米国人にとって切実な「テロ対策」と「正義」 - 竹田圭吾氏が「ホームランド」を語る - BLOGOS編集部PR企画
※この記事は2013年07月10日にBLOGOSで公開されたものです
イラク戦争の帰還兵とCIA捜査官の息詰まる攻防。日本でも大ヒットしたアメリカの連続ドラマ「24」の制作陣が再び世に問うた「ホームランド」が話題になっている。アメリカではゴールデン・グローブ賞を２年連続で受賞、日本ではすでにシーズン1のレンタルが開始され、9月4日にはシーズン２のレンタル開始が予定されている。シーズン１の制作は2010年に遡るが、多発する銃乱射事件やボストン・マラソンのテロ事件など、アメリカ社会を覆う見えない脅威はより切実なものとなってきており、一見善良な市民がテロリストなのかもしれないという社会背景は、作中のCIA職員の葛藤や、世界観もよりリアルなものに感じられる。
CIAが国民の情報を監視していたとの衝撃の報道が日本でも駆け巡る中、元Newsweek編集長の竹田圭吾氏に、「ホームランド」の世界観と、現実のアメリカ社会が今抱える問題について話を聞いた。【取材：大谷広太（BLOGOS編集部）】
国民は”見られている”ことに気づいている
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竹田：起きるべくして起きたと思いますし、今年はAP通信の記者の通話記録を盗み見していたことも明るみになりました。今振り返れば、やっぱりそういうことが体系的に行われていた。
首脳会談でも中国にサイバー攻撃をやられていると言ってましたけど、オバマ政権の性格としてはもともとそういうことをやっている節があって、たまたまそれがこういう形でワッと明るみに出たというのが今回の事件だし、そもそも政府の行動とは別にソーシャルメディアそのものがプライバシーや個人情報が危うい状態に置かれていることも前から指摘されていました。
そのような中で表に出るべくして出てきた話、という印象が強いですね。
―政府による情報収集について言えば、9.11以降、当時はブッシュ政権ですけども、「エシュロン」が話題に上ったこともあります。オバマ政権になってから、そうした情報収集がさらに強化されているということもあるのでしょうか。
竹田：そこはちょっと何とも言えないですね。
ブッシュ政権は国家安全保障省という新しい組織を作りましたが、広い意味での緊急事態への対処という設立目的であったにも関わらず、テロ対策に特化しすぎてしまったこともあり、カトリーナのような自然災害の時に、政府全体の機能を整備しないといけないことが露呈してしまいました。だから国家安全保障省が無能だったかは別にして、試行錯誤が必要な期間ではあったと思うんですよね。
オバマさんが大統領になった時には9.11から７年、８年経ってましたし、そういった経験を踏まえて、作戦目的とか予算とか体制とか軍との連携とか、いろいろなことを整理したうえで対テロ作戦に絞り込んでいったということはあると思います。
それから、やはり予防的にテロを防ぐという方向にかなり進んだと思います。事後的に対処しようとすると途轍もない予算がかかること、そして、この間のボストン・マラソンでのテロ事件のように、ホームグロウン・テロ（欧米で育った者が自国に対し起こすテロ）が深刻な脅威になってきていることがある。要するに、中東系の容貌の人を空港でチェックしてれいば済むという話ではなくなってきている。
そうなってくると、直接疑われるかは別にして、ブッシュ政権の頃より、関わりが多少ありそうなものはある程度網羅的・定点的・定時的にずっと観測するというふうにしないと、テロの脅威全体をカバーできなくなってきているというのはあると思います。
さらにオバマさんとのパーソナリティ、彼が仕切ってる政権の非常にインナーな、よく言えばビジネスライクで効率的、悪く言うと閉鎖的な政権だというのがミックスされて「PRISM」みたいな仕組みが活用され続けているのではないかと思います。
―現実がむしろ作品にリアリティを与えているなというか、フィクションでありながら、実際本当にこういうこともあるんじゃないのと思ってしまいますよね。
