『坂本屋』のかつ丼 | 食楽web

 あまりに慣れ親しみすぎて、味の正解がわからなくなっている食べ物が、筆者にはいくつかあります。例えばかつ丼。普通の卵とじタイプです。

 なぜこんなことを書くのかというと、最近、食べ歩きが趣味の友人に「かつ丼好きなら絶対に食べるべき」と、あるお店を薦められたからです。それが東京・西荻窪の『坂本屋』。「東京 かつ丼」で検索すると必ず上位に出てくる超有名店です。友人は自信満々に「東京で最も理想的な“卵とじ”だ」と言うのです。

 それに対し、「卵とじねぇ……」と、一瞬、遠い目をしている自分に気がつきました。確かに「卵とじかつ丼」は、子どもの頃から折に触れて食べてきました。しかし、最近は正統派のかつ丼を食べる機会はぐっと減り、むしろソースカツ丼やタレカツ丼など、ご当地系カツ丼をよく食べています。たま~に「卵とじかつ丼」を口にしても「まあ、こんなもんだよな。タマゴ、もうちょい半熟がよかったかな」という程度の感想を胸に抱きつつ店を後にする──つまり、どこで食べてもそこそこ美味しいもの、というのが卵とじかつ丼への評価になっていたわけです。

 そこで、「理想の卵とじかつ丼って、そもそもどんなの?」と友人に聞いてみると、卵のとじ方の重要性について鼻息荒く語り出し、非常に話が長くなりそうだったので、「わかった! とりあえず、食べに行こう」ということで、後日、西荻窪で会って、その『坂本屋』に行ってみることにしました。

理想のかつ丼が本当にあった!

『坂本屋』は西荻窪駅から徒歩3分ほどの場所にあります。ショーウィンドウには、以前の名残で、餃子や中華丼などのサンプルがありますが、現在出しているメニューはかつ丼のみ

 お昼前に到着すると、早くも『坂本屋』の前には行列ができていました。す、すごい。お店は、2年ほど前までオムライスや餃子などいろいろなメニューを出している町中華だったらしいのですが、いったん休業。そして昨年、カツ丼オンリーで、しかも火・木・土曜日の昼営業のみ復活したんだそう。

 つまり皆さんは、その“復活かつ丼”を求めて並んでいるわけです。並ぶこと約20分。入店して席に座り、店内の様子を観察すると、厨房にはご主人と女将さんの姿が。二人で切り盛りされているんですね。

入店すると、料理評論家の山本益博さんの色紙が。お手本ですよ、お手本。期待に胸が高鳴ります

 ご主人がとんかつを揚げ、それを受け取った女将さんが親子鍋の上でパカパカと卵を割り、とじて盛り付け。そして出来上がったかつ丼の配膳は、ご主人だったり女将さんだったり。見事な連携プレーです。

 そして満を持して登場したかつ丼がこちら。

かつ丼 850円。味噌汁とお新香付き

「見てよ、この卵のとじ方。黄身と白身の黄金バランス、最高じゃない? ただ卵をかき混ぜて流し込んでるんじゃないんだよね」と友人。確かに、こんなふうにツヤツヤで流れるような白身のかつ丼を見たことがありません。その下には濃い黄色の黄身が控えている。食べると、さらにそのスゴさがわかります。

 まず、割り下に浸ったカツをホールドする黄身と白身のそれぞれの食感の違いが秀逸です。黄身は最高のとろり感、白身も最高のつるり感。そのベストな塩梅の黄身と白身に包まれたカツの衣と肉のふんわりとした柔らかさ。カツの衣も、タマゴを吸ったフニャ部とカリッ部が自然に同居。豚ロース肉の脂身がまた甘い! 完璧です。

グリンピースは上部と、裾野に落ちたのを数えると7個ありました

 そして立ちのぼる割り下醤油の甘い匂い。黄身と白身でまだら模様のカツをひと切れ口に放り込み、続けてごはんをかっこむ。ごはんも粒感のはっきりしたタイプで、カツの衣の脂、卵の黄身たちが、絶妙に米粒を包んでいる。ああ、なんと言う安心感。一点の曇りもない、まさに理想のかつ丼です。

ご飯ももちろん理想的な炊き具合

 確かに食べ歩きが趣味の友人がこのかつ丼を熱心に語りたくなる気持ちがよくわかります。我々は丼の米粒1つ残さず食べ尽くし店を後にして、喫茶店で、『坂本屋』のかつ丼についての話が尽きませんでした。

 とはいえ、やはり百聞は一見にしかず。ぜひ『坂本屋』の絶妙なバランスのカツ丼を食べに行ってみてください。“理想の卵とじ”に出合えますよ。

(撮影・文◎土原亜子)

●SHOP INFO

店名:坂本屋

住:東京都杉並区西荻窪北3-31-16
TEL:03-3399-4207
営:火・木・土11:30~15:00
休:月・水・金・日