角田裕毅は結果を残せるか? 中野信治が3年ぶりのF1日本GPの見どころを解説
中野信治 F1 2022 解説
後編「王者争いと日本GP展望」
F1 2022シーズンは3週間のサマーブレイクを終えて、8月26〜28日の第14戦ベルギーGPから後半戦がスタート。元F1ドライバーの中野信治氏に全3編にわたって解説をしてもらう本記の後編では、後半戦の見どころについて聞いた。前半戦途中からメルセデスが好調で、夏休み前のフランスGP、ハンガリーGPと2戦連続でダブル表彰台を獲得。コンストラクターズ・ランキングで2位のフェラーリとのポイント差を30点まで詰めている。メルセデスは後半戦でチャンピオン争いに加わってくるのだろうか? そして10月に3年ぶりに開催される日本GPで角田裕毅は活躍できるのか?
日本GPでの活躍に期待がかかる角田裕毅 photo by Sakurai Atsuo
三つ巴の優勝争いになるのか
中野信治 後半戦で、メルセデスがレッドブル、フェラーリとともに三つ巴の優勝争いをすることができるのか? そう多くのファンが期待していると思いますが、率直に言って、難しいと感じています。サーキットの特性によっては2強に迫る速さを見せるかもしれませんが、記事前編でふれたようにパワーユニット(PU)の性能で若干、ホンダやフェラーリに負けている部分があります。
PUで負けている分、攻めなければならないので、タイヤに負担がかかり、デグラデーション(性能劣化)も大きくなります。そういうことをトータルで見ると、メルセデスは後半戦でよっぽど車体が進化しない限りは、先行するフェラーリとレッドブルに追いつくのは簡単ではないと思います。
夏休み前のハンガリーGPでメルセデスは、ジョージ・ラッセルが予選でポールポジションを獲得し、決勝ではルイス・ハミルトンが2位、ラッセルが3位に入りました。でもレースの舞台となったハンガロリンクはタイトなコーナーが連続し、直線も短いのでPUの性能差が出にくいサーキットです。後半戦の幕開けとなるベルギーのスパ・フランコルシャンやイタリアのモンツァ、日本の鈴鹿などのパワーが必要なサーキットでは優勝争いをするのは厳しいと言わざるを得ません。
チャンピオン争いは、レッドブルとマックス・フェルスタッペンがポイント的に圧倒的に有利な状況です。フェラーリが劇的にマシンのパフォーマンスを向上させることがない限り、逆転は難しい。そういう意味では、勢力図に大きな変化は起こらないと思います。でもフェラーリのマシンには速さはありますので、前半戦と同様にレッドブルとの優勝争いは続いていくでしょう。フェラーリとエースのシャルル・ルクレールは前半戦で数々のミスがありましたが、その経験を活かして戦い方がどう変化してくるか。そこは注目したいところです。
元F1ドライバーで解説者の中野信治氏 photo by Igarashi Kazuhiro
参戦2年目の角田裕毅選手は、前半戦は入賞3回。ベストリザルトは第4戦エミリア・ロマーニャGPの7位入賞です。新しい車両規則のもとで開発されたアルファタウリのマシンは昨年に比べるとよくありません。開幕直後は中団グループでポイント争いができるポジションにいたのですが、シーズンを経るにつれて、どんどん後方に落ちていってしまった。
それでも第12戦フランスGPで大規模なアップデートが入り、角田選手は予選では8番手を獲得。本人は「中高速コーナーがよくなった」というコメントをしていましたが、その言葉どおりに中高速コーナーが多いポールリカールでしっかりとタイムを出すことができていました。逆にチームメイトのピエール・ガスリーは中高速コーナーでマシンのよさを活かせなかっただけでなく、アルファタウリが苦手の低速コーナーでもタイムを失い、フランスGPの予選は16番手に終わります。
