「母の代わりに弟の授業参観へ」親の介護で青春と夢を諦めた女子高生の就職先
■1980年代末にイギリスで社会問題として提起され始めた
「ヤングケアラー」という言葉をご存じだろうか? 通学や仕事をしながら家族の介護・世話をする18歳未満の子供を指す。このヤングケアラーの問題は、1980年代末にイギリスで社会問題として提起され始め、昨年末から厚生労働省も実態調査に乗り出した。
どのような人がヤングケアラーの当事者なのだろうか。詳細を語ってくれる人にインタビューすることができた。
なつみさん(仮名)は1年前に通信制高校を卒業した19歳の女性だ。現在は関西のある繁華街でコンセプトカフェ(アニメコスプレなどをして接客をする店)のホステスとして働いている。
比較的短時間で多く稼げること、持病を抱えているせいで9〜17時の勤務は難しいこともあって、夜に働けるこの仕事を選んだ。
「この店のオーナーは、とても良い人で、『しんどかったら休んで良いよ』と言ってくれるんです」
と、自身に理解のある経営者に出会えたことに感謝の意を隠さない。なつみさんは、先日も短期間だが入院したばかりである。
だが、なつみさんがこの仕事をするのには、実はもっと深刻な理由があった。うつ病で寝たきりの母親と、小学生の弟の世話をしなければいけない立場にあるのだ。
■小学生の頃母親がうつ病になり貧困生活が始まった
なつみさんは最近も10日ほどの休暇を取った。今度は病気の為ではなく弟の進級準備のためだという。弟にとってなつみさんは姉というより保護者そのものと言える存在なのだろう。
小学生の時、両親が離婚した。父親は転勤族だった。父親の最後の勤務地だった大阪に現在も住んでいる。以来、母親の面倒を見て、幼い弟の世話をしながら学校に通うという二宮金次郎さながらの生活を高校時代まで強いられてきた。
「親にいい物を買ってもらったり、ディズニーランドやUSJや旅行に行ったという友達の話を聞くたびうらやましかったです。USJは、私が2〜3歳のまだ家族円満な頃に行った写真があるんですが、私の記憶にはありません。ディズニーランドは全く行ったことがないです。第一、東京自体に行ったことがありません。行きたいですけどね」
なつみさんが小学生のときにひとり親である母親がうつ病になり、貧困家庭としての生活がスタートした。旅行はほとんどしたことがないが、修学旅行だけ例外だった。
「小学生の頃はスペイン村、中学生の頃は沖縄でとても楽しかったです。もう一度行きたいけど、お金がありません。大阪からほとんど出たことありませんから」
■弟の保護者として授業参観や運動会に出席
そう語るなつみさんは、普段から節約に節約を重ねた生活をしている。
「コンビニ弁当なんて高くて買えません。500円ぐらいするじゃないですか。500円もあれば、家族の食事が一食できてしまいますよ。野菜を中心とした料理でいつも安く済ませています。コンビニ弁当はたまにお客さんが差し入れてくれたのを、食べるぐらいですね」
なつみさんは、両親が離婚した小学生の頃からこうした生活になれてきた。中学生の頃なら誰もが迎える反抗期だが、なつみさんは反抗期らしきものはほとんどなかったという。いや、病弱な母親に反抗などしようがなかった。
「でも、中学生の頃はお母さんの病状も少し良かったので、演劇部の活動に熱中して、主役を張ったこともあるんです。一番充実していた時期ですね」
そう話すなつみさんは、母親がうつ病になってから、母親代わりに家事や弟の世話をするという日々を現在まで送っている。弟の授業参観や運動会などにも行くそうで、弟のクラスメートの保護者にはママ友的な友人・知人もいるそうだ。しつけの話になると、「叱るときは、きちんと叱らないといけない」と凛とした顔つきで話す彼女は、19歳の乙女には見えない。“母親”的な貫禄を漂わせる。
■叶えたい夢はあったが…
貧困ゆえに中高生時代から今に至るまで、友人と梅田にショッピング等で遊びに行くという経験もしていない。青春を介護と子育てに捧げている。通信制高校を選んだのも、十分な学費や受験勉強の時間がなかったからだ。
なつみさんはいや応なしに母親の介護と子育てをしなくてはならない。家族を放っておいて、自分の好きな夢を追いかけるということをティーンエイジャーにして断念せざるを得ない状況にある。だが、それまで全く夢がなかったわけではない。芸能界入りを志向したことがあるという。
「私、演劇部出身で、とてもお芝居が好きなんですよ。自分と違う人を演じるというのが面白いやないですか。それに貧しいから、芸能界に入ると窮地を抜け出せるなあと思って、アイドルのオーディションなどを受けたりしたんですが、とても厳しくてだめでした。プロになるためのレッスンをする教室に通うには、とてもお金が高くて通えません」
と、切実な状況を口にする。加えて、夢を追いかけるにしても、常に「金になるか」という実益を求めなければならない。
「最初のうちは売れなくても良い」とタカをくくってアルバイトと実家からの仕送りで生計を立てるという、よくある芸人志望のようなことは、とてもできない。実家からの仕送りどころか、なつみさんは19歳にして一家の大黒柱なのである。
