フリーダムドアと呼ばれる後ろヒンジのドアは乗降性も高い(写真:Ferrari SpA)

フェラーリ初の4ドアモデルで、リムジンのように後席が使える「プロサングエ」。2022年9月にイタリアで実車を見て以来、ついに2023年2月終わりに試乗がかなった。

フェラーリにとっては画期的なモデルである。市場による4ドアの要求に初めて応えた結果であり、しかし同時に、「これはスポーツカー」とフェラーリでは断言するのだ。

4人がゆったり乗れる4ドアモデルは、スポーツカーメーカーも無視できない市場のようだ。ポルシェは「パナメーラ」、ランボルギーニは「ウルス」、アストンマーティンは「DBX」などを送り出している。

フェラーリはこれまでに4人乗りモデルを手がけたことがある。「465GT4・2+2」(のちに400そして412)や「612スカリエッティ」、そして「FF」や「GTC4ルッソ」といったモデルだ。

4ドアは、かつて計画にはあがっていた(創設者のエンツォ・フェラーリも欲しがっていたとか)が、スポーツカーとして認められる性能が実現できずお蔵入りになっていた。

「家族で乗れる4ドア」のフェラーリ

世界中のフェラーリファンから、それでも、「家族で乗れる4ドアが欲しい」と強い要望が寄せられていたとかで、それに応えてプロサングエがようやく登場。

全高が1.6メートルちかくある、4ドア4人乗りのプロサングエ。従来の4人乗りとあきらかに一線を画するのは、”ちゃんと”4人のおとなが快適に乗っていられるところだ。

「SUVと呼ぶひともいますけどネ」と、私が会ったフェラーリの関係者は前置きしつつも、「でも、私たちはプロサングエをスポーツカーと呼んでます」ときっぱりと言っていた。

フェラーリがプロサングエをスポーツカーと呼ぶのは、「操縦性能ゆえ」と、技術開発部門を統括するジャンマリア・フルゼンツィ氏は教えてくれたことがある。

「それは、アクティブサスペンションが実現できたから。48ボルトの電気モーターとダンパーを組み合わせて、コーナリングでも理想的な重心高を実現できるシステムです」

ダイナミックセンサーを使った「ABS evo」という、車体の動きをセンシングするシステムを搭載。

これに、マルチマチック社の48ボルトシステムで動く電気モーターを使う「トゥルーアクティブスプールバルブ」とダンパーが組み合わされたのがアクティブサスペンションだ。


ボディサイズは、全長4973mm、全幅2028mm、全高1589mm(写真:Ferrari SpA)

ロールセンターを最大10ミリ、アクティブに下げることができ、コーナリング性能を最大化できるのが特長、とフェラーリでは説明。車体のロールとピッチを抑え、車輪の接地性も確保する。

近年のフェラーリの4人乗りモデルは、2011年のFF、2016年のGTC4ルッソ以来。こちらには、12気筒に4WDのGTC4ルッソと、8気筒ターボに後輪駆動のGTC4ルッソTがあった。

プロサングエは、基本的なドライブトレインのレイアウトは、12気筒のGTC4ルッソと同様。

ボディ全長が約5センチ長くなり、ホイールベースが約3センチ長くなっただけで、6.5リッター12気筒と4WDシステムを搭載しながら、広い後席空間を実現してしまった。

12気筒以外のエンジンは用意されない

「ほかのエンジンの予定はありません」とフェラーリの首脳はきっぱり。12気筒で4WDでも、アクティブサスペンションや制御システムによって、望むとおりのスポーツカーになる、というわけだ。

フェラーリがテストドライブの舞台に選んだのは、イタリア北東部ドロミーティ。オーストリア国境も遠くない。標高3000メートル級の岩山が地面から隆起しているような印象的な景観だ。

フェラーリでは当初、ドロミーティの雪道で、4WDシステムと4輪操舵をそなえるプロサングエの試乗を、と考えていたそうだが、暖冬のせいで一般道には積雪はほぼなし。

まあ、おかげで、乾いた路面の屈曲路でのドライブを楽しむことができた。ものごとにはいい面と悪い面がある、という好個の例かなと思ったりした。

プロサングエの印象をひとことでいうと、すばらしく乗りやすい、というものだ。たしかに、その気になれば速い。静止から時速100キロまでわずか3.3秒で加速するほどだから。

いっぽうで、どんな道でもすいすいと走れてしまう。ドライブしている私は、車両との一体感をつよく味わえる。よくできたスポーツカーそのもの。

ヘアピンカーブを短い直線が結ぶドロミーティの屈曲路では、カーブの手前でよく利くうえにフィールがよいブレーキで制動をかけたあと、軽く加速しながら操舵すると軽快に曲がっていく。

カーブの出口手前で加速すると、猛烈なダッシュも可能。一瞬で「え?」と思うような速度が出るが、ステアリングホイールを通して感じる車両の動きはビシッと安定している。


アッパーボディ(青い部分)がホイールアーチの上に浮いているような印象のボディデザインとフェラーリ(写真:Ferrari SpA)

