ECB総裁時代にはその手腕から「スーパー・マリオ」と呼ばれたドラギ首相(写真:Bloomberg)

76年間で67政権。これは第2次世界大戦後にイタリアが共和制に移行して以来、内閣改造を含めて誕生した政権の数だ。政権の平均存続期間は413日。半分近くの政権は発足から1年未満に退陣している。

古くはマフィアと政治との結びつき、1990年代に多くの現職議員が摘発された全国的な汚職事件(タンジェントポリ)と政界再編を経験した。近年ではベルルスコーニ元首相による相次ぐ汚職・脱税疑惑と公職追放があり、2018年には反エスタブリッシュメントの新興政党「五つ星運動」と欧州連合(EU)に懐疑的な「同盟」によるポピュリスト政権が誕生している。このように、イタリアでは政治の混乱がしばしば繰り返されてきた。

短命政権と政治の不安定さは、イタリアで構造改革が停滞する一因とされる。世界銀行が発表する2021年の「ビジネス環境調査(Doing Business Survey)」(21年を最後に調査は廃止)によれば、イタリアの「事業環境のしやすさ」は先進7カ国(G7)で最も低い58位、中東欧を含めた欧州諸国内でもルーマニア(55位)やブルガリア(61位)と並んで下位に位置する。そのため金融市場では、イタリアの「政局混乱=改革停滞」と受け止められ、同国の国債利回り上昇(価格の下落)の要因となり、単一通貨ユーロの売り材料となる。

政治不安を払拭したドラギ首相の退陣リスク

こうしたイタリアの政治不安を払拭したのが、2021年2月の政局混乱時に誕生したマリオ・ドラギ前欧州中央銀行(ECB)総裁が率いる現政権だ。イタリアでは過去にも、タンジェントポリ後に政治が機能不全に陥った際や欧州債務危機で国際的な信用回復が必要となった際に、中央銀行や学者出身の非政治家(テクノクラート)が政権を率いたことがある。

議会の8割強を占める主要政党の幅広い支持を得て誕生したドラギ政権は、新型コロナウイルスの感染予防策を強化したことに加えて、コロナ危機後の経済復興に必要な財政資金を提供する「欧州復興基金」の利用に必要な構造改革に取り組んできた。

そのドラギ首相が2023年6月の議会任期満了を前に早期退陣して、政治的安定が崩れるリスクが浮上している。きっかけは、1月24日の次期大統領の選出投票だ。2月3日に7年の任期を迎えるセルジオ・マッタレッラ大統領は続投の可能性を否定している。その後継大統領の有力候補がドラギ首相であり、大統領に就任するには首相を退任する必要がある。政治危機で請われて首相に就任する以前、ドラギ首相は後継大統領の最有力候補の1人だった。

国家元首である大統領は儀礼的な存在とされるが、議会の解散権や閣僚の任命権を持ち、一定の政治的な影響力を発揮してきた。2018年のポピュリスト政権誕生時には、ユーロ離脱を唱える閣僚候補の任命を拒否したほか、2019年のポピュリスト政権崩壊時には、コロナ禍の総選挙を回避するため、連立の組み換えで主導的な役割を演じた。

大統領選の投票は無記名で行われ、630名の下院議員、315名の上院議員と終身議員(現在は6名)、58名の地域代表の約1000名が投票権を持つ。3回目までの投票では有効投票の3分の2以上の支持を得た候補がいれば選出され、4回目以降の投票では過半数の支持を得た候補が選出される。投票は通常1日2回行われるが、コロナ禍の感染予防の観点から、今回は1日1回行うことが予定されている。

無記名投票で思惑が交錯、時間かかり、想定外も

各党は候補者を一本化するのが一般的だが、無記名投票と政治的な思惑から、過去の選出投票では白票や棄権票も多く、想定外の人物が大統領に選出されることも少なくない。第2次世界大戦後の12回の大統領選挙のうち、初回投票で決まったのはわずか2回、投票が10回以上となったことも4回あり、最多は23回に及ぶ。

あらかじめ立候補者を募って投票を行う通常の選挙とは異なり、選出手続き中に新たな候補が浮上することや、初回投票ではほとんど支持を集めていなかった候補が最終的に大統領に選出されることもある。


