新聞はいつまでも「インテリが作ってヤクザが売るもの」でいいのか？－『小説 新聞社販売局』幸田泉氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2016年01月01日にBLOGOSで公開されたものです
新聞販売の問題を赤裸々に描いた作品「小説 新聞社販売局」が、業界を中心に静かな話題となっている。小説の形態をとっているが、新聞社が販売店に必要以上の新聞購入を強制する、いわゆる「押し紙」をめぐる販売店主と新聞社社員の攻防や公称部数の水増しの実態などを生々しく描写している。作者であり、全国紙の元社会部記者の幸田泉氏に、現在の新聞社を取り巻く問題について話を聞いた。【取材・文：永田 正行（BLOGOS編集部）】社員が数百万円の新聞代金を立て替えるケースも・・・
-はじめに執筆の動機を教えてください。幸田泉氏（以下、幸田）：私は元々ある新聞社の記者だったのですが、退社する直前の2年間は販売局にいました。いわゆる「押し紙」 の問題に代表されるように販売現場が苦境に陥っていることは、元々ある程度わかっていたのですが、実際の現場は想像以上だったのです。
これまでもジャーナリストや販売店の関係者が、「押し紙」問題についての本を出版したことがあったのですが、それらは言わば「新聞社が下請けをイジメているという構図の中で描かれたノンフィクションでした。
しかし、一方で「押し紙」をしている分、新聞社は販売補助金を出して販売店を支えているのです。そのため「押し紙」が増えれば、補助金もドンドン膨らみ、新聞社の経営に跳ね返ってくる。新聞社が自分で自分の首を絞めることになっているにも関わらず、なぜこの「押し紙」政策をやめられないのか。こうした構造から抜け出せないから、業界が右肩下がりになっているのではないか。
しかも、新聞社は「押し紙」の存在を絶対に認めません。社内では会話の中でも「押し紙」という言葉すら使わず、残紙や予備紙という言葉に置き換えています。こんな暗部を抱えて、新聞の将来が本当にどうなっていくのか、という販売の現場で感じた疑問を世の中に問うてみたかったのです。
-「押し紙については知っている読者も多いと思います。しかし、今回の作品では、「残紙」「実配」といった用語が飛び交う現場の様子や、販売店から新聞代金の入金がなかった場合に販売員が「立替」を行うといったエピソードも描かれています。
幸田：売れていない新聞が販売店に残っているということは、ある程度、記者の時から自覚していました。ただ、それは販売店しか知らないことで、本社は把握していない、いわば「販売店が勝手にやっていること」だと想像していたのです。
しかし実際、販売局内に行くと、そうした実態をしっかりと把握している。「実配」と言って、実際に読者のいる新聞が販売店に出荷している部数の何％なのか、という部分まで知っているわけです。「どれぐらい『押し紙』をするか」ということは、新聞社の販売方針で決められているのだと感じました。つまり、新聞社側が絵を描いて、「あなたのところは、これぐらいの部数を抱えてくださいね」と全体の部数を調整しているという構図があるのです。
これは実際に取材に行って驚いたのですが、表彰されるぐらい優秀な販売店なのに読者に配達されない「残紙」が３割もある。優秀な販売店でも、これだけの「残紙」があるということは、ある程度構造的に考えられて、販売施策が出来ているんだと思いました。
－販売店に出荷した部数を売り切らなくても、新聞社としては利益が出る構造になっているということですね。
幸田：例えば、1000部の部数がある販売店であれば、「実配（実際に読者のもとに届く部数）が何部であろうと1000部分の新聞原価代を本社に支払います。それによって新聞社側はキチッと売り上げが立つ。
しかし、「押し紙」の分量が多すぎると販売店は全然儲かりません。「必要経費も出ないし、販売店主の取り分もない」となればやっていけないので、そういう販売店の経営を見ながら、「この店には補助金をいくら支払おうか」ということを考える。これを今回の作品の主人公になっている新聞社の担当員がやるわけです。
