8月27日に行われた日田彦山線BRT「ひこぼしライン」の開業記念式典。左端で出発合図を送っているのはJR九州の古宮洋二社長(記者撮影)

8月最後の週末から週明けにかけて、日本の東西で2つの路線が相次いで開業した。まず26日土曜日、栃木県で「芳賀・宇都宮LRT」が運行開始。開業初日という記念すべき日の列車に乗るために全国から多数のファンが殺到した。賑わいの様子は多くのメディアで取り上げられた。

翌27日、九州では「日田彦山線BRT:ひこぼしライン」の開業記念式典が宝珠山駅(福岡県東峰村)で行われた。添田(福岡県添田町)―日田(大分県日田市)間を結ぶ全長約42kmの路線で、28日月曜日から営業運転を始めた。初日はどんな様子だったのか。

豪雨被災区間をBRT化

2017年7月の九州北部豪雨によりJR日田彦山線の添田―夜明(日田市)間が甚大な被害を受けた。同区間を含む田川後藤寺(福岡県田川市)―夜明間の輸送密度(1日1kmあたりの平均輸送量)は被災前の2016年度で299人。赤字ローカル線の廃止の目安とされる2000人をはるかに下回る。

当初、沿線自治体は鉄道での復旧を求めたが、JR九州は利用者が少なく鉄道での復旧後も十分な収支が見込めないとして、BRT(バス高速輸送システム)やバスなどほかの交通モードによる復旧を提案。結局、地元も鉄道での復旧は断念し、線路敷をバス専用道に作り替えてBRTとして整備することで、JR九州と2020年7月に合意した。全区間をBRT化するのではなく、沿線住民の利便性を考慮して一般道を走る区間と、速達性を重視してバス専用道を走る区間に分けることになった。

ひこぼしラインのバス専用道区間は全長約14kmで、従来の彦山、筑前岩屋、大行司、宝珠山という鉄道4駅(いずれも福岡県)に加え、彦山―筑前岩屋間に深倉駅が新設された。なお、棚田親水公園など周辺施設へのアクセス向上を目的に筑前岩屋―大行司間に棚田親水公園駅を新設する計画もあったが、利便性や通路整備などの課題があることから沿線自治体の東峰村が設置中止を申し出、2023年2月にこの新駅設置計画は取りやめとなっている。

添田―彦山間(約8km)および宝珠山―夜明―日田間(約20km)は一般道を走る。病院などの施設に停車するほか、高校生の通学時間帯となる朝夕は高校の前にも停車する「高校ルート」も設けるなどして利便性に配慮、31駅を設置した。

ひこぼしライン全体では36駅となり、鉄道時代の12駅から比べれば3倍となる。バスの機動性を生かして運行本数も鉄道時代の1.5倍になった。一方で、駅数の増加に伴い、添田―日田間の所要時間は鉄道時代の約56分から1時間半強に延びた。

運行開始日の初便に乗る

車両は新型の小型EVバス4台と中型ディーゼルバス2台が使われる。小型バスの定員は25人(座席数17)。高校生の通学時間帯には乗り切れない客が出る可能性があり、立ち客含め50人程度が乗れる中型バスも導入した。このほか、2023年秋から水素を活用した燃料電池バスの実証運転が行われる予定だ。


ひこぼしラインで運行される小型のEVバス(記者撮影)


中型のディーゼルバスも2台導入した。翌28日には「ひこぼし1号」として運行(記者撮影)

営業運行初日の28日、添田駅を朝6時25分に出発する始発便「ひこぼし1号」に乗車した。前夜には駅前で「BRT開業前夜祭」が催され、大勢の人で賑わったと聞く。始発便にもファンが押し寄せて乗れないかもしれないと考え、発車1時間前の5時20分頃に添田駅に到着した。

だが、駅にいたのは開業の準備作業をしているひこぼしラインのスタッフのみで、一般客はゼロ。5時半すぎからぽつりぽつりと客が集まり、5時59分に田川後藤寺方面からの1番列車が到着すると、この列車から下りた人たちがバス待ちの列に加わり、ようやく10人程度の列ができた。

6時20分過ぎに「やまなみカラー」と呼ばれるグリーンの外装をまとった中型バスがやってきた。ひこぼし1号だ。乗車したのは11人。6時25分、田川後藤寺駅長による「出発」の掛け声とともに、ひこぼし1号はクラクションを鳴らして出発した。沿道では近隣住民やスタッフたちが手を振って見送った。


ひこぼしラインのバス車内。床は木目調、シートのモケットも各車両で異なるデザインだ(記者撮影)

「ご乗車ありがとうございます。このBRTは高校ルート経由、日田行きです」。車内アナウンスは淡々としており、今日が開業初日であることへの言及はなかった。出発したバスはわずか1分で次の駅「畑川(医院前)」に到着した。駅といっても、どちらかというとバスの停留所に近い。だが、バス停でよく見られる道路沿いではなく、病院の玄関前に駅が設置されており、病院を利用する乗客に優しい配慮だ。

始発便のせいか、下車する客はない。どの駅でもバスを待つ人はおらず、バスはすいすいと走る。彦山駅でようやく1人下車した。

いよいよ専用道区間に

彦山からバス専用道に入る。いよいよBRTの名前の由来である「高速輸送」の本領発揮だ。信号はなく、途中で道路と交差する個所には踏切がある。運転手がレーザーポインターの光を遮断機に当てると瞬時に遮断機が上がって車両が通過した。長いトンネル内は時速50kmで疾走する。


