『特集:We Love Baseball 2021』

 3月26日、いよいよプロ野球が開幕する。8年ぶりに日本球界復帰を果たした田中将大を筆頭に、捲土重来を期すベテラン、躍動するルーキーなど、見どころが満載。スポルティーバでは2021年シーズンがより楽しくなる記事を随時配信。野球の面白さをあますところなくお伝えする。

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 つい先ほどまでマウンドに立っていた男とは思えないほど、戸郷翔征は涼し気な表情でパソコン画面の前に現れた。

 この日、札幌ドームでの日本ハム戦に先発した戸郷は5イニング83球を投げ、無失点と好投を見せた。ピンチを迎えても、ランナーをホームに還すことはなかった。

「やりたかったこと全部が出せたわけではなかったですけど、そのなかではいいピッチングができたかなと」


昨シーズン9勝をマークした巨人・戸郷翔征

 心身ともクールダウンを終えているのか、それともリモートインタビューゆえの距離感なのか。淡々とした口調からは、マウンドの余熱は感じられない。20歳とは思えない冷静な振る舞いが、戸郷の大物感を増幅させているように思えてならなかった。

 戸郷が「やりたかったこと」とは、今季課題にしている「ストレート」にあった。

「もっと真っすぐで押したかったですね。そういうイメージが自分のなかにあったので、もう少しだったかなと」

 すでに3月27日の開幕第2戦(対DeNA)での先発登板が内定している。選手層の厚いチームにあって、高卒3年目らしくアピールしたい意欲もあるに違いない。だが、戸郷の視線はチーム内以上に、プレーヤーとして登りたい高みへと向いている。

「毎年何かしらの進化を求めたいと考えているんですけど、そのなかでも今年は真っすぐかなと。スピードも速くしたいですし、ピンチでも押して、打ち取れるような真っすぐをイメージしています」

 今季から桑田真澄投手コーチが加入して、巨人の投手陣には新風が吹いている。桑田コーチが掲げる改革案のひとつが「先発完投135球」だった。

 基本的に中6日でローテーションを回す日本のプロ野球では、回復する時間が十分にあると桑田コーチは考えている。先発投手には1イニング平均15球を9イニング、つまり1試合135球を投げられる能力を求めている。100球前後で先発投手が降板する現代の日本球界の風潮に、一石を投じるアイデアだった。

 戸郷はその桑田コーチの意図をなぞるように、今春のキャンプ3日目にはブルペンで135球を投げ込んでいる。本人は「投げる体力をつけるため」と狙いを語った。

「試合より多く投げたほうが、もっと楽に投げる投げ方を覚えますし、いいフォームを覚えられますから」

 キャンプ期間中の全投球数は数えていないものの、昨年より多く投げ込んだ実感があるという。

 だが、桑田コーチの「先発完投135球」というアドバルーンが上がったからといって、戸郷は「あまり意識に変化はありません」と明かす。なぜなら、昨年までも「先発完投」への強い意欲を持っていたからだ。

「先発する以上は完投したい思いが強いので。どうしても最後まで投げたい、という思いは去年から変わらず持ち続けています。中継ぎの人たちにとってもありがたいでしょうし、完投は目標ですね」

 昨季19試合に登板して、9勝6敗と好成績を残した戸郷だが、9イニングを投げた試合は一度だけ。11月3日の広島戦だった。

 この試合は戸郷にとって、痛恨の記憶として強く刻まれている。9回二死まで無失点に抑え、完封勝利は目前だった。そこで戸郷は菊池涼介に同点2ランを浴びてしまう。

「いいピッチングをしていても、最後まで投げて勝ち切れなければ納得はいきません。それと去年は『7回の壁』というものもあったので。今年はそこを乗り越えないといけないと思っています」

 桑田コーチから学んだことを聞くと、戸郷は「『ライン出し』という言葉が僕のなかで残っています」と答えた。ライン出しとは、桑田コーチ独自の投球理論である。

 ストライクゾーンの高め・低めの高低を横のライン、内角・外角のコースを縦のラインとして考える。真ん中周辺を避けて、左右高低の四角で囲うようにできたラインに投げる意識を持つ。ストライクゾーンの四隅をピンポイントに狙うよりも、ライン出しを意識したほうが投げやすいという考え方だ。

 戸郷は「とくにアウトコースのラインを外れなければ、打たれることもない」と重視している。

 急速なスピードで名門・巨人の主力投手になった戸郷だが、決してエリート街道を歩んできたわけではなかった。いや、むしろ戸郷という投手の根幹を成しているのは、「ドラフト上位の選手には負けたくない」という強烈な反骨心だ。

