偏った子育てにはどのようなリスクがあるのか。犯罪心理学者の出口保行さんは「親が高圧的に偏りすぎた場合、子どもは指示待ちに陥ってしまう。闇バイトに手を染める非行少年たちは、このタイプが多い。彼らはそれが犯罪であるという疑念を封じ込め、指示通りに生真面目に実行する」という――。

※本稿は、出口保行『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(SB新書)の一部を再編集したものです。

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■自分の劣等感を子どもに負わせる親

子どもからしてみれば、親の劣等感を補償する役割を負わされ、できなければ否定されるなんてたまったものではありません。そもそも、親自身ができなかったから劣等感になっているのです。子どもに対しては「できなくてはダメ」というのはおかしいですね。劣等感をどうにかしたいなら、自分で何とかしてください、と言いたいところです。

しかし、なかなか簡単には解消できないのが劣等感です。どうすればいいのでしょうか?

ある芸人さんは、子どもの頃、大きな劣等感を抱えていたそうです。それは、家が貧乏なこと。両親に生活力がなく、教科書や文房具を買うお金にも困っていました。

とくに、ボロ家が恥ずかしくてたまりません。屋根は隙間だらけで雨漏りします。だちに見られたくないので、学校からの帰り道は友だちから距離をとって歩いていました。

しかし、彼は高校入学後に変わります。多様な価値観を持つ友だちができたことで、ひっそりと隠れるように暮らしていたことを逆に恥ずかしく思ったそうです。

隠すのではなく、自分をさらけ出そう。そして、人を楽しませよう。そう思った彼は国立大学に進むと同時に、お笑いの勉強も始めます。そして大学卒業後に人気芸人になったのです。いつも陽気に振る舞う彼に、かつてそんな劣等感があったとは思いもよりませんでした。

■劣等感を持ち続けると生きにくさにつながる

この話で注目したいところは、彼自身がありのままの自分を認めるプロセスです。

「自分は貧乏であることが恥ずかしい。でも、そんな自分でもいいのだ」と思ったから、ポジティブに変換していくことができました。

もし、劣等感を認めることができず、隠そうとばかりしていたらどうでしょうか?

劣等感の原因に対して、怒りや不満といった負の感情を持ち続けることになります。「貧乏は悪だ」という思いから、過度にお金に執着したり、貧しい人を軽蔑したりと、偏りも出やすくなります。学歴やスポーツ、芸術、見た目なども同じです。

劣等感、コンプレックスは誰でも大なり小なり持っているものです。それをネガティブなものとして心の中に持ち続ければ、生きにくさにつながります。

■そのままの自分を受け止める

大事なのはありのままの自分を受け入れることです。学歴なら、たとえば「大学に行けなかった自分」を認め、「大学に行けなかったことを悔しい、恥ずかしいと思っている自分」を認めます。ああ、自分はこれに劣等感を持っているんだなと、そのまま受け止めればいいのです。これを「自己受容」と言います。

子どもに対して高圧的になりがちな人は、まず、「自分はどんな劣等感やコンプレックスを持っているのだろうか?」と考えてみてほしいと思います。

そして、受け入れる努力をすることです。認めたくないという気持ちが湧き上がってくるかもしれませんが、認めて大丈夫です。認めたからといって誰かに貶(おとし)められることはありません。「ああ、こんな劣等感を持っていたのだなぁ」と思うだけでいいのです。それだけで大きく違います。

劣等感は必ずしも悪いものではありません。劣等感は頑張って何か行動を起こそうとするときのエネルギーやバネになります。同じように劣等感を持つ人の気持ちがわかり、思いやることもできるでしょう。周りから見れば、そのコンプレックスが魅力になることもあります。

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劣等感がなく、優越感ばかりだったら……と考えてみてください。そちらのほうが怖いですよね。

■成功ママのやり方を真似するリスク

子どもの能力を最大限に伸ばすことは親の務めであり、子どもの自主性にまかせるのではなく、親が必要なものを見極めてやらせるべきだ、と考える人もいます。こういった信念のもとでは、高圧的な子育てに傾きます。

たとえばこんなふうに親が学習を設定し、管理しているとします。

「毎日、ドリルを5ページ分やる。読書は1時間で、英語の本を読む時間を必ず入れること。ピアノの練習は30分。そのほか課題を設定して、クリアするまで頑張らせるようにしています」

それで本当にうまくいっているのならいいと思います。子どものタイプもそれぞれで、親が設定する目標にうまくのっかりながら、「自分はこれだけ頑張って来たんだ」と自信をつけていく子もいます。スパルタ式の教育法で大きく力を伸ばす子だっているのです。実際、スパルタ式教育が有名な中国では、それにより多くのエリートが輩出している面もあるでしょう。

ただ、すべての子に合うわけではありません。高圧的に偏れば、いずれどこかに問題が出てくるほうが普通です。成功談にまどわされないことです。子育ての成功談は、1つのケースであって、みんなに当てはまるものではありません。

「この成功したママみたいに、課題を設定してやらせたほうがいいのかな。やらせるためには多少高圧的になるのもやむをえないな」などと思う必要はないということです。

■指示待ち人間が陥ってしまう闇バイト

「〜しなさい」と命令して人を動かすのはラクです。

子どもに対して「〜しなかったら鬼が来るよ」「〜できなければ食事抜きだよ」などと恐怖を与えてやらせるのは、簡単です。しかし、それでは子ども自身の主体性が育まれません。自主的に判断して動くことができない子になってしまいます。

主体性が低ければ、社会でやっていくのは難しいと言わざるを得ません。いまの時代、いわゆる「指示待ち人間」を歓迎する職場はまずありません。

本書で紹介している大学生のトモヤは、闇バイトを通じて特殊詐欺に加担することとなりました。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/towfiqu ahamed