クルマに振り回されることなく、自分のペースで楽しめるクルマ。それがプロサングエのクルマづくりのコンセプトと聞いた。それも事実で、ゆったりと走れば快適そのもの。

4WDのシステムは、GTC4ルッソ(2016年発表)のシステムを改良したものという。8段ツインクラッチ変速機の4速まで4WDで、5速から上は後輪駆動になる。

エンジンより前にパワートランスファーユニット(PTU)を配置し、センターデフはもたない独自の4WDシステムは、GTC4ルッソで開発された 「4RM-S」なるもの。

プロサングエでは、 「4RM-S」がさらに進化し、プラグインハイブリッドスポーツのSF90ストラダーレの4WDシステムで開発された制御ロジックが採用されている。

「4RM-S」のメリットはなにか。

前後のトルク配分を制御することで加速時のホイール空転を最適化して、最⼤の性能とドライバビリティを実現すること、とフェラーリではしている。


フロントにはトルクベクタリング、リアにはE-Diff、さらに4WSで4つの車輪を制御して最適なヨーモーメントを作るという(写真:Ferrari SpA)

後輪操舵システムもGTC4ルッソから進化

このオンデマンド型4WDシステム(PTU)の特に重要な機能は、後輪がグリップ限界に近づいたときに前輪にトルクを送ることで低中速コーナーでの駆動力を引き上げること、と説明される。

さらにもうひとつ、プロサングエの後輪操舵システムも、GTC4ルッソから進化している。いや、進化というか、別もの。後輪を左右個別に操舵する812コンペティチオーネのシステムを搭載。

「(後輪が前輪と同じ方向を向く)同位相で1度以下、パーキングスピード(逆位相だろう)で3度ていどの操舵角」とフェラーリの技術者が教えてくれた。

プロサングエの後輪操舵システムの恩恵は、おそらくサーキットでないと十分に感じられないだろう。

室内の居心地は、かなりよい。スペース的には充分だし、ヘッドレストレイントが組み込まれた、バケットタイプのハイバックシートのホールド性は抜群。

クッションはやや硬めで、とくに後席は、レッグルームもヘッドルームも余裕があり、リムジン的に使えるだけに、もうすこしクッションがソフトでもいいかもと思った。

大きなグラスサンルーフがはめこまれていて、後席に乗ったときは、ドロミーティの岩山の威容をぞんぶんに楽しめた。

もうひとつ感心したのは、オーディオ品質の高さ。メルセデス・ベンツなどでおなじみの高級ブランド、ブルメスターがフェラーリ用に21のスピーカーを使った3Dサウンドシステムを開発した。

これまで、フェラーリで音楽を存分に楽しんだ経験は私にはなかったし、フェラーリだからエンジン音を聞いていればいいか、なんて思っていた。が、「ぜひお聴きなさい」と強く勧められた。

はたして、ハードディスクにおさめられた現代のロックとソウル(ラップ含む)の音源が、きれいな音で、フロントから飛び出してきたのにびっくり。

低音もしっかり出るうえにひずみが感じられない。音が前から聞こえるのは、JBLのようにステージの音場を再現するというポリシーゆえだろうと推測。

この点でも、プロサングエはあたらしいフェラーリだ。


最高出力は533kW@7750rpmで、最大トルクは716Nm@6250rpm(写真:Ferrari SpA)

すべてがすでに売約済み

ただし……どんなにプロサングエがいいクルマでも、いまから買うことはかなりむずかしそうだ。一説によると、将来まで含めた生産計画にある車両はすべて売約済みだとか。

ドロミーティにおけるフェラーリの担当者たちとの記者会見で「買えませんよね」とオーストラリアから来たジャーナリストが挙手して質問。

フェラーリのマーケティング担当者の答えは「これは限定モデルではありません」というものだった。

私の興味は、プロサングエで新しい市場を開拓し(すでにFFやGTC4ルッソであるていど手応えはつかんでいると思うけれど)これからも同じ路線に新型車が出てくるか、というもの。

その質問にはちゃんと答えてもらえなかった。燃費がリッター5.7キロのプロサングエ。V12モデルとしては悪くないけれど、それでも、数を作ると、欧州委員会の燃費規制にひっかかりそう(罰金)。

このあと、4ドア4人乗りの市場は、フェラーリにとって重要なはずだ。燃費のいいパワートレイン搭載のモデルが登場しても不思議ではない。

ただし、プロサングエの台数比率は全生産台数の20パーセントを守るとフェラーリ。

「この手のクルマばかり売れてしまっても問題」(マーケティング担当者)という本音(?)もちらりとあるようだ。

これからも、驚くような新型車が出てきても不思議ではない。いま自動車業界は地殻変動に見舞われている時代である。プロサングエはその先触れのようにも思える。


アクティブサスペンションは車体のロール制御やうねりの大きい路面でのタイヤの接地性を確保する(写真:Ferrari SpA)

Specifications
Ferrari Purosangue
全長×全幅×全高 4973x2028x1589mm
ホイールベース 3018mm
車重 2033kg
6496cc 65度V型12気筒 4WD
出力 533kW@7750rpm
トルク 716Nm@6250rpm
変速機 8段ツインクラッチ
価格 4760万円


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(小川 フミオ : モータージャーナリスト)