夫婦同姓によって不便が生じる場面もある(写真:xiangtao/PIXTA)

会社員の女性、Uさんは3年前、韓国旅行へ行こうとして飛行機に乗れなかったことがある。パスポートの姓と航空チケットの姓が違ったため、搭乗口で同一人物と認定されなかったのだ。Uさんはその10カ月前に離婚したが、多忙だったことや手続きの煩雑さからパスポートの名字を旧姓に戻していなかった。飛行機の格安往復チケットを申し込む際、旧姓に戻したクレジットカードを使ったことから、食い違いが生じたのである。

すぐチケット会社へ電話したが、変更は認められず払い戻しも受け付けてもらえなかった。結局新たに翌日のチケットを購入して現地へ。3泊4日の旅行は2泊に短縮されてしまったという。

「直後は、『私ってドジだな』と悔やむ気持ちが大きかったのですが、今は夫婦別姓が認められていたら、こんなに面倒な思いをしなくて済んだのに、と思います」とUさんは語る。パスポートの氏名変更には、戸籍抄本または戸籍謄本、住民票などが必要になるうえ、6000円の手数料がかかる。手続きのために仕事を休む必要が生じることも。

いまだに96%が夫の姓を選ぶ

結婚しても旧姓を別名として併記する例外的規定もあるが、それは主に二重国籍や国際結婚、海外での仕事で旧姓を使うことが証明できる人限定だ。しかも、世界で唯一夫婦同姓を法律で義務づけている日本独自の仕組みであるため、外国に入国する際説明を求められることもある。しかしこうした問題は、誰もが生涯同じ姓を使うことができれば発生しない。

日本では、第二次世界大戦後の民法改正で、「夫または妻の姓を名乗る」ことができるようになったが、約96%のカップルが夫の姓を選ぶ。それは、男性の姓を選ぶ慣行が圧力としてカップルにかかっているからとも言える。

結婚後も働き続ける女性が多数派になり、離婚再婚が珍しくなくなった今、現行法は多くの女性とその子どもたちに不便を強いてはいないだろうか。旧姓などの通称が認められる職場も増えているが、パスポート以外にも、健康保険証や運転免許証などの公的証明書は戸籍上の姓を使わざるを得ない。場面ごとに名字を使いわけることも煩雑である。

今、選択的夫婦別姓を求める人は増えている。早稲田大学法学部・棚村政行研究室と「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」が今年10月22日〜26日、インターネット経由で20〜50代の男女7000人を対象に行った全国調査では、70.6%が選択的夫婦別姓に賛成、反対はわずか14.4%という圧倒的な差がつく結果が出た。

賛成派の半分は夫婦別姓を望み、残り半分は、自分は夫婦同姓がよいが、ほかの夫婦は別姓でも同姓でも構わないと回答している。賛成派は、夫婦別姓を強制したいのではなく、別姓と同姓が共存する社会を望んでいるのだ。

朝日新聞も今年1月、無作為の電話による全国世論調査を実施しているが、その際も選択的夫婦別姓に対して賛成が69%、反対が24%と同様の結果が出ている。

夫婦別姓を求める人が多数派になっている

夫婦別姓を許容する、あるいは求める人が多数派になった要因は、大きくわけて2つ考えられる。1つは仕事や生活上の不便。働き続ける女性が珍しくなくなった今、姓が変わると営業上の不利益を被る人は多い。研究者や医者などの専門職はもちろん、客に名前を覚えてもらうサービス職や営業職でも困る。また、結婚・離婚の事実を明らかにする姓の変更は、個人情報の強制的開示になる可能性もある。

2つ目の要因は、現代社会において、姓がアイデンティティと直結することだ。夫婦同姓規定を違憲として、2018年に国を相手取った裁判を起こした原告の1人、医師の恩地いづみさんはペーパー離婚をしている。「生まれたときからの名前は、私そのもの」と、2018年7月11日の朝日新聞記事上でその理由を語った。

夫婦同姓強制が法制化されたのは、1898年に「妻は原則夫の姓を名乗る」とする明治民法が施行されてから。明治初期には男女同権が議論され、夫婦は別姓だった。同姓強制が社会に受け入れられたのは、庶民が姓を持てなかった江戸時代の意識も残っていて、それほど重視されていなかったからではないか。

また、当時は共同体の中で暮らす人が大半だった。今でもそうだが、共同体では同姓の親せきが多数暮らしているなどして、屋号や下の名前で呼び合うことが珍しくない。自分を、共同体や故郷の一部と感じていた人も多かっただろう。

