今の安倍政権の政策対応は、2011年の東日本大震災の危機時に民主党がとった政策と似ているという。どういうことだろうか(写真:つのだよしお/アフロ)

2月24日から、新型コロナウイルスの拡散リスクへの恐怖が市場心理を支配して、世界の金融市場が一変した。NYダウ30種工業平均株価などは、わずか1週間で10%以上もの大幅下落となった。債券市場では、アメリカ10年国債金利が1.0%を割れるなど、筆者には正直想像できなかった未曾有の低い水準まで一時大きく低下した。

2月6日のコラム「 新型肺炎、投資家は「楽観」「悲観」どちらに乗る?」
では、下落していた世界の株式市場がやや落ち着きを取り戻していた中で、「楽観」「悲観」双方の思惑で世界の金融市場が揺れ動く状況が続き、どちらにベットするかは難しいと述べた。その上で、悲観シナリオの前提として、新型コロナウイルス感染の広がりを指摘する感染症の専門家の見方を紹介した。

アメリカの個人消費減少リスクに警戒感


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年初からアメリカ株の先行きに悲観的ではなかった筆者としては、この時はやや慎重な判断を示したつもりだった。

ただ、この時点で、アメリカやヨーロッパまで新型コロナウイルスの脅威が及ぶリスクを提示するには至らなかったのは悔やまれる。中国や日本での感染拡大の経緯を見ていれば、これが世界各国に広がることは十分想定できたはずで、アメリカ株を含めてより強い警戒感を抱くべきだった。

新型コロナウイルスが中国を経由した供給・需要の落ち込みだけではなく、世界経済のエンジンであるアメリカの個人消費が大きく減少するリスクが浮上している。アメリカの個人消費が落ち込むとの懸念が、杞憂に終わるか、あるいは相応の期間にわたり続くか、現状予想はかなり難しい。

ただ、1月後半から日本などで起きている旅行、レジャー、外食を中心とした消費の広範囲な自粛や停滞が、アメリカやヨーロッパでも起こる可能性が高いと筆者は予想している。もちろん、筆者は、感染症の専門家ではないので確たる根拠があるわけではない。ただ、すでに3月2日時点でアメリカでも新型コロナウイルスによる死者が複数出ており、日本やアジアと同様に新型コロナウイルス感染拡大が起きてもおかしくない。

FRBは0.5%緊急利下げに加え、さらなる追加利下げも

ウイルス感染とその被害がどの程度広がるかは不確実性が高いが、感染拡大リスクが無視できなくなれば、政府は経済活動に介入するだろうし、そして家計、企業などの行動が世界的に相当程度抑制されると見込まれる。現時点では、コロナウイルスがもたらす総需要の落ち込みで、アメリカが景気後退に至る可能性は低いと考えている。ただ、金融市場参加者は、このリスクシナリオを当面意識しながら臨まざるを得ないだろう。

2月24日から世界の金融市場が大混乱となり、アメリカでもコロナウイルス感染が拡大したことをうけて、28日には当局が対応を見せた。同日にFRBのジェローム・パウエル議長が緊急声明を発表して、早々に利下げを再開する姿勢を示した。その後、FRBは3月3日の時点で50bpsの緊急利下げを行ったが、総需要の落ち込みとデフレ到来のリスクに備えて、3,4月のFOMCでも追加利下げが行われると筆者は予想している。

また、FRBの緊急利下げとほぼ同時並行で、3月3日にはG7財務相による緊急電話会合が行われ、新型コロナウイルスの感染拡大への対応策が議論された。G7の財務当局そして中央銀行が一丸となって、協調的な対応が繰り出されるとすれば、それは2008年のリーマンショック時以来の対応である。

こうした当局の迅速な対応は望ましいが、ウイルス感染拡大による経済的な悪影響を見通すことが難しいため、適切な対応を繰り出すのは難易度がまず高い。また、「国際協調の対応」という姿勢を見せるだけで実弾を打たなければ、効果は限られる。そして、今後想定される経済活動の落ち込みに十分な対応が行われるかどうか不明である。金融市場が当局の政策対応への期待と失望が交互に浮上して、当面、株式市場が乱高下する展開が続くと予想する。

以下では、新型コロナウイルス感染拡大の経済への悪影響が世界各国に広がると慎重に仮定したうえで、やや長い目でみてアメリカと日本に絞って経済動向を展望する。これは、政策当局の総需要安定化政策そして金融システム安定化政策の出来が、大きく左右するだろう。

この観点で、アメリカと日本の株式市場の先行きを考えると、FRBが、金融政策が柔軟に行使する姿勢をいち早く示したアメリカがより有望だろう。仮に、新型コロナウイルス感染が深刻化すれば、トランプ大統領再選が危うくなる。ただ、FRBは1%(100ベーシスポイント)以上の利下げを行う余地があるし、トランプ大統領再選とならなくても、経済安定化政策として拡張的な財政政策が選択されるシナリオも想定できる。政治主導で減税政策を中心に拡張的な財政政策を行い経済の安定成長を実現させたことは、2017年以降のトランプ政権の成功だと筆者は評価している。

日本は緊急に大規模な財政政策発動が必要

一方、未だにデフレ脱却の途上にあり、最も強力な金融緩和政策を続けてきた日本は、追加的な金融政策を発動するオプションがアメリカほどは多くない。そして2%インフレ実現に程遠い状況で、2014年から緊縮的な財政政策が続いてきたことが示すように、日本では、財政金融政策が一体となった総需要安定化政策が十分機能しないという大きな問題を抱えている。

そして、2019年10月以降の、消費増税、新型コロナウイルスショックのダブルパンチとなる急激な経済の落ち込みに対して、安倍政権がこれまで発表している政策は、雇用保険制度を使った所得補償、政府系金融機関による緊急融資制度、などである。総需要の大きな縮小への対応としては、到底十分な対応とは思われない。

なお、新型コロナウイルス感染へ対応する経済対策として、シンガポールではGDP約2%相当、香港で同様に約3%相当の規模で、2020年の財政赤字を拡大させる対応策を発表している。両国は、政府による家計への直接支給あるいは給与支払いの肩代わりなどを含めた、大規模な対策となっている。日本でも同様の政策発動が必要な経済情勢だと、筆者は認識しているが現在そうした政策発動は行われていない。

現在の日本の政策対応は、2011年の東日本大震災の危機時に、増税導入とセットとなり、復興対策の発動に時間がかかった経緯に似ている、と筆者にはみえる。金融政策の発動余地が決して大きくない日本において、お手本とも言えるシンガポールや香港と同様の対応が行われなければ、経済の大幅な落ち込みは避けられないだろう。2019年から筆者がずっと述べてきたが、日本株が、アメリカ株のパフォーマンスに劣る状況がさらに長引く可能性が高まっていると考えている。