中国は、実質GDPでアメリカに次いで第2位の経済大国となった。しかし、急速な高齢化などによりその成長には陰りが見えているという。国際ニュース週刊誌『ニューズウィーク日本版』が、その背景を解説する――。(第1回/全3回)

※本稿は、栗下直也、ニューズウィーク日本版編集部『くらしから世界がわかる 13歳からのニューズウィーク』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

イラスト=徳永明子
栗下直也、ニューズウィーク日本版編集部『くらしから世界がわかる 13歳からのニューズウィーク』(CCCメディアハウス)より - イラスト=徳永明子
中国アメリカと並ぶ世界の超大国です。「中国が風邪をひくと世界が風邪をひく」ともいわれるほど。原動力は中国共産党による支配と14億人を超える人口です。しかし、広大な土地をひとつの党が治めるのは簡単ではありません。また、「若い人が多い国」という印象があるかもしれませんが、国全体の高齢化が急速に進んでいます。

■国が情報をコントロールする

【ジョンソン】いやぁ、とても困りましたよ……。

【うめ】どうしたの、ジョンソンさん。中国出張は楽しかった?

【ジョンソン】CM撮影は順調でした。ところが次のイメージキャラクターを務めるタレントさんについて調べようと、インターネットで検索してみたら、うまくヒットしないのですよ。うっかりしていました。

【うめ】えっ、あれってほんとうなのね。中国ではネットから情報が削除されてしまうことがあるんでしょ? ある日突然、中国のインターネット上から、特定の芸能人の名前がいっさい消えてしまったって話題になってたことがあったわね(※1)。

【ジョンソン】そうなのです。動画配信サイトで名前を検索してもなにも出てきませんでした。中国版ウィキペディアで作品を調べてみても、出演したことがわからないように、名前が「――――」と表示されるんですよ。中国政府はなにが理由なのか公表していません。

【彦】えっ、でもさ、そんなことしてみんな怒らないの?

【うめ】あら、彦、そこが中国の怖さでもあり、強さなのよ。中国では政府が決めたことが絶対なの。

【彦】ええええ、なんでよ??

■一党独裁による意思決定の速さ

【うめ】日本の社会なら、いろいろな意見を持つ人たちがいて、その人たちがそれぞれ仲間をつくり、政治にたずさわるわよね。自民党や立憲民主党などの政党ね。でも、中国は共産党ひとつしかないのよ。

【彦】なんか、それは窮屈なんじゃないの?

【うめ】そうとも限らないわ。いちいちみんなで議論しなくて済むから、なんでもすぐに決めることができる。だから、変化に対応するスピードが早いのよ。日本のような民主主義国家に住む私たちは、みんなで話し合って決めるほうが、ひとりが勝手に決めるよりよいと考えているわね。でも、100年後にはどうなっているかわからないわ。

【彦】たしかに、中国が最近めちゃくちゃ発展していることは事実だもんな。

【ジョンソン】そうです、ほんとうにすごいですよ。北京や上海といった中国の大都市は、高層ビルが建ち並び、日本よりもずっと近未来的です。高級ブランドを身に着けた人も多かったですね。

【うめ】国がどれだけ稼いでいるかを示す指標を実質GDP(国内総生産)というの。GDPだと、中国アメリカに次いで世界2位なのよ。すごいのはその伸び率ね。20年前の6倍になっているの。日本と比べても、いまでは約2倍よ。

【彦】そうなると、中国は14億人も人口がいるし、これからも世界でますます存在感が増すんだろうね。

※1 たとえば、映画『レッドクリフ』などにも出演したヴィッキー・チャオ(趙薇)に関する情報は、2021年8月、中国のインターネット上から突然すべて消えました。

■2040年には老人の人口が倍増する

【うめ】それがそうとも限らないのよ。中国の人口は今後もどこまでも増えるようなイメージがあるかもしれないけど、国連の推計によると、2023年にはインドに抜かれるそうよ。2030年代には減少しはじめるらしいわ。

【彦】ええ、人口が減るの? たしか30年以上続いていた「一人っ子政策」(※2)が廃止されたと聞いたけどな。子どもをひとり以上産めるようになれば、人口は増える気がするけれど。

【うめ】そのとおりなんだけど、それでも大幅には伸びないと国連は予測しているわ。なぜなら、一人っ子政策が実はそれほど徹底されてこなかったのよ(※3)。

【ジョンソン】そのとおりです。それに、台湾やかつての香港を見てもあきらかですけど、子どもがどのくらい生まれるかは、国の政策よりも経済の発展度合いが大きいですから。経済が豊かになると、みんなそこまで子どもを産まなくなるのです。これまでの「一人っ子政策」とこれからの少子化で、中国は他の国以上に高齢者の増加が大きな問題になるでしょう。

