蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.68

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回もテーマは欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝のレビュー。プレミア勢対決の注目の一戦の行方は?


トッテナムのポチェッティーノ監督(左)とリバプールのクロップ監督(右)の戦術にも注目が集まるCL決勝

――いよいよ今シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝戦が6月1日に迫ってきました。そこで今回は、お三方に決勝戦で対戦するリバプールとトッテナムについて掘り下げていただき、そのうえで決勝戦を展望していただきたいと思います。まずは準決勝で奇跡の大逆転勝ちを収めたリバプールからお願いします。

中山 リバプールは2シーズン連続のファイナリストとなったわけですが、これはチャンピオンズカップ時代の1976−77、1977−78と2連覇を達成したとき以来の快挙です。もちろんチャンピオンズリーグになってからは初めてのことで、それを成し遂げたユルゲン・クロップ監督の手腕はあらためてクローズアップされるべきでしょう。

倉敷 マインツ時代から、クロップはあふれる情熱と新しい戦術で何かを成し遂げようとする魅力的な監督でしたね。アンフィールドをホームに持つクラブとの出会いには運命すら感じます。

中山 リバプールは情熱のチーム、クロップも情熱の監督。そこが両者のマッチングポイントでしょうね。マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、あるいはチェルシーといったクラブでは、クロップもここまでの成功を手にできないような気がします。もしかしたらバイエルンの監督をしたとしても、ここまでうまくいくかどうかわからない。ドルトムントもそうですが、やはりクロップは、常勝を義務付けられたチームにチャレンジするクラブがフィットするイメージがあります。そういう点では、リバプールは本当に彼に合ったクラブだと思います。

倉敷 リバプールとは相思相愛で、伝統あるクラブに巧みに新しさを加えています。たとえばドルトムント時代の「ゲーゲン・プレッシング」という戦術を彼はボックス・トゥ・ボックスの強さのなかに溶け込ませました。ビルドアップから、高速でありながら丁寧にボールを運び、完璧な3トップのパワーでフィニッシュに持っていく。一方でこのチームには守備の強さもある。現在のリバプールは世界のどんな強豪とも戦えるチームです。

小澤 守備で言えば、とくにフィルジル・ファン・ダイクの存在が大きくて、彼がいることによって少ない人数でも守り切ってしまえる点がストロングポイントになっています。

倉敷 莫大な移籍金に当時は驚きましたが、お釣りがくるほどの活躍です。彼が加入するまではセンターバックが弱点でしたから、獲得に関わった方たちの目は正しかったわけです。さらに今シーズンはファビーニョの存在も光っています。ここにきて本当にいい補強だったと感じられるようになりました。とにかくリバプールはセンターラインが強い。両サイドバックの攻撃参加も効果的です。

小澤 たしかにファビーニョがアンカーポジションにはまったので、ジョーダン・ヘンダーソンが1列前のインサイドハーフでプレーできるようになったことは大きいですね。彼は運動量もあるし、スプリント能力も高い。カウンターやサイド攻撃の局面でボックス内に入っていくことで3トップ頼りではない決定機の創出ができるようになります。

倉敷 困った時のジェームズ・ミルナーもいます。準決勝第2戦もそうでしたが、ミルナーはいろいろなポジションで質の高いプレーをしてくれるので、監督は助かるでしょう。彼がゴールを決めるとほとんど負けないというタリズマン的なプラスもあります。

 あえて不安要素を探せば、ファン・ダイクとコンビを組むセンターバックが確定できないことでしょうか。

中山 昨シーズンまでは主にデヤン・ロヴレンがパートナー役を務めていましたが、そこが穴になっていたこともあって、今シーズンはジョエル・マティプがコンビを組むケースが増えましたね。実際、彼の方がロヴレンより安定している印象を受けます。

 それと、クロップの采配で驚かされたのは、準決勝2試合でロベルト・フィルミーノ、さらに第2戦ではモハメド・サラーも故障で使えなかったなか、第1戦ではジョルジニオ・ワイナルドゥムを1トップにするという奇策に打って出たことです。しかも、そこで失敗したと思ったら、第2戦ではそのワイナルドゥムが後半途中から登場して救世主になった。

 計算したうえでの選手起用ではなかったと思いますが、第1戦の戦犯として批判を浴びたワイナルドゥムをあの場面で起用して、彼のリベンジにかける思いを見事に解き放してあげた采配は、クロップならではだと感じました。それは、第2戦で先発したディヴォック・オリギとジェルダン・シャキリにも言えることですが。

倉敷 ファビーニョが中盤に加わったことによって、ワイナルドゥムは守備面の負担がかなり軽減されました。一方、それは彼にとっては中盤での守備のナンバーワンとしての地位を奪われたということでもあるわけです。そこで彼は、レギュラーとして生き延びる方策として本来持っている攻撃能力を生かす方向にベクトルを向けたのですが、大正解でしたね。選手の変化や生きる道を敏感に察知し、許容してあげられるのがクロップという監督なのだと思います。