竹田：まさに「PRISM」の件のはリアルですよね。それはドラマを作っている人が意図的に盛り込んだというよりも、それがないともうドラマとしてリアリティがなくて、この話をするんであれば。アメリカ人もみんな知ってるわけです、ある程度。「エシュロン」も昔からありましたし、今回の「PRISM」の件が出た後の世論調査見ても、「仕方ない」と思う人が四割、五割いるということからも、国民の側に、見られているということがもう織り込まれている面もあると思います。
アメリカ人視聴者には切実な「テロ対策」と「正義」
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本作に限らず、アメリカの映画やドラマでは、ベトナム戦争も湾岸戦争もイラク戦争もテーマになって来ましたし、帰還兵のトラウマがモチーフになっている作品も数多く制作されてきたと思います。それらは、もちろんエンターテインメントとしても質の高い作品が作られている一方で、ちゃんとそこにはある種の批評性も盛り込んでいる部分があって、見る側のアメリカ人としてはどのように受け止めているのかも、気になりますね。
竹田：それについてはいろいろな見方があると思います。逆に言えばニュース性があるものとか、社会的に意味があることを扱った方が視聴者は食いつきますから、現実の深刻な事件を娯楽のために”食い物にしてる”という見方もできるだろうし、作品によっては非常にバイアスがかかった描き方、これもまあ見ようによってはモラル的に許されるギリギリだろうって部分もちょっとありますよね。
本作の主人公である海兵隊の軍曹というのは、このシーズン2以降どうなるのかわかりませんが（笑）、ちょっとヒロイックに描かれていますが、特に海兵隊はアメリカ人にとっては特別な存在ですし、その中でも特に下士官は一番ピュアで、諜報機関や政府の犠牲になっているとみなされている立場です。その彼らの存在が、戦争を許容しているアメリカ人にとってのギリギリの良心というか、心の支えというか、それを体現するキャラクターとして設定されていますよね。本当にあんなにきれいごとなのかどうかというのは正直ちょっと思いながら見てしまいますけれど。
やはり、戦争がモチーフの作品というのは、見ているアメリカ人の気持ちをすごく投影するというか、ドラマチックなのは間違いないと思います。二十世紀の最初からこれまで、アメリカはほとんどの期間、何らかの戦争をしていたわけですから。
2006年頃かな、イラクでの戦闘が終わった時期でも、アメリカへ行くと「戦時中」であると体感できた。何らかの形で米兵が前線にいる状態が日常的になっていたわけですから、それを素材にした方が当然ドラマとしては作りやすいですよね。
―観ているアメリカの人たちも、かなり実感を伴って見ていると。
竹田：間接的にはあると思います。軍属という位置づけの人まで含めれば、あれだけものすごい数の人が関わっている。低所得者層に偏っている部分もありますけど、海外に駐留している兵士が知り合いとか親戚にいるなんてのは当たり前だし、学校の友達のお母さんやお父さんがイラクや中東に行ってるという状態は、撤退が始まるまでは日常的でしたから。
―アメリカ人の実感というお話をもう少し掘り下げると、ちょっと陳腐な言葉かもしれないですけれど、安易な二元論ではなく、「正義って何だ？」みたいなことを、登場人物も視聴者も突きつけられる作品が増えたようにも思うんですよね。
宗教と宗教、人種と人種、文明と文明のぶつかり合いの中での議論も国内ではあったでしょうし、9.11後には愛国法みたいなものが出てきました。作中でも、CIAの中でも、こういう捜査手法はありなのか、といった対立軸もありました。本当に正しいのはどっちなのか、という。
竹田：そういう議論も、印象としてはちょっと一巡したかなという感じがします。特に2004年くらいまでは、周りで自分たちが何を体験しているかってことを、大手のニュースメディアの人に聞いても把握しきれてない、認識しきれてない部分がありました。
同時多発テロの二週間後には過激派・原理主義的なものだけが原因ではなくて、アラブの王族、特にサウジですけど、彼らの腐敗やアメリカとの癒着、それに対する、西洋的な表現で言えば階級的な、中東の貧しい人たち、要するに自分たちだけが贅沢をして、社会改革にまともに取り組もうとしない人たちへの不満とか怒りがアメリカに対する憎悪に転嫁した、というような分析も出てたんですけどね。