-作中では、販売店からの新聞代金の入金が滞った場合に、新聞社の販売局員が100万円単位の金額を立て替えているというような描写もあります。もはやブラック企業とも呼べる話だと思うのですが、こういったことも実際にあるのでしょうか。
幸田：私も販売に異動になってから「立替」の話を初めて知って、とても驚きました。
立替はルールに則って行われているわけではないので、実際どれぐらいの金額を立て替えているかはケースバイケースです。しかし、「販売店の入金の『立替』が原因で借金がある とか「○○さんが百万円単位の立替をさせられたらしい」といった話を聞いて、それがサラリーマンの仕事なのかとびっくりしました。更に問題なのは、担当員の立替は表向き禁止されているので、回収できなかった場合、会社に弁済を求めることもできず、入金の「肩代わり」になってしまうのです。
また、私が最初に「立替」問題を知ったのは、社員のお金がらみの不祥事がきっかけでした。金銭の使い込みや流用の話をいくつも聞きましたが、度々、そういう不祥事を起こした社員が、まだ社内で働いていたりするのです。他の部署の社員だったらすぐにクビになりそうな問題を起こしておいて、なぜ会社に残れるのかとても不思議でした。
そして、その理由を調べていくと、「確かに販売店のお金の使い込みをしたけど、理由は入金が足りない分の穴埋めだった」「以前に立て替えた金を回収した」 という言い訳とセットになっているのです。 不良担当員が私的に使ったケースもあると思いますが、「立替」うんぬんの話を持ち出されると、会社としてもきちんと処罰できないのです。
つまり、よくわからない不正を許している背景には、「立替」は禁止のはずなのに、入金が悪くなると担当員は上司から「なんとかしろ！」と言われて「立替」に追い込まれるという現状があるわけです。
-アメリカと比較して、日本の新聞社のデジタル移行が遅れている要因に、日本独自の販売店制度が挙げられます。
幸田：的確な指摘だと思います。紙媒体を残さない限り、販売店は維持できない。となれば、販売店を潰してデジタル化していくということは難しい。実験として、どこか限定的なエリアでやってみるということは考えられるかもしれませんが、販売網とセットになって、業界自体が発展してきた歴史があるので、ハードルはかなり高いと思います。
経営陣が「紙の部数はある程度切りながら、ネットに移していこう」としても必ず販売サイドから猛反発が起こるでしょう。また、新聞社には広告収入や不動産収入など様々な収入があるもものの、販売収入がかなり大きいので、そこに手をつけると会社の売上も落ち込むことになり、恐くてなかなか手がつけられないという状況です。
オートロックの増加で苦戦する新聞勧誘の現場
-新聞の勧誘の現場の実態もなかなか厳しいものがあると思います。小説の中でも描写されていましたが、“ニセ懸賞”を使って勧誘するなど、法律的に問題があるのではないかと思われる勧誘方法も散見されます。幸田：最近、ある新聞は「子供作戦」を使っているみたいですね。私の弟も、「人気キャラクターのぬいぐるみとタオルが当たります」という懸賞に申し込んだら、ぬいぐるみを持った勧誘員がやってきて、子供にぬいぐるみを抱っこさせて、「懸賞には外れましたが、新聞を一年購読契約してくれたら差し上げます」と営業されたと言っていました。
今は、訪問販売そのものに対する警戒心が非常に強くなっていますから、新聞の勧誘はかなり難しくなっています。新聞の勧誘員は、基本的に中年の男性なので、呼び鈴が鳴っても「見知らぬおじさんが来た」とドアを開けない人もいると聞きます。最近では、オートロックのマンションも増えていますから、昔流の新聞の営業はやりにくい。
そこで、何か懸賞に応募してもらって、個人情報を入手する。「懸賞に応募した」というつながりを作ることで、門前払いはされないようにしているわけです。一応、応募用紙に「個人情報は営業等に使うこともあります」と書いてあるのですが、強引な勧誘をすると結局、トラブルになってしまいます。
私自身、新聞社にいた頃に社内の法務部門に一度相談したことがあります。「『駅前で懸賞のチラシを配って応募してきた人に営業します』と現場が言っているのですが、これは個人情報の扱いとして大丈夫ですか」と。