【うめ】ジョンソンさんがいうように、生まれる人口に制限をかけていた中国は急速に高齢化が進むわね。国連によると中国の65歳以上の人口は足下では約1億9000万人だけど2040年には3億6000万人に倍増すると予測されているそうよ。3億人の高齢者がこの地球上に存在するかつてない世界が生まれることになるわねぇ。

【彦】それはちょっと信じられない規模だね。

【うめ】一方、働く人口は9億8000万人から約8億6000万人と1割以上落ちこむの。働く人口が増加するのを前提にして、モノを安くつくって国内外に売るという成長モデルは成り立たなくなるわね。中国は安く働ける人がたくさんいることをアピールして、日本などの外国企業を呼びこんできたからね。国民全体に占める高齢者の割合は13.7%から26.2%まで急上昇する見込みよ。

■労働人口の減少で海外に目を向ける中国

【ジョンソン】そうですよね。人が減れば、働く人も確保できません。そうするとモノを安くつくれませんし、モノを買う人も減ります。中国では、すでにマンションが余っているともいわれています。

【うめ】中国では国が建設ブームをつくりあげて、そこで多くの人に仕事をつくって、消費を促してきたからね(※4)。高速道路、下水道設備など、将来、必要となる見込みよりも多いインフラが、すでにできあがっているわ。

【彦】それならば、今後どうするの? 中国は。

【うめ】だから、いま、近くの新興国やアフリカとの関係を強化しているわねぇ。国内の代わりに、海外でモノやサービスをつくって、売ろうとしているのね。これは「一帯一路」と呼ばれ、中国から陸と海の両面で、ヨーロッパまでの地域を経済圏に収めようとする壮大なプロジェクトよ。

※2 1979年から続いていた「一人っ子政策」の廃止で、2016年からすべての夫婦が子どもをふたりまで持てるようになりました。ただ、政策廃止の効果は少ないと見られています。すでに、中国政府は2013年に夫婦のどちらかが「一人っ子」であれば、ふたり目を認める緩和策を打ち出していました。中国メディアによると、対象の1100万組の夫婦のうち、第2子出産を申請したのは13%前後にとどまりました。教育費の高騰や晩婚化が背景にあるとみられています。
※3「一人っ子政策」には「抜け道」がありました。たとえば、香港で生まれた子どもには香港の永住権があたえられたので、かつては「一人っ子政策」が適用されませんでした。ですから、「ふたり目」を望む富裕層の女性が香港で出産するケースは珍しくありませんでした。また、「いちどの出産でふたり産むなら許される」と、排卵誘発剤を使って双子を産もうとする事例も少なくありませんでした。
※4 地方政府や国有企業の借金を急増させ、地価が急上昇しました。中国の全住宅の1割超が投資目的で所有されていて、電気の契約すらしていない物件も少なくありません。将来のバブル崩壊を懸念する声もあります。

■人口の多さと広大な国土は「もろ刃の剣」

【彦】でもさ、共産党一党しかないといっても、そのなかの偉い人は変わるわけでしょ。日本でも首相が変われば少しは政策も変わるじゃない。そんなに時間がかかりそうな大きなプロジェクトがうまくいくのかな?

【うめ】中国共産党でいちばん偉い人は「総書記」ね。中国では総書記が、国のトップである「国家主席」を兼ねることになっているわ。総書記には任期はないけれど、国家主席は「2期10年」と任期が憲法に定められていたのよ。それに従えば、いまの国家主席の習近平(しゅうきんぺい)(シーチンピン)さんの政権は2023年までということになっていたわ。でも、習近平さんは憲法を改正して、国家主席の任期を撤廃してしまったの。習近平政権が憲法を改正したり、政敵を排除したり、権力の集中を進めるのは、もともと支持基盤が弱い、つまり味方が少なかったからだともいわれているわねぇ。

【ジョンソン】そうです。経済が少しでも不安定になったとき、味方が少なければ反対勢力によるクーデターのリスクも高まりますから。

【うめ】中国にとって、人口の多さと広大な国土はもろ刃の剣なのよ。地域ごとの貧富の差は大きく、GDPが世界2位の大国だけれど、平均的な豊かさを示す「ひとり当たりのGDP」で見ると62位なのよ。こうした状況に不満を持つ国民も少なくないので、政府は高所得者への締めつけを厳しくしたりして、庶民の感情の動きに気を遣っているわ(※5)。他の国と陸続きの大陸国家だから、安全保障は常に強化しなければならないし。

