(左から)中村梅枝、小川大晴、中村時蔵、尾上菊五郎、尾上丑之助、尾上菊之助

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2022年5月2日(月)に、歌舞伎座ではじまる『團菊祭五月大歌舞伎』。第二部 新古演劇十種の内『土蜘(つちぐも)』に出演する尾上菊五郎、尾上菊之助、尾上丑之助、そして中村時蔵、中村梅枝、小川大晴(ひろはる)が、取材会に顔をそろえた。音羽屋と萬屋の親子孫の三世代2組が、本作の見どころや親子ならではの思いを語った。

■3年ぶり團菊祭、音羽屋ゆかりの『土蜘』を

團菊祭は、明治時代の名優、九世市川團十郎と五世尾上菊五郎の功績をたたえる興行。5月に歌舞伎座で行われるのが恒例となっているが、コロナ禍の影響を受けて、今回は3年ぶりの開催となる。菊五郎は『團菊祭』を「團十郎さんと菊五郎を偲んで、縁のある芝居をやっていこうというもの」と説明した。そして「『土蜘』は音羽屋が大事にしてきた演目」だと語った。

「五代目菊五郎さんが、河竹黙阿弥さんに「團十郎家の『勧進帳』に匹敵するような曲を音羽屋に」と依頼して作られたものです。とてもいい曲がついております。久しぶりの團菊祭ですし『土蜘』をやらないか? と倅の菊之助にすすめ、実現しました」

團菊の「團」にちなみ、十二世市川團十郎との特別な思い出を問われると、菊五郎は「うーん、ないですねえ」と笑った。

「夏雄ちゃん(十二世團十郎の本名)とは、彼が團十郎を継ぐよりずっと前の、小さな時から遊んでいたんです。(初世尾上)辰之助も一緒にね。いつも流れるように当たり前に、一緒に芝居をしていたものだから“特別な”と聞かれると(笑)」

時蔵は、「歌舞伎座が立て直しの時、大阪松竹座でも團菊祭をやりましたね」と振り返り、團十郎さんとの思い出は、「こんぴら歌舞伎で(十世坂東)三津五郎と私とで『三人吉三』をやったり、海外公演にご一緒したり。お世話になりました」と懐かしんでいた。

■源頼光VS土蜘を松羽目の舞台で

以下、公演の意気込みや自身の役の見どころを、質疑応答より抜粋して紹介する。

ーー物語の舞台は、源頼光の館。頼光を勤めるのは菊五郎さんです。

『土蜘』源頼光=尾上菊五郎(H11.5歌舞伎座) /(C)松竹

菊五郎:ひとつの狂言に2組の三世代が揃うお芝居は、なかなかありません。私はただただ丑之助に負けないよう、一所懸命勤めてまいります。松羽目の舞台でお見せする演目ですから、場面が変わっても照明は変わりません。その中でも、場面場面を変えてお見せしたいと思います。

尾上菊五郎

ーー菊之助さんは、僧智籌(ちちゅう)実は土蜘の精を勤めます。

『土蜘』叡山の僧智籌実は土蜘の精=尾上菊之助(R1.6博多座) /(C)松竹

菊之助:出演させていただきましたNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』は、親子三代100年の物語でした。こちらは親子三代が2組です! 『土蜘』では、源頼光に恨みをもち復讐のために出てくる僧智籌実は土蜘を勤めます。前半の妖しさと後半の豪快さの対比をお見せしたいです。

尾上菊之助

丑之助:なんで土蜘は頼光を恨んでいたの?

菊之助:土蜘さんたちは、もとはたくさんいたんだけれど、頼光にまつわる人たちに攻撃されたんだよね。どちらが良い悪いの話ではなく、お互いに仲良くできればよかったんだけれど……(と丑之助に説明し終えてから、記者たちに)すみません(笑)。

丑之助からのまっすぐな質問に、やさしく正面から向き合う菊之助。会場を和ませた。

ーー丑之助さんは、太刀持の音若役です。

『土蜘』太刀持音若=尾上丑之助 /(C)松竹

丑之助:祖父と父と一緒に出られるのはすごい嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。(自身の役の見どころは)頼光を守るとき、バーンと足を踏んで長袴でいくところがすごくカッコよいです。楽しみです。

