中野信治 F1 2022 解説
前編「上位チーム戦力分析」

F1 2022シーズンは3週間のサマーブレイクを経て、8月26〜28日の第14戦ベルギーGPから後半戦がスタートする。シーズン序盤はレッドブルとフェラーリが激しく勝利を争うレースが多かったが、その後はメルセデスが復活の兆しを見せている。三つ巴の優勝争いは実現するのか、参戦2年目の角田裕毅は3年ぶりに開催される日本GPで躍動できるのかなど、後半戦は多くの見どころがある。そこで、DAZN(ダゾーン)で解説を務める元F1ドライバーの中野信治氏に全3編にわたって前半戦の振り返りとともに、後半戦を展望してもらおう。


2022シーズンのF1は開幕当初、フェラーリが強さを見せたが... photo by Sakurai Atsuo

劇的に変化しているF1の戦い方

中野信治 シーズン開幕当初は、世界中がフェラーリの速さに驚かされました。マシンのあまりの速さに、今年はこのままぶっちぎりでタイトルを獲ってしまうんじゃないかと思った人も多かったと思います。ところが、マシントラブルや戦略ミスなどでポイントを失うレースが続き、フェラーリはどうしちゃったのか......という展開になっていきました。

 前半戦を締めくくる第13戦ハンガリーGPが終了した時点で、フェラーリはチャンピオン争いで首位のレッドブルに大きく引き離され、コンストラクターズランキング3位のメルセデスにも30点差まで迫られています。やっぱり昨年のタイトル争いを演じたレッドブルとメルセデスは強いな、という流れで前半戦を終えることになりました。

 この結果は、現在のチームの地力がそのまま表れていると感じています。マシンのポテンシャル的にはフェラーリはチャンピオンを争えるだけのレベルにあると思いますが、フェラーリは速いマシンをうまく使いこなせていません。その原因は、この数年、どのレベルで戦っていたのか、ということに尽きると思います。

 レッドブルとメルセデスはこの数年間、ハイレベルの王者争いを演じ、単に速い・遅いの戦いではなく、戦略やマシンのセッティングを含めて、さまざまな経験やノウハウを積み重ねてきました。そこにフェラーリはチームとして追いついていない、という印象を持っています。

 この数年でF1の戦い方は劇的に変わりました。人工知能(AI)を駆使して戦略を立てたり、走行データを分析してセッティングを行なったりしています。ある意味、人間の頭脳を超えた領域での勝負。レッドブルとメルセデスは、そういった戦いに対応するための組織づくりがしっかりとできているように見えます。しかしフェラーリは今年からチャンピオン争いに加わり、ようやくそうした部分に着手し始めた。そこの差が結果に表れていると思います。


元F1ドライバーで解説者の中野信治氏 photo by Igarashi Kazuhiro

レッドブルの強みはホンダのPU

 もうひとつ、大きな影響を与えているのはパワーユニット(PU)の性能です。F1では、今年からガソリン90%とバイオエタノール10%を混合した「E10燃料」が導入されました。E10燃料は従来の燃料よりも発熱量が低く、馬力が絶対に落ちるはずなのですが、レッドブルのクルマに搭載されているホンダのPUは馬力が落ちていませんし、高い信頼性も誇っている。そこはホンダの技術がすばらしいところですし、レッドブルの大きな強みになっています。

 逆にメルセデスは馬力を落としてしまい、フェラーリは馬力を上げることには成功したものの信頼性に大きな課題を抱えています。E10燃料で馬力を向上させてきたフェラーリの技術者はすばらしい仕事をしてきましたが、開幕から数戦で、シーズンを通して高いパフォーマンスで戦い続けるのは厳しいということがわかってきました。気温が高かったり、気圧が低かったり、PUに負担のかかるレースでは弱点が露呈してしまった。

 PUの性能とチーム地力。このふたつによって生じた差がシンプルに結果として出ていると僕は見ています。

 トップ3の戦いを細かく見ていくと、レッドブルはホンダが開発したPUの信頼性を大きな武器にしながら、巧みなチーム戦略でゲームを支配しています。もちろん、マックス・フェルスタッペンという類まれなる才能を持ったドライバーの存在も大きいです。レッドブルはチームメイトのセルジオ・ペレスをうまく使いながら、チームが描いた戦略をみごとに実行しています。