しかし、昭和後半に郊外化が進み、地元とつながりを感じる機会を持てないまま成長する人も増えた。転勤などの家庭の事情で引っ越しが多かった人や、大人になって地元を出た人も多い。そうした人たちの中には、アイデンティティのよりどころは、生まれたときから使う姓名になる人もいるかもしれない。現代人は、子どもの頃から学校や社会で姓を呼ばれる機会が多い。姓を結婚によって失うことが、自分自身を失うように感じる人は大勢いると考えられる。

この"差別"には、国際社会からも関心が持たれている。国連は2003年に、夫婦同姓強制の規定を差別的だと撤廃を求め、2009年、2016年と3度も勧告している。法制審議会が選択的夫婦別姓導入などを求める答申をしたのは、1996年2月と四半世紀も前のこと。

しかし、民法改正案はいまだ国会に上梓されていない。それどころか、自民党の高市早苗衆議院議員や山谷えり子参議院議員らは、「『絆』を紡ぐ会」(仮称)を設立し、選択的夫婦別姓に異論を唱えようとしている。

「夫婦同姓」は家族に一体感をもたらすのか

11月19日の臨時国会でも、選択的夫婦別姓に前向きな発言する橋本聖子女性活躍大臣に対し、山谷議員は「夫婦別姓は家族のあり方に深くかかわり、慎重な対応が必要」と述べている。自民党は一貫して、夫婦同姓が家族の一体感に必要と主張している。

もしそうだとすれば、夫は実親などの同姓の親族と一体感を持ち続け、姓を奪われる妻は、実親との一体感が損なわれることになる。妻は結婚によって、実家と疎遠にならなければならないのだろうか。それでは、戦前のイエ制度と変わらない。

現実には、家族は一体とは限らない。仲は良いが、夫婦が互いの違いを認め、子どもの異なる考えを尊重する家庭はある。離婚する人もいる。さまざまな事情で家族と疎遠になる人もいる。家族の絆は必ずしも、互いの名字が一緒だから育まれるものではない。逆に、家庭内殺人などの犯罪も、事実婚の家庭だけのものでもない。

子どもが、両親の名字が異なると困るという主張も、離婚再婚が珍しくない現状とは相いれない。子どもが通う学校に、親が離婚した、あるいは再婚した、シングルペアレントの同級生がいることは、もはや珍しくない。子ども自身が、その当事者であることもある。

姓で家族が区別されるなら、離婚した母親のもとで暮らす子度もは父を忘れなければならなくなる。そして、母親が離婚再婚のたびに名字を変えさせられる、成人を含めた未婚の子どもの不便も考慮されるのが望ましい。

国連からの再三にわたる勧告が日本で通らないのは、実は1979年に国連で採択された女子差別撤廃条約を、条約自体は批准したものの、条約議定書を日本がいまだに批准していないからだ。議定書を批准すると、条約が保障する権利を侵害されている人が、裁判などの国内の救済手続きを尽くしても救われなかった場合、国連の委員会に直接救済を申し立てることができるようになる。11月19日には、市民団体「女性差別撤廃条約実現アクション」が、永田町で集会を開き、批准を訴えている。

夫婦同姓強制の規定を違憲と戦う裁判は、2010年代に2度起こされている。2011年には、個人の幸福追求権を保障した憲法13条を根拠にしたが、2015年に最高裁で敗訴している。

4人の裁判官が不利益への理解を示す

しかし、規定を合憲とした最高裁では、判決に補足して4人の裁判官が意見を述べ、仕事上の不利益やアイデンティティの喪失に関する理解を示している。

岡部喜代子元裁判官は、通称使用があることは「婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性の識別に支障があることを示す証左」と述べた。

また、両親の姓が異なる子どもへ与える影響を、岡部元裁判官は「離婚や再婚の増加、非婚化、晩婚化、高齢化などにより家族形態も多様化している現在において、氏が果たす家族の呼称という意義や機能をそれほどまでに重視することはできない」と述べる。木内道祥裁元判官も、「夫婦が同氏であることが未成熟子の育成にとって支えとなるものではない」と述べている。

寺田逸郎元裁判官は、国民的議論が事の性格にふさわしいと述べ、山浦善樹裁元判官は「国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていた」と指摘する。また山浦元裁判官は、家庭生活における両性の平等を謳った憲法24条に違反することから、「原判決を破棄して損害額の算定のため本件を差し戻すのが相当と考える」とまで述べている。裁判官の中にも、選択的夫婦別姓に理解を示す人たちはいるのだ。

2度目の裁判は2018年に、法の下の平等を保障した憲法14条を根拠にして起こされたが、2019年に広島地裁で敗訴。現在、東京高等裁判所で控訴審が続いている。

職場やSNSなどで旧姓を使う女性はたくさんいる。事実上、夫婦別姓が通用する社会は始まっていると言える。そろそろ、国は本気で実情を認め、多様な生き方を尊重する選択的夫婦別姓導入を本気で検討してもらいたいものである。