東京都練馬区の光が丘駅で終点となっている都営地下鉄大江戸線。これを西に延伸すべく、地元の練馬区が積極的に動いています。背景にあるのは、路線バスの時間が読めない渋滞と、バスの運行も困難な地域の道路事情です。

ミニ地下鉄、「幅5kmの鉄道空白地帯」を埋める!

 都営地下鉄大江戸線の延伸計画が、にわかに慌ただしい動きを見せています。2019年10月には東京都の小池百合子知事によって「事業化の検討」が明言され、延伸区間に沿う都市計画道路「補助230号線」の工事も進むなど、都内で建設に向けて調査が進められている6路線のなかでも推移は順調と言えるでしょう。

 この計画が実現すれば、現在の終点である練馬区の光が丘駅から西へ、約3kmの区間に土支田(どしだ)、大泉町、大泉学園町(いずれも駅名は仮称。以下同)の3駅が設置され、それぞれの駅予定地から新宿方面への所要時間は、バスを利用する現在と比べて10分から20分ほど短縮される見込みです。


土支田駅予定地は手入れされた緑地となっている(2020年5月、乗りものニュース編集部撮影)。

 この地域は北側に東武東上線、南側に西武池袋線が走り、大江戸線はその2路線の隙間となる南北幅5kmほどの鉄道空白地帯をカバーします。この延伸計画に対して練馬区は、延伸地での頻繁なオープンハウス(説明会)や区単独で50億円の積み立てなど、次々と施策を打ち出してきました。新しく地下鉄沿線となる地域にも、大江戸線の早期着工を訴えるポスターやステッカーが目立ちます。

 しかし大江戸線は他の地下鉄に比べてサイズが小さい「ミニ地下鉄」仕様です。スピードも遅く、快速や急行が運転されている東上線、池袋線と比べても、同じ距離で3、4割は余計に所要時間がかかります。この地区と鉄道駅を結ぶバスも頻繁に運行されるなかで、沿線の人々や練馬区はなぜここまで前向きな動きを見せているのでしょうか。新しく「大江戸線沿線」になる地域を路線バスで移動しながら、周辺をじっくり歩いてみました。

バスが集中する「土支田通り」の渋滞、地下鉄で解消なるか?

 前出の通り、大江戸線は光が丘から「大泉学園町駅」まで、2022年頃の全線開通が予定されている都市計画道路「補助230号線」の下を通る予定です。現在は土支田地区の1.5kmほどが都道として暫定開通しており、途中には大きな看板が目印の「土支田駅前広場予定地」もありますが、その西側で道路は終点に。その先では道路工事の車両がせわしなく動いています。

「土支田駅」周辺

 この地域を走るバス路線で特に利用者が多いのが、西武池袋線の石神井公園駅から土支田地区を縦断し、東武東上線の成増駅までを南北に結ぶ「石02・石03」系統(国際興業・西武バスの共同運行)です。

 平日日中でも1時間あたり6本から10本、大型車を中心に運行されていますが、途中の「土支田通り」は歩道もない区間が多く、バスのすれ違いにもヒヤッとするほどの道幅で、自動車の流れ(旅行速度)としては20km/hを下回るほどの渋滞に悩まされています。バスを待っていた地元の方によると、朝晩に乗車する際は時間が読めないため「早めに家を出る」以外の選択肢がないとのこと。

 かたや大江戸線の延伸コースに沿って東西に走る「土支田循環」(西武バス/光が丘駅〜土支田)や、練馬区が運営する「みどりバス保谷ルート」(光が丘駅〜保谷駅)は、車両もひとまわり小さく、本数的にもやや陰が薄い状況です。大江戸線が延伸される際には、いま南北移動のバスで西武池袋線を利用する人々をどこまで取り込めるかも重要となるでしょう。


土支田通りをゆく石02系統。国際興業バスと西武バスが大型車で共同運行(2020年10月、乗りものニュース編集部撮影)。

「大泉町駅」周辺

 補助230号線は、大泉町のもみじやま公園周辺で外環道と交差しますが、この交差地点付近に大泉町駅が設けられる予定です。周辺は起伏が多い丘陵地帯。新しい道路と地下鉄によって、ワゴン車でも難渋するほど狭く行き止まりも多い住宅街の交通事情は大きく改善されることでしょう。