 メルセデスはシーズンが進むにつれてクルマがよくなってきましたが、やっぱりPUの力が足りなくて、トップ2にはまだ届いていません。それでもマシンの信頼性と戦略、さらにルイス・ハミルトンとジョージ・ラッセルという2人のドライバーの強さで着実にポイントを積み重ねてきました。

フェラーリには絶対的なリーダーが必要

 フェラーリに関しては速いマシンはあるものの、戦略でのミスが目立っています。その原因のひとつは、先ほど話した組織づくりの点での遅れだと思います。作戦を決める際には、ドライバーのコメントを聞いて、ストラテジスト(戦略家)がさまざまな計算をして作戦を提案しエンジニアが最終的にどの作戦を採用するのか決定しますが、3者の信頼関係というか、バランスが取れてないのが現状です。

 ドライバーとチームのそれぞれの意見があり、どちらを優先させるか決める時にはデータももちろん重要ですが、最終的には経験に基づいた勝負勘によるところが大きいと思うんです。そこは勝負慣れしていないフェラーリの勘は鈍っている部分があると思いますし、前半戦のフェラーリの戦いぶりを見ていると、組織として責任の所在がはっきりしていないと感じます。

 例を挙げると、チームメイト同士でポジションを争っていて、どちらのドライバーを前に出すのか、という場面が何度かありましたが、なかなか決断できない。結果、作戦がすべて中途半端になってしまっているように見えます。フェラーリのそれぞれのスタッフの能力が低いのでは決してありません。責任の所在がはっきりしてないので、現場のスタッフたちがすごく動きづらくなっているという印象を受けています。

 チーム内に即断しづらい空気があるんだと思います。失敗をして責任を取りたくないから、状況がはっきりするまで決断しない。失敗に対する許容範囲が狭いイメージです。

 たとえば、僕がチーム監督で、チームオーナーから「ここで失敗したら、クビにするぞ」と言われたら、なかなか決められません。でも逆に、「レースは勝負事でどうなるかわかんないんだから、お前の意志で決めてやってみろ」と言われたら、うまくいく時もあればいかない時もありますが、しっかりと決断しますよね。単純明快に言うと、そんな印象です。もっとはっきりと決めればいいのにと思いますが、それ以前にフェラーリはすばやい決断ができる命令系統や組織がきちんとできているのかな......と気になっています。

 もうひとつフェラーリで気になるのは無線の使い方です。ピットインのタイミングやタイヤの選択について、チームとドライバーが無線でもめているシーンが何度もありました。「この作戦は間違っている。このタイヤは違う」などとチームに対する不満をドライバーに無線で言わせちゃダメです。そんなネガティブなことを言ってもチームのためにも、ドライバー自身のためにもなりません。結局、他のチームに自分たちの弱点を無線でさらけ出しているようなものです。

 無線の会話は、他のチームがみんな聞けるようになっています。現代のF1は無線もゲームの武器のひとつなんです。それこそ昨年までのメルセデスは無線を利用して戦っていました。ハミルトンがよく「もうタイヤがダメだ」と言っていたのに、ペースが全然落ちないということがありましたよね。そうやって無線は武器として利用するもので、チームのネガティブキャンペーンをするところじゃありません。そこはチームがもう少しドライバーをコントロールしないと。

 今年の第12戦フランスGPでメルセデスのラッセルがスチュワード(競技委員)の判断に対して何度も無線で不満をチームに述べていました。するとトト・ウルフ代表は「冷静になれ。レースに集中しろ」とたしなめていました。レッドブルではチームの重鎮であるヘルムート・マルコやクリスチャン・ホーナー代表がきっちりとドライバーコントロールしています。チームには絶対的な強さを持ったリーダーの存在が必要です。

 彼らに比べて、フェラーリのマッティア・ビノット代表はリーダーシップを発揮できていないと思います。そこが無線でのゴタゴタや戦略のミスが起きる要因のひとつになっており、フェラーリがチームとして改善すべき点なのかなと僕は考えています。

中編「新規則マシンを乗りこなす者」>>

後編「王者争いと日本GP展望」>>

【Profile】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。