ミラーレスカメラに経営資源を集中し、一眼レフカメラの開発を中止しているニコン(撮影:尾形文繁)

ニコンはこれからも一眼レフカメラのビジネスを継続していく。開発からの撤退は決めていない」。ニコンの紱成旨亮最高財務責任者(CFO)は、8月4日に行われた2022年4〜6月期決算の説明会でそう強調した。

ニコン、デジタル一眼レフカメラの開発から撤退、60年超の歴史に幕」と、日本経済新聞がスクープとして7月中旬に報じたことを受けてのコメントだ。

だが、この報道内容はカメラ業界内ではごく自然なこととして受け止められている。「どこがスクープなのか理解できなかった」と語るのは某カメラメーカーの幹部。あるカメラ販売店の店員は「デジカメの新機購入はほぼミラーレスになっている。ニコンから新しい一眼レフが発売されなくなっても影響は小さい」と冷静に受け止める。

ニコン広報は「開発からの撤退を決めたわけではないが、現時点で開発を中止していることは事実」とし、紱成CFO自身、「経営としてとるべき判断として、現在、ミラーレスに経営資源を集中している」ことを認めている。

競合のキヤノンは撤退を宣言

ニコンは2020年に一眼レフの最高級機種を発売して以降、一眼レフの新製品を発売していない。決算説明会など、ことあるごとにミラーレスへの注力を強調してきた。

ニコンと一眼レフで双璧のキヤノンも、一眼レフの最高級機種の開発を数年内に終了すると御手洗冨士夫会長兼社長CEOが2021年に宣言済み。カメラ市場の主役は一眼レフからミラーレスへ変化しており、業界関係者の多くが「ニコンは一眼レフから撤退するしかない」とみている。

カメラ市場は縮小の一途をたどっている。デジタルカメラの出荷台数はピークの2010年に1億2000万台。しかし、2021年には830万台と14分の1に減少。スマートフォンのカメラ性能が向上し、撮影専用機であるカメラを持つ必要がなくなっていることから、市場は縮小の一途をたどる。

カメラ市場が縮小する中、唯一成長を遂げているのがミラーレスだ。ミラーレスカメラとは文字通り、レンズから入った光をファインダーに反射させるミラーがないカメラのこと。ミラーが必須の一眼レフに比較し、本体の小型・軽量化が可能になるなど利点が多い。2020年にはついにミラーレスの出荷台数が一眼レフを上回り、市場の牽引役はミラーレスに変わった。

かつては一眼レフに画質で劣るとして、プロやハイアマチュアのカメラマンはミラーレスの使用に慎重だった。しかし、2013年にフルサイズと呼ばれる大型のイメージセンサーを搭載したミラーレス「α7」をソニーが投入して以降、プロもミラーレスの画質を評価するようになった。

その後、2017年にソニーが「α9」を発売。「α9」はピントを自動で合わせる速度などが一眼レフと遜色なく、プロもミラーレスを本格的に使い始めるきっかけとなった。以後、「プロは一眼」というスタンスをとっていたニコンやキヤノンもミラーレスの開発に本腰を入れる。

2020年にはキヤノンがミラーレスの最高級機種「EOS R5」を投入。キヤノンはその後もミラーレスの拡充を進め、2022年12月期の生産台数は、初めてミラーレス首位のソニーを上回る計画だ(テクノ・システム・リサーチ調べ)。

ミラーレスで出遅れたニコン

一方、ニコンはミラーレスで大幅に遅れをとった。2018年9月にミラーレスの高級機種を投入したものの、2019年のミラーレスシェアは5位とソニー、キヤノンに遠く及ばない。

ニコンの映像事業を率いる池上博敬常務執行役員は、「一眼レフとの食い合いを恐れたというより、電子ビューファインダーの性能や撮影枚数において、プロやハイアマチュアの顧客を満足させることができるか疑問だった」と2021年1月の東洋経済の取材で語っていた。

キヤノン歴40年余りのプロカメラマンは「ミラーの有無はカメラの性能に関係ない。キヤノンならキヤノン、ニコンならニコンというように、プロカメラマンの多くは、自分が長く使ってきたメーカーの中で、ミラーレスへの切り替えを進めている」と話す。

ニコンが一眼レフで稼げる可能性はほぼない」(業界関係者)との見方も強い。現状、プロはまだ一眼レフの使用が多いため、利益率の高いプロ向けレンズの販売で稼げる。しかしそれは今後、ミラーレスにおいても同じくいえること。さらに、ミラーレスのほうが一眼レフより部品点数が少ないため生産コストも安い。「一眼レフの存在価値はなくなってきている」(同)。


2018年に発売されたニコン初のフルサイズミラーレスカメラ「Z7」(撮影:今井康一)

カメラを含む映像事業はニコンの主力。2020年3月期には、コロナ禍による販売不振などから映像事業は営業赤字に転落。以来、プロ向けのミラーレスや交換レンズの拡充に注力すると同時に、「売上高1500億円でも黒字をだせる」(馬立稔和社長)体質に向け構造改革を進めてきた。

満を持して2021年12月に発売したミラーレスの最高級機種「Z9」は需要に生産がおいつかないほどの人気となっている。海外人員の削減など構造改革を進め、2022年3月期の映像事業の営業利益は190億円の黒字に転換した。

2022年4〜6月期の映像事業の営業利益は前年同期比48%増の136億円で着地。為替効果が大きいものの、ミラーレスの開発に集中した成果としての「Z9」投入が効いている格好だ。

一眼レフ開発の余裕があるのか

それでも一眼レフ開発からの撤退を決めていないことについて紱成CFOは「ミラーレスの進化を進めるなかで得られた技術によって、一眼レフの最高機種のさらなる高みを実現できる可能性がないこともない」とやや歯切れの悪い説明をした。

長い時間をかけて蓄積してきた一眼レフに関する技術が、ニコンの重要な技術資産であることは間違いない。しかし、プロ向けミラーレスカメラの普及という革命的な変化が起きたうえ、縮小がとまらないカメラ市場において、一眼レフの開発を続ける余裕があるとは思えない。

2025年度までの中期経営計画でニコンは映像事業について、2021年度実績より少ない売上高と、ほぼ同水準の営業利益率を掲げている。ニコンはこのまま一眼レフの開発中止期間が長引き、いずれひっそりと、一眼レフ開発からの事実上の撤退が行われることになるのだろう。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)