 インタビューをした当日、ともに先発マウンドに上がったのは、同じ高卒3年目の吉田輝星だった。吉田に対して特別な感情があったのか聞くと、戸郷はこう答えた。

「甲子園も見ていましたし、やっぱり『ドラフト1位』というのがひとつあったので、ライバル視する部分は大きかったですね。同級生でもありますし、負けたくない思いは強いです」

 かつて、戸郷はこんな思いを語っている。

「ドラフト1位で入って注目される選手と、ドラフト6位という下位指名で注目されずに入ってくる選手とでは気持ちも違います。やっぱり『やってやるぞ』という気持ちは、育成選手を含めて一番強いんじゃないかなと思います。だから、僕は6位でよかったんじゃないかなと」

 戸郷は2018年ドラフト会議で6位指名を受け、巨人に入団している。ドラフト前に10チーム近い球団から調査書が届いていた戸郷がドラフト下位指名になった大きな要因は、その特殊な投球フォームにあるのだろう。

 高校2年夏まではバックスイングの大きなサイドスローで、オーソドックスに近い投げ方だった。それからわずか1年で、戸郷は大きな変貌を遂げた。

「速いボールを投げたい」と取り組むうちに、無意識に腕を振る位置が高くなっていった。その結果、なんとも形容しがたい投球フォームが完成した。ノーワインドアップモーションから、大きく右腕を回してテークバックを取り、斜め上の角度から下へと叩きつける。初めて見た人には、強烈なインパクトを与えるダイナミックなフォームだ。本人の意識は「スリークオーター」だという。

「アーム式」と呼ばれる大きな腕の振りは、今まで多くの指導者から「直したら?」と提案を受けてきた。だが、戸郷は常に自分の投げやすいフォームを追求してきた。

「僕はこの投げ方で投げたいというのを貫き通して、今、ここまできました。どんなに故障しそうな投げ方でも、その人にとって投げやすかったり、球速が上がっていったり、それが一番自分に合ったフォームということなんじゃないかと感じます」

◆槙原寛己が語る桑田真澄の指導。投げ込みや走り込みの意見は誤解されている>>

 戸郷の名前が一躍知られるようになったのは、高校3年夏の甲子園大会後。侍ジャパンUー18代表の壮行試合として宮崎県選抜との試合が組まれ、快投を見せる。

 Uー18代表はその試合で最終回に登板した吉田を含め、根尾昂(中日)、藤原恭大(ロッテ)、小園海斗(広島)と同年ドラフト1位でプロに進むことになるエリートが居並ぶ豪華布陣だった。戸郷は5回1/3を投げて9奪三振。強烈な存在感を放った。

 戸郷はこの試合、「同い年で活躍している選手には負けたくない」とライバル心を燃やしていた。その一方で、こんな思いも抱いていたという。

「自分はプロを目指していましたし、(プロは)あれ以上の選手がたくさんいると思っていたので、レベルの高い選手は打ち取りたいと考えていました」

 エリートへの反発心とあくなき上昇志向。それがドラフト6位入団から短期間で主力選手へと上り詰める原動力になったのだろう。

 とはいえ、昨年は初めて年間通してローテーションを守ったことで、心身とも疲労を感じたという。戸郷は「苦しい時のほうが多かった」と振り返る。

「そのなかでも勝てたら喜びを噛みしめられましたし、今年はそれ以上の活躍がしたいですね」

 戸郷は今の自分を「いい環境で投げられている」ととらえている。トレーナーなど一流のケアをしてくれるスタッフに支えられてコンディションを保ち、一流の強打者と対峙してひりついた戦いに身を投じる。心身に負荷はかかるが、自分が成長している実感がある。戸郷は「その意味ではいいトレーニングになっているのかも」と語る。

 現段階での仕上がりを聞くと「8〜9割」とした上で、戸郷はこんな手応えを語った。

「真っすぐ、フォーク、スライダーと全体的によくなってきていると思います」

 先発投手にはさまざまな評価指標がある。勝ち星、勝率、防御率、投球回数。最近ではクオリティースタート(QS/先発投手が6回以上を投げ自責点3以内に抑えた際に記録される)という指標も知られるようになった。戸郷はどの指標を重視しているのか。

「やっぱり勝ち星です」

 戸郷は即答した。目標の勝利数は「15勝」と力強く宣言した。

 大エースの菅野智之が残留した今季、戸郷が15勝できれば巨人のリーグ3連覇は現実味を帯びてくる。

 昨季はソフトバンクとの日本シリーズで戸郷は敢闘賞を受賞したが、「僕もチームも勝ち切れなかった」と4連敗の屈辱は忘れていない。

「またビールかけがしたい。そのためにやっていますし、それができるということは優勝、そして日本一になっているということなので。その目標に向けて、いい試合がいっぱいできればなと」

 今年もダイナミックに腕を回す準備はできている。涼し気に見える表情のその内側に、戸郷は熱いものを宿している。