最近の世論調査では、ドラギ首相を後継大統領に推す声が圧倒的に多い。ドラギ首相は今のところ自身の進退について明言を避けているが、「(首相の座に)誰が就こうとも仕事を続けられる条件を整えた」と述べ(2021年12月27日付け日本経済新聞朝刊)、大統領就任に含みを持たせる発言も聞かれる。投票日が迫る18日にはマッタレッラ大統領、大統領選出投票を取りまとめるロベルト・フィコ下院議長と相次いで面会し、出馬に向けた動きとの見方もある。


ドラギ首相以外の候補者は支持を得るのが難しい

現地メディアではドラギ首相以外にも複数の大統領候補の名前が挙がるが、いずれも決定打に欠ける。

シルビオ・ベルルスコーニ元首相が出馬を表明し、同氏が率いる中道右派政党の「フォルツァ・イタリア」に加えて、右派系ポピュリスト政党の「同盟」や「イタリアの同胞」が支持するが、過半数に届く見込みはない。同氏は出馬の取り止めを検討していると伝えられる。左派系候補として名前が挙がるパオロ・ジェンティローニ元首相、独立系候補のマルタ・カルタビア司法相も、広範な支持を得るのは難しい。

現在の議会構成を考えた場合、右派・左派・中道を横断して幅広い支持を得られる人物でなければ大統領に選出されることは難しい。24日に投票が始まり、投票を繰り返しても過半数の支持を得られる人物がいない場合、改めてドラギ首相を大統領に推す声が高まる可能性がある。

ドラギ首相が大統領に転身する場合の、もうひとつの大きな問題は、首相退任時の議会解散の可能性だ。

支持政党を問う最近の世論調査では、かつての政権政党で中道左派の「民主党」、ドラギ政権を支持する右派ポピュリスト政党の「同盟」、政権不支持に回った右派ポピュリスト政党「イタリアの同胞」が20%前後の支持で拮抗している。総選挙後の政権発足には、上下両院の信任投票で過半数の支持を得る必要があり、いずれの政党も単独での政権発足は困難な状況にある。「民主党」と「五つ星運動」を中心とした左派会派も過半数には遠い。

解散・総選挙なら右派ポピュリスト政権に

政権発足が可能な唯一の組み合わせは、「イタリアの同胞」と「同盟」の右派ポピュリストが主導する右派連立政権と考えられる。つまり、次にイタリアで総選挙が行われる場合、EU(欧州連合)に懐疑的な右派ポピュリスト政権が誕生する可能性が高い。


投票権を持つ議員の間では、議会解散を警戒する声が多い。イタリアでは2019年の法改正と2020年の国民投票で次回の選挙から議員定数を約3分の2に削減することが決まっている。失職のおそれがある議員の間では、総選挙を回避したいとの思惑が働きやすい。

特に現在、議会で最多の議席を持つ「五つ星運動」は、ポピュリスト政権発足後に連立パートナーの「同盟」や別の右派ポピュリスト政党「イタリアの同胞」に支持を奪われている。国民から人気の高い非政治家のジュゼッペ・コンテ前首相を党首に迎えた後も、党勢低迷に苦しんでおり、早期の解散・総選挙に及び腰だ。


ドラギ首相の大統領への転身が避けられない場合でも、ドラギ首相の後継首相が上下両院で信任されれば、議会の解散・総選挙を行う必要はない。議会の解散権を持つ大統領にドラギ氏が就任する場合、コロナ禍克服と経済復興に向けた重要局面での政局不安定化とポピュリスト政権誕生につながる総選挙を回避しようと考える可能性が高い。

後継首相が支持を得られるかどうかが焦点に

ドラギ氏の大統領就任と首相退任が決まれば、イタリアの政治安定が崩れるとの不安から金融市場に動揺が広がるだろう。だが、解散・総選挙が回避されることが確認されるとともに、市場の動揺は比較的早期に収まるとみられる。問題はドラギ氏に代わる後継首相候補が議会の信任が得られずに政権が発足できない場合や、後継首相が就任した後もドラギ首相ほどの幅広い支持が得られずに政治安定に綻びがみられる場合だろう。

前者の場合、解散・総選挙が避けられず、イタリアに再びポピュリスト政権が誕生する可能性が高まる。後者の場合、改革の推進力が低下するとともに、近い将来に政権運営が行き詰まり、任期前の議会解散につながる不安が拭えない。注目のイタリア大統領の選出投票は24日に迫っている。