BRTの専用道。宝珠山から大行事方面へ(記者撮影)

ここまで、途中駅から乗車した客はいなかったが、筑前岩屋駅でようやく高校生2人が乗り込んできた。次の大行司駅でも6人の高校生が乗車した。福岡と大分の県境にある宝珠山駅から一般道に入った後も、どの駅でも高校生が乗り込んできて、北友田駅出発時点で車内の人数を数えたら28人いた。車内の座席はほぼ埋まり、立っている高校生もいた。あちこちで高校生たちが楽しげに会話する様子はまさに日常の通学風景だ。

高校ルートに入り、昭和学園前に着いたのは8時ちょうど。時刻表では7時50分着なので10分遅れだ。この駅と次の日田市役所前ですべての高校生が下車して再び車内は閑散となった。

ひこぼし1号は8時10分に日田駅に到着した。到着時のセレモニーのようなものはなかった。本来は8時03分着なので予定より7分遅れ。彦山に停車したあたりから少しずつ遅れ始めていた。

道路で渋滞に巻き込まれたわけではないし、乗降客がものすごく多かったわけでもない。おそらく運賃収受に時間がかかったためだろう。下車する際に新たに導入された「スマホ定期券」など自分が持つ定期券が有効か確認している高校生がいたし、一般客が鉄道とひこぼしラインを乗り継ぐ場合、降車時の手続きにひと手間かかる。BRT区間のみの乗車なら交通系ICカードが使えるが、下車時に運転士が整理券を見て運賃を確認する必要がある。まあ、運行初日だから仕方がない。慣れてくればもう少しスムーズな運賃収受が可能になるはずだ。

平日に開業した理由は?

それにしても、記念すべき始発便にもかかわらず、芳賀・宇都宮LRTのように大勢の鉄道ファンが乗車しなかったのはなぜだろう。運行初日が平日ではなく、土休日だったら全国からファンがやってきたかもしれない。


ひこぼしラインの開業記念式典は運行開始の1日前、8月27日に開いた(記者撮影)

なぜ平日の開業となったのか。その理由は1日でも早く運行を開始したかったという点に尽きる。沿線には8月中に新学期がスタートする高校もある。土休日を待つために9月に入ってしまっては、通学客に不便を強いてしまう。そもそも、JR九州は当初「2023年夏開業」としていた。その点でも8月中に開業したかったわけだ。

だったらもっと早く準備を進めればよかったのだが、そうもいかなかった。BRTでの復旧が決まったのは2020年7月。準備期間はわずか3年だ。開業日が決まったのも今年4月に入ってからだ。

そこへ今年7月の記録的な大雨が追い打ちをかけた。豪雨の影響でバス専用道の築堤が崩れるなど被害が発生した。ただ、JR九州は「開業スケジュールを遅らせるわけにはいかない」として、復旧に努めた。工事完了後、訓練運転は予定どおり行ったが報道向け試乗会などの企画は中止となり、ぎりぎりで間に合ったという。

始発便は高校生の通学利用でにぎわったひこぼしラインだが、地域住民の足としてだけでなく、観光振興としての役割も期待される。27日の開業記念式典で、福岡県の服部誠太郎知事は「沿線は風光明媚でおいしい食べ物もたくさんある。多くの観光客を呼び込みたい」と述べた。

ひこぼしラインのバス専用道には「めがね橋」と呼ばれる高架の上を走る区間があり、車窓から約400枚の石積みの棚田が一望できる。「日本棚田百選」にも選ばれたこの棚田を抱える東峰村の眞田秀樹村長は、「BRTから下りた後に東峰村で何をして楽しむかという仕組みを整えたい」と意気込む。添田町の寺西明男町長は、「東峰村や日田市と連携すれば、1〜2日かけていろいろな体験ができる面白いエリアになる」という。


BRT専用道区間の「めがね橋」。筑前岩屋ー大行事間に架かる3つの橋のうちの1つ(記者撮影)

JR九州の古宮洋二社長は、「地元の人が利用できる武器は整った。あとはわれわれがいかに宣伝して乗っていただくか」と話す。2024年4〜6月には福岡・大分両県を舞台としたJR全体の大型観光促進企画「デスティネーションキャンペーン」が開催される。当面はこの時期に向けてさまざまな施策が行われる。

被災路線BRT化のモデルケースに?

被災鉄路のBRT転換は、東日本大震災の津波で線路などが流失したJR大船渡線、気仙沼線に続いて全国3例目となる。そして、九州では2020年7月の豪雨で被災したJR肥薩線・八代(熊本県八代市)―吉松(鹿児島県湧水町)間の約87kmキロで不通が続く。


ひこぼしライン開業前に走っていた日田彦山線の代行バス(記者撮影)

もしひこぼしラインが成功すれば、肥薩線などの被災路線をBRT転換する際のモデルケースとなるのか。この点について、超党派の福岡県議会議員や民間企業、団体で構成する「九州の自立を考える会」の藏内勇夫会長は、「ほかの地域でBRTが最適かどうかはわからないが、この地域ではBRTは必ず大きな力を発揮してくれる。それは1つの手本になる」と自信を見せる。

一方、古宮社長は「ローカル線はそれぞれに特徴があり、その特徴に合わせたいろいろな形がある。日田彦山線はその特性に合わせて良いBRTができた」と、肥薩線への明言は避けた。ひこぼしラインをいかに軌道に乗せるか。そして肥薩線をどのように復旧するのか。JR九州にとって気の抜けない日々が続く。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)