「家に本届いた子たちはどうするんだ」 開催前日に同人誌イベント苦渋の「延期」...主催者語る激動の2日間
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言が発令されたことを受けて2021年4月25日、東京ビッグサイト青海展示棟(東京都江東区)は閉鎖された。本来であれば、趣味で制作した本「同人誌」を売買するイベント「SUPER COMIC CITY GYU!!(以下スパコミ)」が開催されているはずだった。今年は約1900サークルが出店を予定していた。
「開催中止のお知らせ」が掲示されたゲートの奥には、イベントを主催する赤ブーブー通信社のスタッフ数名と警備員のみがぽつんと佇んでいた。緊急事態宣言の発令が発表された23日夜からイベント当日までの間に何があったのか。J-CASTニュースは、同社代表の赤桐弦さんに取材した。
「開催直前の延期決定となり深くお詫び申し上げます」
23日夜、3回目となる新型コロナウイルス感染症拡大に係る緊急事態宣言が発令された。これを受けて24日未明から朝にかけて、ゴールデンウィーク期間中に東京ビッグサイトでイベント開催を予定していた主催団体らは、相次いで中止や延期を発表した。これらの報告によると、会場である東京ビッグサイトを用いることが出来なくなったという。
そして24日午後5時半すぎ、赤ブーブー通信社もイベントを延期すると発表した。イベント開催予定は翌25日、あまりにも突然すぎる展開だった。
「4/25および5/9のイベント開催延期をお知らせします。緊急事態宣言下の会場使用禁止通達を受け、会場側と協議を重ねておりましたが、力およばず申し訳ありません。開催直前の延期決定となり深くお詫び申し上げます」
これを受けてツイッター上では、同社の愛称「赤ブーさん」がトレンド入り。「赤ブーさんのイベント関連の前日中止が気の毒すぎる」、「赤ブーさんの負担が心配」などと心配する声が相次いだ。中にはクラウドファンディングなどで支援を行いたいという声もあった。
J-CASTニュースは3月にスパコミの取材を申し込んでいた。そのために、記者のもとにも赤桐さんから延期の連絡があった。
「4/25に予定しておりましたSUPER COMIC CITY GYU!!2021は延期となりました。現場を見ていただけず、大変残念であり、また急な決定となってしまい大変申し訳ございません」
記者は赤桐さんに連絡し、翌25日朝にスパコミが行われるはずだった青海展示棟を訪れた。
寒空の下、イベント会場にいた赤桐さん
記者が青海展示棟に到着したのは朝7時過ぎ。辺りはまだ薄暗く、気温は15度ほどか肌寒く感じられた。建物は締め切られており、屋外のベンチに赤いスタッフジャケットを羽織った赤桐さんがいた。朝6時半ごろから、誤って来場した人の対応を行っているという。
赤桐さんはニコニコしながら話をしてくれた。そこにSNS上で推測されていたような悲壮感は感じられなかった。ツイッター上では「東日本大震災の時に自社ビルを売るほど追い詰められていたのに大変そうだ」と言う声も寄せられていたが、赤桐さんは否定する。
「縁があって名前つけたビルですけれども、そもそもあれは自社ビルじゃないです(笑)以前は事務所が分散していて、社員間の円滑なコミュニケーションのためにワンフロアにした方が良かったのでお引越ししただけなんですよ」
赤ブーブー通信社は東日本大震災の後に事務所を移動しているのだが、決して震災の影響ではなかったという。赤桐さんは「引っ越すとき冷蔵庫も電子レンジもたくさん出てきて困っちゃいました。今はワンフロアなのでそんな心配ないですね」と笑った。
また現時点ではクラウドファンディングを行う予定はないと話す。
「大変ではありますが大丈夫です。皆さんの気持ちは、本当に有り難くて私たちを前向きにしてくれます。でも、サークルの方(出展者)は本を作って公開して、一般の方は大好きなサークルさんの本にお金を出していただければ。そうすればサークルさんはイベントに出たくなってくれる。その際に弊社を選んでいただけたら嬉しいです。 規模は小さくなっていますが、次々と即売会のスケジュールが決まっていますので、クラウドファンディングでこの生態系をすっ飛ばす必要はないです、焦らなくて大丈夫です。サークルが動かなくなればいずれ僕らの仕事もなくなってしまうので、サークルの方が描きたいと思えるよう「本が生まれて流れる環境」が大事です。弊社を甘やかす必要はありませんよ」
赤桐さんの頭にはもう次のイベントのことがあるようで、「切り替えていかなければいけない」と意気込む。そして自分たちのことよりも、参加者の心配をしきりに口にするのだ。
「家に本届いた子たちはどうするんだっていう。印刷会社が本を刷って持っていくだけの状態に、参加者はお金を払っていた。会社じゃない個人ですし、心配です」
さてそんな赤桐さんに、寒空の下で中止までの経緯を尋ねた。
「内閣府の定める催物の開催制限の例外にあたるのではないか」
赤桐さんによれば、東京ビッグサイトの担当者から赤ブーブー通信社のもとに連絡があったのは23日夜21時過ぎのこと。無観客、もしくはオンラインでなければ、イベントを開催するのは困難だという。あまりにも急すぎるとして夜中の11時ごろまで電話でのやり取りが行われたが、話し合いは翌24日朝に持ち越された。
24日10時半過ぎ、赤ブーブー通信社のもとに東京ビッグサイトの担当者2人が訪れ、再度説明が行われた。しかし赤桐さんには疑問があった。
「内閣府の定める催物の開催制限の例外にあたるのではないかと思い、この段階ではイベントを開催できるのではないかと考えていました」(赤桐さん)
23日に内閣府が発表した催物の開催制限には、「無観客化・延期等を実施すると多大な混乱が生じてしまう場合も想定されることから、このような事態と主催者が判断する場合には、例外的に、25日から直ちに無観客化・延期等を実施しないこととして差し支えないこともある」と記されている。実際に25日には、この例外措置によって一部プロ野球や歌劇などが観客を入れていた。赤ブーブー通信社もこの措置が適用されるのではないかと訴え、ビッグサイトの担当者は確認のために席を外した。
16時ごろ、ビッグサイトの担当者が戻ってきた。上層部と掛け合ったものの、結果は変わらなかったという。
そして17時、イベントの延期が確定した。会場には開催を信じていた印刷会社のスタッフや同人誌を載せたトラックが待機していたが、帰路へ向かうこととなった。赤ブーブー通信社の事務所のスタッフは開催延期のリリースを制作し、現地入りしていたスタッフたちは撤退準備を開始した。
そして18時、ツイッターや公式サイト上に延期の報告が公開されたのだった。
「良いイベント日和だったんですけれどもね」
そんなことの顛末を25日、青海展示棟の前で記者は赤桐さんから聞いていた。その間、誤って訪れた人は1人2人ほど。時には確認するように会場をのぞき込む人も見られたが、その数は少なかった。警備のスタッフは「最近の方はSNS上でよく調べて来られますからね」と話す。
しばらくすると、同じく同人誌即売会の1つである「コミティア」主催の中村公彦さんらが応援にやってきた。コミティアは6月6日に同地での開催を予定しており、今回の出来事について他人事ではなかった。中村さんはしばらく、現地にいた東京ビッグサイトのスタッフや赤桐さんらと情報交換した。そしてスタッフを労い、去っていった。
気が付くと日は高く昇っており、青空が広がり始めた。赤ブーブー通信社のスタッフは「良いイベント日和だったんですけれどもね」と呟く。
その後、赤桐さんたちはそろそろ撤退するとのことで、この日の取材を終えた。
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)