法務からは「法律違反ではないかもしれませんが、トラブルのもとだからやらないほうがいい」とアドバイスされたのですが、それを現場に伝えると、「何故ダメなんだ」 と猛反発を受けました。もともと強引な営業で部数を増やしてきた新聞社の歴史があるので、そうした経験をしてきた人たちからすると、感情的に受け入れられない部分もあるんだと思います。
-作中に登場する「新聞拡張団」という組織も多くの読者には耳慣れないものだと思いますが、どのような組織なのでしょうか？
幸田：現在は「セールスチーム」という言い方をしているのですが、元々何人かのグループで構成されていて、それぞれに班長がいるというような構造になっています。新聞各社の系統のセールスチームがあります。班長は、比較的にしっかりした方なのですが、構成員の中には“流れ者”的な人達もいます。担当員から「お金貸したのに競艇でスッてしまって返してくれない」 などという嘆きも聞きました。
新聞勧誘は歩合制なので、昔から強引な営業が特徴でした。そうした苦情も多かったので、「ちゃんとスタッフ証を着けましょう」とか、「セールスインフォメーションセンター」 という組織に登録してそこで管理するといった取り組みはしてきました。例えば、購読契約書を捏造して歩合を稼ぐ “てんぷらカード”という手法があるのですが、これを行ったセールスマンは、新聞販売業界から永久追放処分になるそうです。
こうして時代に合わせた管理をしながら、その人達があちこち地域を動きまわって読者を獲得していくという昔ながらの営業が続いているのです。
－新聞記者は自分たちを「社会の木鐸」などと言いますし、政治家や民間企業の不祥事を厳しく追及します。一方で、自分たちの商品の販売現場で、そうした事態が起きていることについては無関心というのは、少々バランスが悪い気がします。
幸田：編集局は販売の実態を知りませんし、販売は販売で「記事の中身は、俺達に関係ない。何を書いていようが、売るのが営業の真髄だ」と思っている部分があります。二つの部門の間で深いコミュニケーションもありません。
おそらく、これまではそれでよかったのでしょう。しかし近年、新聞社としても、販売店やセールスもしっかりと指導しなさいという流れが出てきています。そうしないと消費者センターから指導が入ります。
私が販売に異動した最初の年にも、消費者センターから呼び出しを受けました。自分の会社の幹部について行ったのですが、「お宅の新聞に関して、どういう苦情が来ているのか知っているのか」と非常に厳しく指摘されました。販売店の従業員が「購読止めます」と言った人に、「死ね」とかヒドい言葉をあびせたといったことが具体例として挙げられました。
もはや、新聞社が「販売店が勝手にやったことで、本社は関係ない」と言える状況ではありません。消費者センターでも「きちっと対処します」と応えて、行政上の処分としては「口頭で注意」という形になりました。 今は、読者が苦情を入れるケースも非常に増えてきていて、例えば世論調査などでも消費者センターに連絡されることもあります。消費者センターから会社に電話がかかってきて、「お宅の新聞は今、世論調査してますか？ という質問を受けました。理由を聞いてみると、家人が外出から帰宅したら「○○新聞の世論調査で伺いました。また来ます」 という内容が書かれた紙が入っていて、気持ち悪いから消費者センターに連絡したということでした。
部数を縮小する方向で健全化を目指すべき
-新聞販売の現場が苦境に陥っている中で、何らかの改善策というのはあるのでしょうか？幸田：各新聞社が、「押し紙」によって部数を膨らませています。部数を大きく見せることで、販売経費も大きく膨らんで、経営を圧迫しているという構図はどこも一緒だと思います。なので、紙を減らせれば販売経費も削減できる。つまり、新聞を印刷しなければ、紙代や印刷代といった生産コストを縮小できるのです。このように発行部数を正常にする方向で健全化を目指す。この道をもっと真面目に考えるべきだと思います。
きちんと数字を見て、どれくらいの部数を、どれぐらいの期間で減らしていけばいいのか。子会社の印刷工場に急激な傷みをもたらすことなく、発行部数を減らしていくためにはどうすればいいのか、までを考える。そこを話し合ってこそ経営改革になると思うのですが、「押し紙」の存在が社内でもタブーになってしまっているので、本当の意味での改革論議が経営陣にも出来ていないのではないかと思います。