「そうか、それならそれでやってみよう!」と背中を押せる。これが強みですね。香川真司も語っていましたが、クロップは本当に兄貴のような個性を備えた監督なのだそうです。

中山 そのようなクロップに対して、トッテナムのマウリシオ・ポチェッティーノ監督は、対照的とは言わないまでも、クロップの「動」に対して「静」の監督という印象です。

小澤 ポチェッティーノはマネージャータイプの監督ですね。現地観戦したマンチェスター・シティとの準々決勝でもテクニカルエリアで激しい動きを見せるペップ・グアルディオラと対照的な落ち着きでした。一概に「動」が悪く、「静」が良いわけではないですが、プレミアのようなインテンシティの高いリーグ、チームにおいては中盤が間延びしてカウンターの応酬の展開になると、ポチェッティーノのような落ち着いた振る舞いができる監督の方がカオスをコントロールしやすくなります。もちろん、クロップはよりカオスを好む監督だと思いますが、ポチェッティーノはプレミアに合った監督だと思います。

倉敷 エスパニョールを率いた最後の頃を思い出すと、ポチェッティーノがこれほど優秀な監督になるとは想像できませんでした。プレミアで大きく進歩したんですね。

 彼が率いるスパーズもリバプールに劣らずバランスのとれたよいチームです。ただ両サイドバックには不安があります。左のダニー・ローズにしても右のキーラン・トリッピアーにしても、リバプールのアンドリュー・ロバートソンやアレクサンダー=アーノルドと比べるとやや物足りない印象です。ここをフアン・フォイスやベン・デイヴィスに変えても同じですね。

小澤 リバプールの両サイドとマッチアップするとなると、厳しいですね。そういう中で注目したいのは、ポチェッティーノが3バックと4バックを使い分けている点です。決勝戦でポチェッティーノが3バック、実質的5バックを使うかどうかが、最初の見どころになるのではないでしょうか。

中山 今シーズンのプレミアリーグで最初に対戦したときは、スパーズはクリスティアン・エリクセンをトップ下にした4−3−1−2を採用して1−2で敗れましたが、そのときは普通に力負けした印象でした。

 3月にアウェーで対戦ときはダビンソン・サンチェスを最終ラインに加えた実質的5バックにして戦いましたが、試合終了間際のオウンゴールで1−2の敗戦。ただ、内容的には5バックで戦ったときの方がリバプールを苦しめていた印象があるので、今回の決勝戦でもポチェッティーノが5バックを採用する可能性は十分にあると思います。

 一方のリバプールはどちらの試合も鉄板の4−3−3を使っていますし、今回もそのまま4−3−3を使うでしょう。でも、2回とも勝っているだけに、やりにくいのはリバプールのような気がします。

小澤 下馬評でも、リバプールのほうが優勢ですしね。

中山 リバプールは、勝って当然と見られているなかで勝たなければならない。しかも、プレミアリーグのタイトルも逃しているので、CLは逃したくないという心理状態になってしまう可能性は高いです。

小澤 それが大きなプレッシャーになってしまう。

倉敷 どんな精神状態でいるかは重要ですね。スパーズは「ここからはボーナスだ」と考えられたら余分な力は抜けそうです。一切の補強なしで臨んだシーズンですし、ホームスタジアムが完成したのも最後の最後。それでもここまで勝ち上がったわけですからね。もっともサポーター達はすべてを懸けてタイトルを勝ち取って欲しいとプレッシャーをかけるでしょうけど。

中山 もしスパーズが優勝したら、レスターがプレミアリーグで優勝したときのような、おとぎ話の世界です。今シーズンが始まる前に、誰がスパーズのCL優勝を予想したでしょうか。準々決勝のシティ戦、準決勝のアヤックス戦と、まさに「メイク・ミラクル」です。

倉敷 そうですね、イングリッシュ・プレミアリーグになってからは一度も国内リーグを制していない者同士のCLファイナルです。

 試合展開はどう予想しますか? プレースピードはリバプールのほうが速い。スパーズは、エリクセンのところで落ち着かせたいはずです。ハリー・ケインもケガから復帰してくるでしょうから彼をポストにして攻撃を組み立てることもできます。コンディションは気になりますけどね。プレミアリーグの対戦ではリバプールがダブル。同じシーズンに3度も負けたくないポチェッティーノはどのような対策を練ってくるでしょうか。

中山 プレミアで2度対戦したときは、どちらもケインとルーカス・モウラの2トップで戦いましたが、さすがに今回はポチェッティーノも同じことはしないでしょうし、普通にソン・フンミンをスタメンで使ってルーカス・モウラはジョーカーにするのではないでしょうか。

倉敷 小澤さんが考える決勝戦のポイントはどこですか?