その時期を過ぎて、もうちょっと冷静に振り返るみたいな、さっきおっしゃっていたような二元論的な解釈ではない議論も出て来ました。ただそういうものを広く落ち着いた状態で考えたり議論したり、メディアも一部だけではなく報じるような状態になったのはやっぱり2004、5年くらいからですね。特に大量破壊兵器がなかったというのが出てきてから以降だと思います。それがだいたいオバマが当選するまでだと思います。落ち着いて考えても答えは出る話ではないので、それに耐えてじゃあアメリカという国とか、一人一人のアメリカの人がどういう風に向き合うかを当事者的に考えるようになったのはオバマになってからだと思います。 ただ、国が相手の戦争ではないわけで、オサマ・ビン・ラディンを殺して何が変わった？という議論が去年は行われていましたし、ホーム・グロウン・テロみたいなものはその延長にある、という悩みもあるとは思います。
その中で、今は議論が一巡して戻ってきた状態で、改めていろんなこと考えてみようみたいな感じだと思います。「ホームランド」もその時期に制作が始まった。だから、正義の反対が不正義ではなくて、正義の反対はまた別の正義だって話も、もう七、八年前にずっと出てた話ではあると思いますけどね。
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日本人には馴染みの薄い「Homeland」という考え方
-本作の原題は「Homeland」、邦題もそのまま「ホームランド」です。作中のセリフの「Homeland Security」は、字幕では「国防」と訳されているんですけれども、この「Homeland Security」という概念は、日本人にはなかなか感覚としてわかりにくいと思います。アメリカ人にとっては、子供からお年寄りまで根付いている価値観と聞いていますが…。竹田：厳密には、日本語的な意味での「国防」ではない。「国」って言っちゃうと、例えば北朝鮮のミサイルで言うと、上から見た日本地図、日本列島全体を守るとか、あるいは「国体」とか「国家」みたいなものを守るのが「国防」ですよね。「Homeland Security」はそうではなくて、見える範囲の社会や人々を守るという感覚です。犯罪に対する「治安」や、大災害に対する「防災」という意味もありますが、9.11以降、それまで想定も想像もしていなかったファクターとしてテロという、日常的にアメリカ国内のどこでもテロが起きうる、そうした恐怖が毎日朝から晩までどこにいても向き合わなきゃいけない。そういう状態はそれまでなかった。その中で自分の大事な人を守らなきゃいけない、その気持ちが「Homeland」という単語には込められてると思います。
―なるほど、さきほどお話に出た、国家安全保障省も、「U.S.Department of Homeland Security」で、国防総省（U.S.Department of of Defense）とは別ですね。
「Homeland Security」についてもう少しお伺いしたいのですが、多様性、つまり宗教も人種も、考え方もさまざまな人たちが共存している一方で、日本やヨーロッパにくらべると建国以来の「伝統」みたいな記憶があまりないのもアメリカを特徴づけていることだと思います。
有名な「一つのアメリカ」というオバマ大統領の言葉がありますけど、「Homeland Security」という概念をみんなで唱えることで、一体感を再確認している分も国民の中にはあるのでしょうか。
竹田：それはちょっと違うと思います。湾岸戦争の時なんか顕著でしたけど、星条旗を見た途端にみんなアドレナリンが沸騰するような状況は、普段バラバラだから、自分たちを一つにしてくれるものへの渇望が強いというのはあると思います。しかし「Homeland Security」、「Homeland」という概念がそれと同等に機能しているとはまったく思えません。むしろ、逆に国民をバラバラにするベクトルに働く可能性もありますよね。疑わなきゃいけないわけですから。仲良くやってた友達が、知らないところでテロの動きとつながってたとかですね。この間のボストン・マラソンテロの実行犯の兄弟もそうでしたが、普通に見ているだけではわからないわけですよ。それに銃乱射の頻発みたいなものが結びついているわけですから。