-「押し紙が減ると折り込みチラシも減るので、販売店の経営にも影響があると思いますが。
幸田：折り込みチラシは減るかもしれませんが、余分な新聞を買う必要がなくなるので、全体的に見て、それほど販売店にデメリットはないと思います。
現在の全国紙は、朝刊夕刊セットで月額4037円で、大体６割くらいが原価なのですが、かつては原価を超える量の折り込み広告が入っていた時代もあったようです。こうした時代には、販売店主が読者のいない新聞をたくさん本社から買い取って、折り込み広告の量を膨らまして、儲けることがあったそうです。
しかし、景気が悪くなって、折り込みチラシが減れば、余計な新聞は要りません。そこで販売店が納品部数を減らそうとしても、今度は新聞社側は「自分が注文して部数を増やしたんだ」とそう簡単には減らしません。
-折り込みチラシのクライアントにしてみれば、「これまで嘘をついていたんだから、その分の料金を返せ」といった話になる可能性もあると思います。
幸田：確かに新聞社は急激に部数を減らすと、広告のクライアントから訴訟を起こされるのではないかと危惧しています。
例えば不動産やパチンコ屋、スーパーといった折り込み広告のクライアントが、公称部数1000部の販売店に1000部チラシを送ってきたとします。しかし、その販売店の読者が600人しかいなければ、チラシは400部あまってしまう。すると、次の日に、もう一回入れるということはできないので、400部は捨てるしかありません。外から見えないように新聞紙に包んで捨てるという話を聞いたことがあります。
このように、急激に「正常化します」といってやってしまうと、「今までの部数何やったんですか」ということになりますね。
「自分は逃げ切れる」と思っている新聞社の50代
-現在までの反響はどのようなものが多いでしょうか？幸田：新聞社に勤務している人々の反応では、私の上と下の世代で違いあるように感じました。
私より上の世代、50代以上の人たちは、「暴露本なんか出して迷惑な話」といった受け止め方が多いです。おそらく、自分のサラリーマン生活は何とか逃げ切れそうなので、今更「押し紙」 という本質的な問題を、イジって騒ぎにしようとは考えないし、現状を維持しながら何とか持ちこたえようという発想になる。この年代にも発行部数の正常化は喫緊の課題だと考えている方もいますが、新聞社の中では少数派です。「押し紙」の問題には手を付けない方が会社のため」という愛社精神から反発する声もあります。しかし今や、「押し紙を守ることが会社を守ること」というのは逆なんじゃないかと思います。
それに対して、30～40代は、定年までまだまだ先がある。やはり「自分の会社は、これから将来どうなるのか」「改革していかなきゃいけない」といったことを真面目に考えているわけです。
なので、若い世代の方が、真剣に受け止めたり、「書いてある通りだと思った」など、自分の問題として考えてくれている反響が多いと感じました。私がこの小説を通して伝えたかった問題意識を共有してくれる人たちの多くは若手の人たちでしたね。
-最後に読者にメッセージをお願いいたします。
幸田：この作品の中で描かれている問題は、新聞社の中でも、本当に一部の販売担当しか知らないものなので、やはり新聞社で働いている人間には読んでほしいと思います。自分たちの会社の営業の根幹の部分の話ですから。
私が非常に良くないと感じているのが、販売以外の職場の人間に、かつて言われていた「新聞はインテリが作ってヤクザが売る」という言葉を肯定している雰囲気があることです。 私が販売局にいた時、販売の現場で起こっていることを他の部署の社員に伝えても、「販売は昔からそんなもんだろ」といったように、新聞社の抱える課題の中から販売を切り離して考えているように感じました。
それ以外にも販売店の人間、新聞の貴重な愛読者の人といった新聞に関わっている人に、読んで欲しいと考えています。現場は非常に深刻な問題を抱えていますし、新聞社自体が岐路に立っていると思います。
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