび報じてきているが、沿線からもこうした道の姿勢に対する疑問の声が上がり始めている。2023年に入り筆者も余市町や小樽市、そして倶知安町など沿線団体から講演や勉強会に呼ばれる機会が増えた。

並行在来線問題の本質については、北海道交通企画監の柏木文彦氏(当時)が座長を務める協議の場で、最初から輸送密度が2000人を超える余市―小樽間を含め長万部―小樽間140.2km全線の廃線ありきでの協議が進められたことだ。同程度の鉄道路線のおよそ7倍の経費で赤字額が試算され、鉄道維持のためには沿線自治体の財政規模を上回る負担額が必要になると沿線自治体の首長は事実上「財政破綻か鉄道廃止の2択」を迫られ、廃線に合意させられた。


余市駅エルラプラザで開催したフォーラムの様子(写真:守山明)

協議の場には地域の交通事業者を入れずに話を進めたことから、沿線にバス路線網を展開する北海道中央バスは激怒。ドライバー不足などから鉄道代替バスの引き受けに難色を示している。4月25日に余市駅エルラプラザで行った「余市駅を存続する会」主催のフォーラムでは、平日にもかかわらず、余市町だけではなく小樽市や蘭越町など沿線から約60人が参加したほか約20人がインターネット配信を視聴。沿線住民の関心の高さが明らかになった。

筆者はこのフォーラムで、「余市―小樽間の鉄道を廃止しバス転換した場合の所要時間の増加による経済損失額が、当初、道庁が試算した赤字額を上回る」という話をした。余市―小樽間の平均的な所要時間は、鉄道の23分からバスの43分に20分程度増加し、この所要時間増加による経済損失額を国土交通省が公開する「鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル」に沿って計算すると、その損失額は年間で少なくとも5.7億円に上ることが判明した。これは当初、北海道庁が公開した年間5億円の赤字額をも上回り、鉄道の廃止による地域へのデメリットはかなり大きいといえる。北海道外のケースであれば公費投入が妥当と結論付けられ確実に鉄道存続となる。

なお、計算式については「輸送密度[人/日]×365[日/年]×時間差[分]×時間価値[円]」で簡易的に算出。具体的な数値を当てはめると「2,144[人/日]×365[日/年]×(43-23)[分]×36.2円」で約5.7億円となった。特に時間価値については、富山市交通政策監で富山大学特別研究教授の中川大氏より「恣意性を排除するためにマニュアルで定めている値を用いることが望ましい」という助言を受け、マニュアル記載の全国平均値を用いて算出した。なお、筆者はこの資料をその後「余市駅を存続する会」に提供しており、このフォーラムの動画は会ホームページでも公開されている。

フォーラムの参加者からは「今からでも遅くない。定期的にこういったイベントを開催し鉄道存続の声を広げていくべきだ」という声が上がった。

小樽市のセミナーには市長や代議士も参加

7月8日、15日には、小樽市内を始めとした後志地方の経営者が主に所属する「小樽市倫理法人会」で、並行在来線廃止を問題提起するセミナーが開催され、筆者も登壇しこれまでの取材内容をお話しさせていただいた。

セミナーを主催した拝田昇会長は、「当初、並行在来線問題は小樽市民には関係ない問題だと思っていたが、話を聞けば聞くほど小樽市民に周知しなければいけない問題だと危機感を持ち開催を決めた」と話す。例えば、7時台の朝ラッシュ時には鉄道の代替便だけで10台以上のバスが必要になること。このバスが朝のマイカー通勤者で混雑する国道5号線に集中することになれば深刻な交通渋滞を引き起こすことは明白で、小樽市内の道路事情にも影響を及ぼすリスクも高い。こうなってしまえば、小樽も含めた余市や積丹など後志各地の観光地への客足が遠のいてしまうなど広域観光や経済活動への悪影響も懸念される。

セミナーは早朝6時30分からの開始だったにもかかわらず、小樽市のほか余市町や倶知安町などの経営者や議員を中心に約40人が参加。小樽市の迫俊哉市長、地元選出の中村裕之衆議院議員、おおつき紅葉衆議院議員のほか複数名の道議会議員や市町村議会議員の出席もあった。

中村裕之衆議院議員は、「国土交通省では、昨年2022年7月に『地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言』を発表しているが、なぜ道庁はこの発表を待たずに廃止の結論を急いだのか」。協議会では「数値も精査されていなければ、B/Cによる評価もされていない。さらにバス会社との交渉も行っていなかったことから、道庁に対しては不信感でいっぱいだと伝えている」と苦言を呈した。

倶知安町に事務所を置く市橋修治北海道議会議員によれば、地元バス会社から「ドライバーも整備士もいないのに鉄道代替バスの引き受けができるわけがない」という声が上がっているという。バス転換が難しいという話になれば「在来線の再活用も含めて協議をさかのぼって再検討しなければいけないのではないか」と長万部―倶知安―余市間のバス転換協議も難航していることを示唆する。

さらに、6月18日に5人が死亡した八雲町の国道5号線で発生した札幌発函館行の都市間高速バスとトラック正面衝突事故の話題に触れた参加者もおり「鉄道の廃止が進み北海道での交通手段が自動車交通一択となれば、道民はつねにこうした交通事故のリスクを抱えながら生活することになる」という不安の声も上がった。

取材に応じようとしない道庁関係者

道庁側の言い分も聞いてみようと、並行在来線対策協議会の座長を務めた柏木文彦元道交通企画監への電話取材を試みた。柏木氏は、2022年3月いっぱいで北海道庁を定年退職し、現在は公益財団法人の常務理事を務めている。

柏木氏に対し筆者は、「北海道の交通政策を決定する立場にあった柏木氏は、どのようなポリシーのもとに議論を主導したのか」という問いを投げかけたが、柏木氏は「私はすでに関与する立場にない」として、ノーコメントを貫いた。

筆者は、並行在来線対策協議会のずさんな実態などについてどのような考えを持っているのかなど鈴木直道知事に話を聞きたいと知事室秘書課にも以前から取材を申し入れているが、対応窓口とされた道政相談センターの西澤正所長から「鈴木知事はあらゆる事実確認にも応じない」と回答されたことは、2023年3月21日付記事(北海道新幹線「並行在来線」代替バス案の理不尽)でも触れたとおりだ。実はこのとき、知事室秘書課が最初に窓口としてきたのは道政相談センターの苦情処理担当者だった。「その対応は不誠実ではないか」と苦言を呈したところ、西澤所長に担当が変更となった。

廃線問題が浮上していた同じ北海道新幹線の並行在来線である函館―長万部間については貨物を維持する方向で結論が出されたが、そもそも同区間は日本の食糧安全保障や国防にもかかわる重要幹線である。にもかかわらず廃線問題が浮上すること自体が北海道行政の異常さを露呈している。これが北海道庁の実態だ。

(櫛田 泉 : 経済ジャーナリスト)