【彦】そう考えると、中国はいまがいちばん国力が強い時期なのかもしれないね。アメリカに追いつく可能性は小さいのかもな。

※5 中国政府は国民全体を豊かにする「共同富裕」を目標にしています。そのため、巨大企業の経営者や芸能人の税逃れを以前よりも厳しく罰しています。

中国は監視社会なのか

中国は、日本やアメリカ、ヨーロッパほどプライバシーの保護を重視しない社会です。政府はあらゆるデータを集め、それを活用しています。

たとえば、一部の都市では、道路を赤信号で渡ると監視カメラで撮影された画像と政府が保有するデータの照合が行われています。それにより、違反者の氏名や職業まですぐに特定されます。怖いと思うかもしれませんが、このシステムによって逃走中の犯人の逮捕につながったケースもあります。

政府が国民の情報をすべて管理するしくみは、日本人にはあまり理解できないかもしれません。しかし、中国を真似しようと検討している国もあります。もしかすると、100年後には民主主義が過去の産物になっていて、中国のように政府が大きな力を持つ国が中心になっているかもしれません。ただ、ひとついえることは、人も国も間違えます。国が大きな力を持ちすぎると、間違った方向に進みはじめたときに止める方法がなくなります。国がおかしな方向に向かっているときに声をあげられる個人の自由はとても貴重です。

■香港でデモが起きていた理由

香港は1997年にイギリスから中国に返還されました。その後も「一国二制度」で独自の法律が認められてきました。香港は中国の領地になりましたが、アメリカやヨーロッパの国々のルールも存在していたのです。

栗下直也、ニューズウィーク日本版編集部『くらしから世界がわかる 13歳からのニューズウィーク』(CCCメディアハウス)

ところが2020年6月30日、中国は香港の支配を強めるために「香港国家安全維持法」の運用をはじめました。この法律はそれまで約束していた一国二制度で保障された自由を損なうものでした。香港を中国から独立させようとする行いなどが禁じられました。罪に問われると生涯にわたって自由がうばわれる終身刑になる可能性すらあります。

それでも、この支配は香港の市民にとっては受け入れがたいものでした。法律に抗議する大規模なデモが発生しました。市民が警官隊と衝突し、多くの逮捕者が出ました。その後も中国は香港でのデモを厳しく弾圧しています。

中国は香港で自由な意見表明を求める人たちの活動を、抑えこむだけではありません。新疆ウイグル自治区ではウイグル族の人たちの人権を無視した残虐な行為をくり返しています。こうした中国の行動は海外から強く批判されています。そのため、中国が進めている「一帯一路」から離れる国も出てきています。

■なぜ電子決済が急速に普及したのか

中国はスマートフォンのアプリで買いものの代金を支払う手段(モバイル決済)が普及しています。都市部では過去3カ月以内にモバイル決済を利用した人が98%に達したという調査もあります。使いかたは簡単です。お店の人がお客さんのスマホに表示されたバーコードを読み取るか、お客さんがお店のQRコードを読み取って金額を入力します。

大型スーパーや交通機関だけでなく、道ばたでモノを売っているお店でもモバイル決済が可能です。財布がなくても不自由しないため、「中国から財布が消える」ともいわれています。

モバイル決済が増えた背景は、中国人がITの技術にくわしかったからではありません。偽札がとても多いにもかかわらず、クレジットカードなど現金以外の支払い手段が整備されていなかったためです。そうしたなか、スマホが普及したことで、偽札対策になるモバイル決済が一気に広がりました。

イラスト=徳永明子
栗下直也、ニューズウィーク日本版編集部『くらしから世界がわかる 13歳からのニューズウィーク』(CCCメディアハウス)より - イラスト=徳永明子

----------
栗下 直也(くりした・なおや)
経済記者、書評家
1980年生まれ、東京都出身。2005年、横浜国立大学大学院博士前期課程修了(経営学専攻)、同年日刊工業新聞社入社。経済記者として自動車、電機、金融、エネルギーの各業界、経団連などを取材。ブックライターとして、ビジネス、実用、自然科学などの分野で構成・執筆を手掛ける。2022年、NORAKURA合同会社設立。構成・執筆に『2040年の未来予測』(成毛眞著、日経BP社)、『amazon 最先端の戦略がわかる』(成毛眞著、ダイヤモンド社)ほか多数。著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)、『得する徳』(CCCメディアハウス)、『図解ルネサスエレクトロニクス』(日刊工業新聞社)、など。『週刊朝日』(朝日新聞出版)、『本の雑誌』(本の雑誌社)、書評サイト「HONZ」などで、ノンフィクション本の書評を定期的に執筆する。
----------

----------
「ニューズウィーク日本版」世界のニュースを独自の切り口で伝え、良質な情報と洞察力ある視点とを提供するメディアです。
----------

(経済記者、書評家 栗下 直也、「ニューズウィーク日本版」)