「もうダメかも…」から大進化を遂げた37歳、ハミルトン。中野信治は新規則F1マシンへの適応を絶賛
中野信治 F1 2022 解説
中編「新規則マシンを乗りこなす者」
F1 2022シーズンは3週間のサマーブレイクを終えて、8月26〜28日の第14戦ベルギーGPから後半戦がスタート。元F1ドライバーの中野信治氏に全3編にわたって解説をしてもらう本記の中編では、「ドライビング」という観点で前半戦の総括と後半戦の見どころを聞いた。今年は車両規則変更に伴い、マシンの特性が大きく変わった。そんななか、ドライビングに苦労する選手もいれば、変わらずに力を発揮する選手もいる。今年のマシンはどんなドライビングをすれば速く走れるのだろう? そして、開発が進んだマシンで後半戦に活躍が期待される選手は誰なのか?
マシンに適応し、調子を上げてきているルイス・ハミルトン photo by Sakurai Atuso
新規則マシンに苦慮したシーズン序盤
中野信治 2022年は車両規則が大きく変更され、マシンの底面を流れる空気を使ってダウンフォースを得る「グラウンド・エフェクト・カー」となりました。クルマの特性が変わり、ドライビングスタイルも多少は変わってきましたが、シーズンが進むにつれて、クルマをドライバーの走りに合わせて調整してきていますし、ドライバーもグラウンド・エフェクト・カーに慣れてきました。シーズン中盤に入ると、ドライバーの走らせ方によるタイム差はあまり出なくなってきているように見えます。
開幕直後は低速コーナーでダウンフォースが出ていませんでしたし、マシンが上下に振動するバウンシングもありました。その暴れたクルマを力でねじ伏せて走るのか、むしろ丁寧に、ナチュラルに走ればいいのか。コースによってナチュラルに走らせるドライバーが速かったり、遅かったり、というケースが見られました。
一番わかりやすいのがメルセデス。開幕直後のメルセデスはバウンシングが激しく、ジョージ・ラッセルの無駄のないナチュラルな走らせ方が速くて、アグレッシブなドライビングスタイルのルイス・ハミルトンが後れを取るという状況でした。でもアップデートを重ねて、ようやくアタックできるマシンになってくると、ハミルトンが速さを取り戻してきました。今のメルセデスは、ハミルトンのアグレッシブな走りでもタイムを出せるクルマになってきています。
レッドブルのマックス・フェルスタッペンについても同じことが言えると思います。今年のクルマはフロントのダウンフォースが少なめで、アンダーステア気味のクルマでした。だから序盤戦は、アンダーステア傾向のマシンを好むチームメイトのセルジオ・ペレスが、フェルスタッペンと遜色ない走りをしていました。でもマシンの改良が進み、フロントダウンフォースも出せるようになり、バウンシングも収まってきて、コーナーでのブレーキングで安定してきた。そうすると、フロントが入るオーバーステア気味のセットアップができるようになり、フェルスタッペン好みのマシンに徐々になってきているように見えます。
後半戦は、よりフェルスタッペンやハミルトンの方向に合ったマシンになっていく可能性があると思います。各チームは前半戦、まずは新しいマシンのさまざまな問題を解決する必要がありました。問題をほぼ解決すると、次は速さを追求することにフォーカスしていきます。その際、開発の方向性をどちらのドライバーに合わせていくのかという流れが間違いなくきている。夏休み明けには、その流れがますます加速していくはずですので、チーム内でタイム差が開いていく可能性はあります。
元F1ドライバーで解説者の中野信治氏 photo by Igarashi Kazuhiro
ただ、昨年のように同じチームのドライバー間で大きな差はつきにくいと思います。昨年までのマシンは限界ギリギリなところを使えば使うほど速く走ることができました。フェルスタッペンやハミルトンはマシンの限界を超えたところに存在するわずかなスペースを使用して走らせていました。でも今年のグラウンド・エフェクト・カーは限界域でコントロールできるスイートスポットが非常に狭いですし、極端にエッジの効いたクルマにすると逆にタイムが出なくなっている印象があります。
今年のマシンに関しては、各チームがある程度つかんできたと思いますが、新たな18インチタイヤ(※昨年までは13インチ)についてはまだわからない点が多い。レースによってフェラーリがタイヤをうまく使えたり、逆にレッドブルが全然ダメだったり、デグラデーション(性能低下)の傾向がいまいち見えてきません。
ただ、そのなかでも光る走りを見せているのはハミルトンです。彼は夏休み前の数戦でタイヤをうまく使い、すばらしい走りを披露しました。ハミルトンは前半戦、激しくバウンシングするマシンでうまく力を発揮できず、ラッセルに完全にやっつけられていました。でも、その間にハミルトンが何をしたかといえば、タイヤの使い方の研究です。徹底的にやっていたと思います。
ターニングポイントになったのは市街地コースを舞台にした第8戦のアゼルバイジャンGPです。このレースまでにクルマの改良が少しずつ進んだこともあり、ハミルトンはようやく本来のドライビングができるようになり、4位に入賞しました。レース後のハミルトンは、バウンシングによる身体の痛みでなかなかクルマを降りることができませんでしたが、アゼルバイジャンで新しいクルマの走らせ方を自分なりにつかんだように見えました。そこからいい走りを続けています。
同時に、タイヤの使い方もマスターしたと思います。今年のハミルトンはレース前半のペースが絶対的に遅いんです。マシンとタイヤをコントロールしながら走っていますが、中盤から後半かけては、めちゃくちゃ速い。2位表彰台を獲得したハンガリーGPの終盤の速さは驚異的でした。
ここ数戦のハミルトンは、チームメイトのラッセルが到達できないレベルでタイヤを使っています。ラッセルもいずれは学んでくると思いますが、ハミルトンは前半戦の苦しい時間のなかでもやるべきことをしっかりとやっていた。新しいクルマでの戦い方を学び、自分のものにしつつあるんですよね。それがハンガリーで明らかになったと感じました。やっぱりハミルトンはすごい。世界チャンピオンを7回も獲った実力はダテではないとあらためて思わされました。
24歳のラッセルも本当に才能のあるドライバーです。天性の速さはもちろん、特に予選の一発をまとめる正確無比なドライビング能力は際立っています。予選で一発のタイムを出す能力は、シャルル・ルクレール、フェルスタッペンとともに現役では3本の指に入ると思います。それくらいの速さと才能、優れた反射神経を兼ね備えた若いドライバーを相手にして、さまざま経験を重ねてきたとはいえ、37歳のハミルトンが真っ向勝負をするのは簡単なことではありません。だからハミルトンは戦い方を変えてきたと僕は感じています。
この年齢になっても進化しようとしているところが、ハミルトンのすごさ。デビューの頃からどんどん変化し、年齢を重ねるごとに走り方はもちろん言動や態度まですべてが変わって、本当に強くなったハミルトンですが、今年の前半戦は「さすがの彼ももうダメかもしれないな」と思わせるレースが何度かありました。
シーズン序盤は思うような結果を出せず、無線でチームの作戦を批判するようなコメントをしたこともありました。でもハミルトンは徐々に力を発揮し始め、昨年までのような強さに戻り、そして今、さらなる変化を遂げようとしています。ハミルトンがどのように進化し、若いラッセルと戦っていくのか。そこは後半戦の大きな見どころだと僕は思っています。
後編「王者争いと日本GP展望」>>
前編「上位チーム戦力分析」>>
【Profile】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。