《沖縄・辺野古》公共事業のプロが断言「新基地建設は必ず頓挫する」
「神様、仏様、北上田様っ!」
沖縄県名護市、辺野古新基地建設の強行現場に通じる米海兵隊キャンプ・シュワブ工事用ゲート前。「ミスター・ゲート前」こと沖縄平和運動センター議長の山城博治さんは、新基地建設阻止・抗議行動に集う人々に向かって、幾度となくそんな紹介の仕方をしてきた。
紹介されたその人は、新基地建設の事業主である防衛省沖縄防衛局の計画の杜撰(ずさん)さや理不尽さを、情報開示請求を繰り返しながら暴いてきた北上田毅さん。新基地建設阻止のために欠かせない建設計画内容の分析の第一人者として、この数年、県民から頼りにされてきた存在だ。
新基地建設は必ず頓挫する
読者諸賢の中には、辺野古新基地建設工事というのは、もうかなり進んでしまっていて、いまさら止められないのでは? と思う方もおられるかもしれない。だが実際は、昨年12月14日に辺野古の浅瀬の海域で土砂投入が始まったものの、県によると、今年5月末時点での埋め立ての進捗状況は、大浦湾の深くて広い区域を含めた埋め立て計画全体のわずか2・8%にすぎない。
北上田さんは断言する。
「この新基地建設は、必ず頓挫します。いま埋め立てが進んでいるのは、工事のしやすい辺野古集落側の浅瀬ですが、この計画の肝心な部分は大浦湾側の深い海です。そこに発覚した軟弱地盤の問題は、当初、想像した以上に深刻です。
地盤改良工事をするにしても工法も工期もめどが立っていないし、地盤改良などの設計変更は、県知事に許可申請をしなければ、工事を進めることはできません。しかし、玉城デニー知事を私たち沖縄県民の民意が支える限り、知事がその申請を許可することはありえません。
しかも、県の試算では、工事には最低13年もかかり、総工費は2兆6500億円といわれています。これは全国の人たちの血税です。工期にしても、私は最低でも15年から20年はかかるとみています。
政府は、普天間の危険を早く取り除くには“辺野古移設が唯一の解決策”などと言いますが、政府が辺野古にこだわる限り、普天間の危険は今後も固定化されたまま。これは誰の目にも明らかです」
“マヨネーズ状”の軟弱地盤
もとは京都市役所の職員で、土木建設工事の発注・現場監督・設計変更など、公共工事全般に関わってきた経験を持つ土木技術の専門家である。そんな北上田さんが定年退職後、第2の人生を過ごす土地として選んだ沖縄に家族と移り住んだのが12年前のこと。北上田さんは、京都時代にも行政オンブズマン的な市民運動の過程で情報開示請求の経験は豊富だった。
「行政がいま、いったい何をやろうとしているのか。その内容をきちんと把握するには、公的文書を入手して確かめるしかないですからね」
北上田さんにとっては、知りたいことを知る当然の手段のひとつが、行政組織に対する公的文書の公開請求(情報開示請求)なのであり、沖縄で基地問題に関わることになったときも、その姿勢はおのずと生かされた。
しかし、いつでも知りたい情報がすんなり得られるかというと、違う。世にいう「のり弁」状態の黒塗り文書しか開示されなかったり、公開時期をひたすら延ばされる嫌がらせのような仕打ちを受けることもある。だがしかし、開示された文書がきっかけとなって、行政側の嘘やゴマカシが明らかになることがある。
北上田さんの大きな功績は、高江ヘリパッド建設や辺野古新基地建設に関する沖縄防衛局側の杜撰な計画やデタラメな作業ぶりを、公開された文書や現場での視察を根拠として追及し続けてきた点にあり、その成果は枚挙に暇(いとま)がない。しかし紙数に限りがあるので、今回は、辺野古新基地建設工事に関するたった1点、しかも最大の成果といえる部分に絞って書いておこう。
'18年1月に北上田さんが防衛局に対して公開請求していた文書が同年3月、開示された。土質調査に関する2件の報告書だった。当時を振り返り北上田さんはこう語る。
「埋め立て計画の最重要部分である大浦湾には、活断層の疑いが指摘されていましたから、その専門の研究者に提供する目的で開示請求をしたんです。意外にもあっさり土質調査の報告書は開示され、いまでは有名になった“マヨネーズ状”と言われる軟弱地盤の存在が明確になりました」
実は、晩年の翁長雄志前知事が「埋め立て承認撤回」に踏み切る決断ができた最大の事由が、この軟弱地盤だったと言われている。実際、翁長知事が亡くなった直後の'18年8月31日、謝花喜一郎副知事によって埋め立て承認撤回の手続きは断行されたが、その根拠の核となったのが、やはり軟弱地盤だった。
最初は軟弱地盤の存在すら認めずごまかそうとしていた政府だが、今年1月にはついに安倍首相も衆院本会議で認める発言をし、3月には、地盤改良を検討した報告書を含む1万ページにも及ぶ資料を国会に提出するに至った。
政府の計画によれば、軟弱地盤を改良するために、なんと7万7000本もの「砂杭(すなぐい)」を打ち込む工法が用いられるという。
「大浦湾の埋め立て用の土砂は大量に必要で、奄美大島や北九州など西日本各地からの搬出計画が立てられています。しかし、軟弱地盤が発覚したいまは、事業者の防衛局側では、地盤改良のために打ち込む砂杭のための大量の海砂をどこから調達してくるか、ということが課題になっているはずです。逆に私たちにとっては、海砂を調達させないための監視・対策が課題ということになります」
工事をやめて困るのは誰?
いずれにしても、工期も総予算も未確定の事業など民間企業ではありえない話だ。そんな事業を、政府は沖縄を含む全国の納税者の血税を湯水のように注ぎ込み、見切り発車させている格好だ。安倍政権の頭にあるのは、受注業者への利益配分だけだと言われてもしかたのない状況である。
そう知らされてなお国のやることだからしかたがない、と思う人がどれぐらいいるだろう。先の参院選でも税金の使い道が争点になったが、消費税率10%へのアップを許しつつ、そのうえ約2・6兆円の血税を投入してなお完成のめどさえ立たぬ異常な公共工事をも、私たちは許すのか。参考までに書き添えれば、政府は'17年、約2兆円で幼児・高等教育の無償化や待機児童の解消を謳(うた)うプランを立てたが、完全実施には至っていない。
無理筋の辺野古新基地建設のゴリ押し工事をやめて困るのは、いったい誰か。全国のひとりひとりが真剣に考える時期に来ている。
(取材・文/渡瀬夏彦)
渡瀬夏彦 ◎沖縄移住14年目のノンフィクションライター。基地問題からスポーツ、芸術芸能まで多岐にわたり取材。『銀の夢』で講談社ノンフィクション賞を受賞。秋に『沖縄が日本を倒す日』を緊急出版予定