犯罪だとわかっていながら、躊躇せずにやりました。指示された通りに動くだけ。

それは、「息子にはいい大学を卒業して大企業に就職しでほしい」と願う父親が勉強面だけにとどまらず、着る洋服や食べるものに至るまで、指示を出してくるという家庭環境で育ったトモヤにとって馴染みのあることです。指示されたら、何も考えずにその通りにすればいい。「それは本当に正しいのだろうか?」という疑念を封じ込め、命令に従いました。

■普通のバイトがつとまらず闇バイトで捕まる非行少年たち

こういった闇バイトで捕まる非行少年たちは、多くは自立が難しい子です。普通のバイトがつとまらず、現状を打開するような策を考えることもできません。指示通りに動くことはできるし、ある意味真面目なのですが、それだけでは社会生活ができないのです。

子どもに対して支配的で親の言う通りにさせようとする「高圧型」に傾きがちな親は、なるべく命令口調をやめるよう意識してみることです。

「〜しなさい」と言わずに、伝えるにはどうするか考えるのです。命令口調をやめようとするだけでも、発見があるはずです。

もちろん、子どもに「〜しなさい」「〜してはいけない」と命令すべきときはあります。安全に関することがそうです。

「道の端を歩きなさい」
「赤信号を渡ってはいけない」

身体、生命の安全を守るためですから、本人に考えさせる必要はありません。しっかり伝えて、守らせなければなりません。

また、社会規範については命令口調で伝えていいでしょう。

「人の物を勝手に盗ってはいけない」
「順番を守りなさい」

これらは本人の判断能力や倫理観が育つ前に、親が教えるべきことです。

文部科学省の発達段階には、小学校低学年の時期は「大人の言うことを守る中で、善悪についての判断や理解ができるようになる」とあります。小学校入学前くらいから低学年の頃は、安全のためのルール、社会規範をとくに意識して伝えることが大切です。

■命令せずに伝える方法がある

この時期は誰でも多少、高圧型に寄るのではないでしょうか。たくさんのルールを教えていく中で「早く宿題やりなさい」「忘れ物がないように確認しなさい」「あれをやりなさい、これをやりなさい」とついガミガミ言ってしまうのです。

ただし、安全に関することと社会規範以外は、命令せずに伝えられることです。

「宿題はいつやる? 丸つけするから、できたら教えてね」
「明日の持ち物を一緒に確認しようか。特別な持ち物はないかな?」

忙しくて毎回そんなふうに言っていられないんですよ……という声が聞こえてきそうですが、ときどきでもいいから子ども自身に考えさせたり、一緒に考える姿勢を見せたりすることが大事です。

写真=iStock.com/Hakase_
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■わが子を指示待ち人間にしないためには

命令を待たず、子ども自身が、主体的に動けるようになるにはどうしたらいいでしょうか?

アメリカの心理学者アトキンソンは、達成動機理論を提唱し、目標達成について説明しました。「達成動機」とは、目標を達成したいという前向きな気持ちのことです。

達成動機の高い人は、「努力すれば成し遂げられる」という想いが強く、課題に対して果敢に取り組むのが特徴です。

一方、失敗を回避したいという後ろ向きな気持ちが「失敗回避動機」です。失敗回避動機が高い人は、自分には到底できないだろうという気持ちが強く、チャレンジすることができません。

人はみな「達成動機」と「失敗回避動機」の両方を持っています。ただ、どちらが強いかで物事への取り組み方が変わります。

高圧的な子育てをすると、子どもの「失敗回避動機」が強くなります。親の言う通りに物事を行わなかったときの罰をおそれて、行動することが普通になっているからです。また、親の要求が過度であるほど失敗する確率が高くなり、成功体験を積むことができません。ますます「自分にはできない」という気持ちが強くなります。

失敗しても、それを前向きにとらえることができればいいのですが、罰が与えられるような環境ではそれどころではないでしょう。

■大切なのは「やってみたい気持ち」を応援すること

「達成動機」を高めるには、内発的な動機付けが重要です。失敗したら罰を与えるのも、成功したら報酬を与えるのも外発的な動機付けです。「テストに合格したら、ほしいものを買ってあげる」というのもたまにはいいですが、達成動機は高まりません。

出口保行『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(SB新書)

本人の好奇心を満たしたい気持ちや、成長したい欲求が内発的な動機付けにあたります。「やってみたい気持ち」が何より大事なのです。

本来、子どもは好奇心が旺盛で何でもやってみたいと思うものです。大人になるにつれ失敗を恐れるようになりますが、子どもの頃は失敗よりもチャレンジのほうに意識が向いています。

ですから、親は子どもの「やってみたい気持ち」を応援することです。好奇心を持って何かに取り組む様子を見つけたら、それを肯定します。

「すごいね」
「ナイスチャレンジ」

このように、認めるだけでも応援になります。あるいは途中経過を見て、「おっ、やっているね」だけでもかまいません。結果がどうであれ、チャレンジ自体を応援することで、子どもの達成動機は高まっていきます。

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出口 保行(でぐち・やすゆき)
犯罪心理学者
1985年、東京学芸大学大学院教育学研究科発達心理学講座を修了し同年国家公務員心理職として法務省に入省。以後全国の少年鑑別所、刑務所、拘置所で犯罪者を心理分析する資質鑑別に従事。心理分析した犯罪者は1万人超。その他、法務省矯正局、(財)矯正協会附属中央研究所出向、法務省法務大臣官房秘書課国際室勤務等を経て、2007年法務省法務総合研究所研究部室長研究官を最後に退官し、東京未来大学こども心理学部教授に着任。2013年から同学部長を務める。著書に『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(ともにSB新書)がある。
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(犯罪心理学者 出口 保行)