フランスGPを始め、今年の角田選手はガスリーと比較しても、遜色ない走りをしています。サーキットによってはガスリーがいくら頑張っても勝てない、というパフォーマンスを見せています。レースウィークの使い方に関しても、昨年に比べると格段にうまくなっています。前半戦には何度かミスはありましたが、まだ参戦2年目ですし、あれだけ激戦の中団グループでバトルをしていれば1〜2回のミスは仕方がありません。走りに関しては、本当に成長していますし、何か変える必要はないと思います。
それよりは、やっぱり自分の精神状態をできるだけフラットに、あまり波立たないようにすることが角田選手にとって一番大事だと思います。これはもう彼がデビュー当初からずっと言っていますが、謙虚でい続けることがすごく大事だと思います。
謙虚でいるというのは、別に大人しくしろとか、もっと人前で丁寧に話せ、ということではありません。レーシングドライバーですので、あれくらい激しくていいと僕は思いますし、チームとはどんどん戦うべきです。ただTPOをわきまえないと。無線を通して大声を張り上げるのではなく、みんなが見てないところで激しく自分の意見を闘わせればいいんです。叫ばなくてもチームはわかっていますし、無線で自分のネガティブキャンペーンをしても意味がない。それは自分自身で学ばなければならないと思います。
F1という場所で、何をしたくて、何を目指しているのか? そこをもう一度、考えれば、自分が今、何をすべきかと自然にわかってくるはずです。F1はヨーロッパのスポーツだから、外国人のようなメンタリティを持たなければ負けるぞと言う人がいるかもしれませんが、彼はもともと、いい意味での図太さは持っています。メンタルの強さはよさではありますが、彼は日本人なのですから、日本人のよさも失ってほしくありません。謙虚であることは武器なんです。
それを彼が理解して戦うことができれば、走りだけではなく、言動や態度にもっといいものが出てきて、応援してくれる人がもっともっと増えるはずです。日本人だけでなく、世界の人たちが心から応援したくなるドライバーになれば、それは結果的に自分の強さとなって返ってくると思います。そういうことを角田選手の周りの人がきちんと伝えてあげたらいいのになあ......と僕は思っています。
そういう意味では、角田選手にとって初めての母国GPは楽しみです。鈴鹿でたくさんの日本のファンに応援してもらえば、彼にとって大きな刺激になると思います。日本GPまでにアルファタウリのマシンにアップデートがあるはずですし、クルマ的には中高速コーナーの多い鈴鹿は合っていると思いますので、いい流れで初めての日本GPに臨んでもらいたいです。
角田選手にとって鈴鹿は自分自身が育ったサーキットであり、得意だと思います。そこで当然、上位で入賞することを期待していますが、自分が成長したところを見せるという意味では、やっぱり予選からガスリーを圧倒するような走りを見せてほしい。ガスリーもスーパーフォーミュラで走っていた経験があるので鈴鹿はよく知っていると思いますが、ガスリーを上回ることができれば評価が上がるし、日本のファンもそういう走りを期待しています。
優勝争いはフェラーリとレッドブルの間で間違いなく行なわれると思いますが、レギュレーション変更で大きくなったF1マシンが鈴鹿を走る姿はすごく迫力があると思います。特に1コーナーやS字を駆け抜けるスピードには圧倒されるでしょうね。僕自身、3年ぶりに鈴鹿に帰ってくるF1マシンがどんな走りをするのか、コーナーに行って生で見てみたい。
中高速コーナーが多い鈴鹿サーキットは、昨年までのマシンは後方に乱気流が発生して接近戦がすごく難しかった。でもグラウンド・エフェクト・カーになり、マシンが接近したバトルが見られるはず。1コーナー、130R、シケインでも近づけるので、オーバーテイクが増えると思います。僕も3年ぶりの鈴鹿を心から楽しみにしています。
終わり
前編「上位チーム戦力分析」>>
中編「新規則マシンを乗りこなす者」>>
【Profile】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。