菊之助の長男・尾上丑之助

ーー時蔵さんは、頼光に薬を届けに来る侍女の胡蝶です。

『土蜘』侍女胡蝶=中村時蔵(H9.7大阪松竹座) /(C)松竹

時蔵:過去に1度勤めたお役ですが、思い出深い狂言です。三代一緒に出られるのは、大変うれしいこと。千穐楽まで何事もなく勤められるよう、一所懸命舞台に立たせていただきます。胡蝶は、壺折という衣裳を着ます。動きにくさはありますが、やはりお能をもとに作られた作品。お能のように優雅に品よく舞いたいと思っております。

ーー梅枝さんは、巫子榊です。

『土蜘』巫子榊=中村梅枝(H27.12南座) /(C)松竹

梅枝:父、私、息子の3人で、同じ狂言に出るのは初めてです。お声がけいただき、ご一緒させていただけることを大変嬉しく思っております。一生懸命勤めます。私が出るのは、間狂言です。全体の重厚な空気の中で、ちょっとした休憩のような軽めの空気感があるところです。お客様にもクスっと笑っていただけるような場面を勤め、その後の重厚な空気に戻す役どころです。

中村梅枝

ーー石神実は小姓四郎吾は、小川大晴さんです。

大晴:石神をつとめさせていただきます。よろしくお願いします。

梅枝の長男・小川大晴

大晴:(見どころを聞かれ)……。

梅枝:うん。ちょっと難しい質問だったね。一生懸命やりますって。

大晴:一生懸命やります!

■“そういう仲”の丑之助と大晴

現在丑之助が8歳、大晴が6歳。3月には国立劇場で、菊之助が盛綱を勤めた『盛綱陣屋』で共演をした。

ーー菊之助さん、梅枝さんからご覧になって、丑之助さんと大晴さんはどのような様子でしたか?

菊之助:最初はお互いに探り合っていたような(笑)。舞台で自分の役を一生懸命やり、舞台袖でご挨拶をするくらいでした。でも大晴くんのお芝居ごっこに誘ってもらううちに、楽屋が芝居小屋になり、2人はどんどん仲良くなっていきました。大晴くんの楽屋には、時蔵さんが手作りされた立派な小道具があるんですよね。

(記者から材質を問う声に「硬質な発泡スチロールで作るんです」と時蔵)

梅枝:2人は徐々に仲良くなり、今では丑之助くんのトイレにまでついていくほど大好きになったようです。生意気なうちの子を……ありがとうございます(笑)。

ーー丑之助さんと大晴さんは、お互いにどのような印象をもたれていますか?

丑之助:大晴くんは雰囲気があって、かわいいし元気です。梅枝さんが遊びにつれていってくれたりもしました。今は親友です。

大晴:(笑顔)

梅枝:一緒にいて楽しいですか?

大晴:たのしいです!

時蔵:今日も会ったらハイタッチしていたね。そういう関係です(笑)。

ーーそれぞれ、お父さまとのお稽古はいかがでしょうか。

丑之助:ひーま(菊五郎)にみてもらったのは、『京鹿子娘道成寺』の時の胡蝶の踊りです。ほめられたのがうれしかったです。お父さんは、お稽古のときは厳しいけれど、終わったあとはすっごい優しいです。

大晴:がんばります!

丑之助が大人顔負けの堂々としたコメントをし、会場が笑いに包まれる一幕も。

ーー菊之助さん、梅枝さんは、お父さまに対しどのような思いを持たれていますか?

菊之助:父・菊五郎は、手とり足とり教える指導はしません。周りの方から色々うかがい、稽古で作り上げたものを父に見てもらい、二、三言教えをいただく稽古をしてきました。「親はないものと思え」とも言われてきましたし、自分で考えることを課せられているのだと思っています。まだまだ期待には応えられていませんが、私の勤める土蜘をどう感じていただけるのか。今回、自分にとって大きな挑戦となる舞台です。

梅枝:父・時蔵は、家に歌舞伎を持ち込む人ではなかったので、私は幼少期は、あまり歌舞伎に触れてきませんでした。しかし父がやってきたのと同じ役、似た役をさせていただくようになった今、まだまだ父に及ばないところが多々あると、最近特に感じています。息子もおりますので、早く父に褒めてもらえる歌舞伎役者になることが、親孝行だと思っています。