―きょうは「ホームランド」シーズン１の時点でのお話なのですが、「ホームランド」は、今後、シーズン7まで予定されているようですが、今後の世界情勢や米国内の政治状況がドラマに反映されていったりするようなことも予想されますか？
竹田：当然それはかなり意識はしてると思うんでしょうけど、逆にちょっと心配なのは、現実とシンクロするような感じになっちゃっているので、現実に起きたことをトレースして織り込むってだけだと、なんかそれだけでは物足りない…。シーズン7までと言っても、アメリカの連続テレビドラマは数字とれる限りは続きますし、落ちると突然終わりますから（笑）。
ただ、さきほど言ったように、議論が一巡したからこそ、盛り込まなきゃいけない話もありますが、それらの論点をうまく整理しているし、なおかつアンフェアやバイアスがかかった描かれかたでもない。それはもちろん制作陣が上手なんですけど、その背景には他のアメリカのドラマももうやってることの焼き直しでもあるわけですよ。だからハードルが高い。こういうドラマ作る上では。さんざん他のドラマでもやってますから。それらを超えるものをあえて非常にチャレンジングなわけですよね。ちょっとやそっと、生半可にこのイラク戦争の話を扱ったら観てる人面白くないと思うんですよね。そこに敢えて突っ込んでいってる。
―エンターテインメント的にも成功していて…
竹田：それは最低限ですけどね。そのために作ってるし、プロですから。
HOMELANDがいいところはアクションがないところだと思うんですね。これは戦略だと思うんですけど、「24」を裏返しにしたような、静かな描き方だと思うんですけど、非常にメンタルなところに絞って描いてる。公園の爆破だけですよね、”ドカン”があったのは。そこは非常にうまいと思いますよね。
―やっぱりフィクションよりもすごいんじゃないかというようなことが現実に出てきちゃうみたいなところが今回の「PRISM」の報道を見ていても…。
竹田：現実のCIAの方は意外に間抜けだったりしますからね。間抜けというか、CIAはCIAでいろいろな政治的な問題とか、このドラマにも描かれている官僚的な体質とか、組織とか職制の上での失敗を重ねてきているので、そういうリビルドとかリストラがなかなか進んでいないって状況もあるでしょうし。
ドラマって難しいですよね。特にアメリカの作品はリアリティが要求されるので、映画のように一発勝負ではないので、ありとあらゆる伏線とその整合性まで含めて、たまに破たんしていくものもありますので。これだけ難しいテーマを扱ってて、でもそれを非常にリアルかつバランスがとれた描き方をしてる。
何が真実で何が正義かということについて根本から揺らぐような経験をしてた人たちが、それでも挫折したりあきらめたりしないで向き合いながら進んでいくってところは、すごくいいドラマだなと思いましたね。
―先ほど、アメリカの対テロ政策は、予防的な方向に振れているってお話だったんですけれども、主人公の設定もそういう意味では個人の情報収集をガンガンやる。
竹田：すごく誇張した設定になってますよね。現実にはこれを個人のレベルでこんなことやったら全体の組織が破たんすると思うので、こういうエージェントをいかに早い段階で排除するのが必要になってくるのではないかとも感じますが、まあドラマの世界なので。こんなエージェントいたらとんでもないと思いますけどね、実際には。
―今後のストーリーがどうなるのか、気になるところで次のシーズン！という形ですので、完結したら、またぜひ、その時の国際事情と絡めて、お話をお伺いできればと思います。今日はありがとうございました。【PR企画】
プロフィール
竹田圭吾（たけだ けいご）東京生まれ。慶応義塾大学卒業。スポーツ雑誌の記者を経て、１９９３年にニューズウィーク日本版編集部に入る。１９９８年に副編集長、２００１年から２０１０年まで編集長を務める。現在はジャーナリスト、名古屋外国語大学客員教授、およびフジテレビ『とくダネ！』『Mr.サンデー』など情報・報道番組のコメンテーター。J-WAVE JAM The Worldのナビゲーターも務める。