よく若手の芸人が、「売れない頃は、毎日コンビニ弁当を食べていた」などと語るが、なつみさんに言わせれば、「ぜいたくや」としか言いようがないらしい。
■モーニング娘。の大ファンという一面も
だが、そんななつみさんにも普通の女の子と変わらない面がある。モーニング娘。の大ファンで、なつみさんが生まれる前にブレークした市井紗耶香さん、保田圭さん、ゴマキこと後藤真希さんで結成されたユニット、「プッチモニ」の歌を勤務先のコンセプトカフェのカラオケで流すと嬉しそうに歌う。
「友達にモーニング娘。のファンがいて、その影響で私もファンになりました」
そう語るなつみさんは、普通の10代の女の子と変わりがない。
だが、少し話を進めると、「普段はカラオケに行くことはありません。お店でお仕事だからできるんです」と、すぐに生活環境の厳しさを物語ることを言うので、こちらが切なくなってしまう。だが、なつみさんは他人の前では気丈に振る舞っているようだ。
「こういう仕事だし、身だしなみには気をつけています。お洋服は基本お下がりばかりなんですが、それでもきれいなものを着れますしね。あと、お客さんから差し入れてもらった女性向けの付録付きファッション誌の備品なんかを大切に使っています」
と、日々の糊口をしのぎつつ、けなげに生きている。
■当事者すら「ヤングケアラー」という言葉を知らなかった
「友達に、USJやディズニーに行ったことがないとか、服がお下がりとか、貧乏な話をすると『ウソ⁉』とよく言われますよ」
そう言いながら、母親の面倒と弟の世話に今日も精を出すなつみさんは、「ヤングケアラー」なる言葉を記者(角田)を通じて初めて知った。
当事者にすら認知度が低いヤングケアラーだが、既に民間福祉団体や政府が動き出している。日本ケアラー連盟の代表理事である牧野史子さんはこう語る。
「厚生労働省も異例のスピードで取り組んでいます。学校にも関わることなので、文部科学省も動いています。貧困問題とも関係した問題ですので、そういう目から学校の先生も子供たちを見て、ヤングケアラーを発見していただきたいです」
ヤングケアラーの定義は、通学や仕事をしながら家族の介護・世話をする18歳未満の子どもだ。19歳になったなつみさんは、「私はあてはまらないのではないか?」と不安を口にした。しかし、厚生労働省虐待防止対策推進室は次のような見解を出している。
「ヤングケアラーは、18歳未満に限定されるかのように言われていますが、国は明確な定義はしていません。今は取りあえず本格的な調査と、ヤングケアラーが生活保護などの福祉支援の手続きを受けられるように促進することを文科省と連携して取り組んでいます」
■菅首相の表明はヤングケアラー救済への一歩となるか
このように、厚労省や文科省、民間支援団体が、ヤングケアラー問題を率先して取り組んでいる一方で、福祉事業者からは以下のような声も多い。
「ヤングケアラーという言葉は知っているが、具体的に支援策を取り組んでいる事業者はまだ知らない。少なくとも私の知る限りはないですね」
その理由について先述の牧野さんは、「国の政策がないので、ヤングケアラーを本格的に支援する福祉事業者さんはまだないようです。埼玉県で昨年3月に支援条例ができましたが、国の政策はまだこれからですからね」と話す。
3月8日に、菅義偉首相がヤングケアラー支援について「しっかりと取り組む」と表明した。この表明が、ヤングケアラー問題を解決に導く政策への一歩となることを期待する。
神戸市は久元喜造市長の肝いりで、4月からヤングケアラー支援専門の対策部署を設置することになった。こうした試みは全国の自治体で初めてである。神戸市福祉局政策課政策係長の平井美知子さんは次のように話す。
「各部署の課長クラスの職員を配置する予定です。どこの部署から異動してくるかはまだ分かりませんが、昨年11月からヤングケアラー対策を福祉局、教育委員会、こども家庭局、保健局といった複数の部署が連携して対応してきました」
どのような行政支援策が行われるかが、注目される。
なつみさんのような若者たちに一日も早い支援が届くことが、官民問わず望まれている。
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角田 裕育(すみだ・ひろゆき)
ノンフィクション作家
1978年、神戸市生まれ。兵庫県立東神戸高等学校(定時制)中退。兵庫県庁職員、新聞配達員、書店員、業界紙記者、合同労組青年部長などを経て現在フリー記者。主に週刊誌・月刊誌等で政治経済問題をはじめ、労働問題、教育問題、宗教問題、司法問題といった社会科学・人文科学系のテーマほぼ全般を手がける。中でも労働・経済問題としてのコンビニ・フランチャイズ問題に強い。著書に『教育委員会の真実』(宝島社)ほか。
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(ノンフィクション作家 角田 裕育)