■『土蜘』

ーー菊之助さんは、丑之助時代の1987年6月歌舞伎座で音若を勤めました。菊五郎さんは土蜘の精、おじいさまである(七代目尾上)梅幸さんは頼光でした。

『土蜘』左より、叡山の僧智籌実は土蜘の精=尾上菊五郎、太刀持音若=六代目尾上丑之助(現・菊之助)、源頼光=七世尾上梅幸(S62.6歌舞伎座) /(C)松竹

菊之助:祖父の頼光は、ドーンとした頼光だったと感じました。私自身は初めての長袴で動きに慣れるのが大変で。太刀が非常に重かったことも記憶しています。そして父の土蜘の精の迫力に圧倒された思い出がございます。土蜘は、私もゆくゆくは……と子供の頃から思っていたお役です。

ーー2019年6月の博多座で、土蜘を初役で勤めました。今回の意気込みは?

菊之助:花道に現れる時、物音をたてずに蜘蛛が天井から降りてきたように、妖しくいつの間にか花道の七三に立っているように。そこが難しいと父から指導いただき、自分でも難しいと感じたところです。前回に続き研究を重ねたいです。今回は頼光が父。父に向かっていく気持ちで勤めます。

ーー菊五郎さんは、梅幸さんの頼光にどのようにご記憶されていますか。

菊五郎:父・梅幸の頼光は、土蜘が出てきた後、病の姿で夢の中のモヤ……っと包まれたような。夢の中で喋ってるような雰囲気がありました。それができると、土蜘はやりやすい。私も、土蜘がやりやすい頼光を作っていきたいです。そして音若に、油断するなと言われたところで、パッと目をかっぴらいて武将になる。この変わり目が、父の頼光は鮮明でした。そのためにも丑之助! 頼光をしっかり起こしてくれな? 頼むな!

■悪を作らず皆で平和に暮らせたら

最後に菊之助は、本作への思いを問われ、今の世界の情勢に重ねてコメントをした。

「今年1月『南総里見八犬伝』では、仁義八行を勉強しました。2月『鼠小僧次郎吉』では人間の業について、3月『盛綱陣屋』では人の心を推しはかる情について勉強しました。昔の日本人が、いかに心から人のことを慮っていたか。多くのことを歌舞伎から教えられています」

そして5月は『土蜘』。「古事記」や「日本書紀」が書かれた時代まで遡ると、“土蜘蛛”という言葉は、大和朝廷に従わずに滅ぼされた、先住民族を指す意味で使われていた。

「『土蜘』は、頼光の王道思想による民族浄化の話とも受けとれます。しかし作品と向き合う中で、“悪を作らず皆で平和に暮らせたら”というのが、『土蜘』に隠されたテーマでは​ないかと考えるようになりました。いま世界では、とても近い民族間の戦いが起きています。その時期に『土蜘』をやらせていただくことに意味を感じます」

そして菊之助は「ただ……」と一度言葉を区切り、表情を明るくして続ける。

「こういった話は演者が勉強し、考え、舞台でお客様にお伝えすること。お客様には難しいことを考えず、客席でエンターテインメントとしてご覧いただき、その中で日本人の昔の心に触れていただけたら幸いです。祖父の代から見続けてくださってるお客様がいらっしゃいますので、私たちのこれからの100年も楽しみにしていただけますよう、父から受け継ぎ、そして息子に受け継いでもらえるよう、厳しく稽古をしていきたいです」

「若い人が真ん中の方が」との菊五郎。

歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』は、2022年5月2日(月)から27日(金)までの公演。

並び順を変更して、ふたたび撮影に応じる音羽屋三代と萬屋三代。

■尾上菊之助
ライトベージュスーツ \132,000
ネクタイ \11,000
白シャツ \13,200
以上3点 GOTAIRIKU/オンワード樫山 03-5476-5811

シューズ/スタイリスト私物
チーフ/スタイリスト私物

■尾上丑之助
白シャツ \31,000
中に着たカーディガン \31,000
以上2点 Bonpoint /info@bonpoint.jp

ジャケット、パンツ、蝶ネクタイ、シューズ/スタイリスト私物

スタイリスト 中井綾子(crêpe)

取材・文・撮影(会見写真)=塚田史香