 大泉町駅予定地の周辺は「生産緑地地区」の指定を受けた農地も目立ちますが、1992(平成4)年の「生産緑地法」施行時に指定の条件であった「30年間の営農利用」の満了が目前に迫る地域も多く、道路と鉄道をきっかけに土地用途の転換が進むかもしれません。

南は渋滞、東西は道路なし? 「大泉風致地区」に地下鉄は届くか

 補助230号線は、起伏の多い大泉町駅予定地の周辺を過ぎると一転して平坦な「大泉学園町」エリアに入っていきます。

「大泉学園町」駅周辺

 大泉学園町は、東京都内なら二子玉川や田園調布などと同じ「風致地区」に指定され、多くの場所では幅6m程度の道路が規則正しく整備されています。藤沢周平や五味康祐といった文豪が居を構えていた街はとても閑静ですが、土地の用途などに制約が多く、少なくとも多層階のマンションが続々と建設されるような大規模な再開発は考えにくい地域でもあります。

 この地区のメイン交通は、南北を貫く片側1車線の「大泉学園通り」を走るバスです。大江戸線 大泉学園町駅の設置が予定されている「大泉風致地区」バス停近辺から北への行き先は「新座栄」「朝霞駅」「成増駅」「都民農園セコニック」などさまざまですが、南側では、それら路線が西武池袋線の大泉学園駅に集中しています。多いときで1時間あたり30本程度のバスがいっせいに駅へ向かうため、バス渋滞を引き起こす要因ともなっています。


延伸予定地の周辺で小型車にて運行される西武バス「泉38」系統(2020年9月、宮武和多哉撮影)。

 しかし、南北のバスの充実ぶりとは対照的に、東西方向はバスがまともに走れる道路自体が極めて少ない状況です。幹線道路から遠い地域は特に狭隘路しかないうえ、その幹線道路が渋滞することもあり、住宅街が抜け道にもなっています。乗客が多い西武バスの「泉38」系統(大泉学園駅〜長久保)は、道路幅や輸送能力の関係で運用に就ける車両が確保できず、逆に減便されるという皮肉な事態も起きています。

 なお、この地域の北側は埼玉県に接しており、東上線までは距離があります。南の大泉学園駅方面は渋滞、東西にはバスが走れる道路自体が少ないという大泉風致地区の抜本的な交通改善は、やはり「補助23号線の開通と地下鉄の延伸」しか残されていないのかもしれません。

「埼玉へ延ばして!」実現の可能性は

 大江戸線の延伸計画は「東京都から先」もあり、2000(平成12)年に行われた運輸政策審議会では、埼玉県新座市を経てJR武蔵野線 東所沢駅に至るルートが答申されています。

 2019年に当選した埼玉県の大野元裕知事が提唱する、東京都止まりの鉄道を埼玉県側に延伸する計画「あと数マイルプロジェクト」では、この区間も事業化の候補に上がっていますが、現状では大泉学園町から先に地下鉄を導入する道路の計画が進んでいません。

 大泉学園町駅用地の西側には公園や空き地が点在し、ところどころに「大江戸線の延伸を早期に実現させよう」看板も立っていますが、1kmほど先にある埼玉県新座市との県境付近で用地は途切れてしまいます。2019年に所沢市が発表した調査研究でも、この周辺は「民地の地下空間を通す」としていますが、びっしりと続く住宅街での地下工事は、かなりの困難を伴うかもしれません。


大泉学園駅町駅の予定地(2020年9月、宮武和多哉撮影)。

 また光が丘〜大泉学園町間の延伸工事じたいも「補助230号線の工事が終わってから」と見られます。そして現状の大江戸線はむしろ、既存区間も混雑への対策が必要となる可能性もあり、着工までに解決しなければならない問題も多く残っています。

 ちなみに延伸区間の周辺には、荒川水系の白子川にかかる別荘橋や、卵塔坂(らんとうざか)周辺などで、丘陵地の自然豊かな風景も残っています。新しい道路と鉄道の整備で移動困難を解消する役割とともに、東京23区内では珍しい里山に足を運ぶ楽しみも、大江戸線の魅力となるかもしれません。