小澤 リバプール対策と言っても、スパーズにはそれほどバリエーションがないので、ポイントは決勝の雰囲気に馴染めるのはどちらかという部分になるかもしれません。その点で言うと、リバプールは昨シーズンも決勝戦を経験していますし、個人的には序盤からリバプールが強く出た方がいいと思います。スパーズの選手にはこういう大きな舞台の経験はほとんどないですしね。

倉敷 中山さんはどうお考えですか?

中山 小澤さんが言うとおり、リバプールはキックオフ直後から前から激しく行って、なるべく早い時間帯で先制したいと考えると思います。また、そうしないとスパーズの「守って少ないチャンスをものにする」という狙いにハマりかねないですから。逆にポチェッティーノとしては、なんとか0−0のまま時間を進めて、なるべく打ち合いにならないような展開に持ち込みたいはず。それも含めて、リバプールの3トップと両サイドバックに仕事をさせないことがポイントになると思います。

倉敷 気になるのはリーグ戦が5月12日で終わり、6月1日のCL決勝まで丸々3週間も空白期間があることです。プレミア勢はシーズンを通してタイトなスケジュールで運営されており、ゆったりしたスケジュールには慣れていません。ケガから復帰できた選手もいる一方で、コンディショニングやメンタルコントロールは他の国のリーグより難しいのでは?と心配してしまいます。

中山 怖いのは、インテンシティが意外と上がらなくて、0−0のまま起伏なく時間が過ぎていくという展開ですね。

小澤 会場のワンダ・メトロポリターノ(マドリード)も、ウェンブリーのように大きくて密閉感が薄いスタジアムです。両チームのサポーターの熱気がピッチに伝わりにくく、歓声が抜けていくような感じのなかで戦わなければならないので、プレミア勢にとってはプレーしづらいのではないでしょうか。

倉敷 セミファイナルまでは驚きの連続でファイナルを待つ今季のCLですが、最後はどう結ばれるのでしょうか? 両チームとも、出場停止の選手はいません。

中山 主役級の選手が活躍するなら、おそらくリバプールが優勝するでしょうね。

倉敷 昨シーズン、セルヒオ・ラモスと交錯して負傷交代したエースのモハメド・サラーが活躍すれば、翌日のヘッドラインにもなりやすいでしょうね。昨季のことを思えば心情的にはリバプールを応援したい気持ちにもなりますが、CLの歴史を振り返ると惜しかったチームがまた、という結果に終わることも度々です。

中山 リバプールのファンには申し訳ないですけど、こういうところで負けてしまうのが、なんとなくリバプールリバプールたるゆえんのような気もして(苦笑)。でも、そのあとにまた奇跡を起こしてくれる。それがあるから、リバプールのファンはやめられない。ジェットコースターに乗っている気分にさせてくれるのがリバプールなので、そういう点では今回もどちらになるのか心配になってしまいます。

倉敷 両監督ともに優勝するイメージがありませんね。クロップはドルトムント時代にブンデスリーガでの優勝経験がありますが、最後の最後で涙を飲むというイメージもある。ポチェッティーノはタイトルとまだ無縁の監督です。どちらが勝ってもきっと感動的な光景でしょうね。

 さて、最後に決勝戦の予想をしてみましょう。まずは中山さんの予想を聞かせて下さい。

中山 早い時間帯でリバプールが先制すれば、そのまま2、3点を決めてリバプールが優勝すると思いますが、お互い慎重に戦って0−0のまま推移したら、延長戦も無得点のまま終わってPK戦での決着というシナリオも十分にあるかと思います。その場合、失うものがないスパーズが心理的に優位に立つはずなので、スパーズ初優勝という可能性も考えられるのではないでしょうか。もっとも、これがいちばん避けたいストーリーですね。

小澤 同国対決となるので奇襲や戦術的な目新しさはないと思いますが、個人的にはリバプールがスパーズの経験不足を突く目的で序盤からハイプレスを仕掛けるのではないかと見ています。立ち上がりにボールと主導権を握りにいって、早い時間帯にリバプールが先制点を奪うことができればかなりリバプール優位に試合が進むでしょう。

 スパーズは多少の無理があってもエースのハリー・ケインは使ってくるでしょうし、逆に彼のコンディションからカウンターが打ちにくくなる可能性があります。リバプールの出方、試合の入りにかかわらず、基本的に試合全般で見ればリバプールが支配する展開になると思いますので、シティとアヤックスを仕留めたソン・フンミンやルーカス・モウラがいるとはいえ、僕は順当にリバプールが優勝すると予想しています。

倉敷 決勝戦のレフェリーは、スロベニア人のダミル・スコミナです。ラウンド16のパリ・サンジェルマン対マンチェスター・ユナイテッド戦では、試合終了間際にプレスネル・キンペンベにハンドがあったとVARで判定し、ユナイテッドが大逆転勝利を挙げた時の審判です。テクノロジーによって疑わしきがハッキリするのは良いことですが、願わくばVARが導入された最初のシーズンであっても、VAR判定する必要のないスッキリした勝敗だった、という一戦を期待したいです。

 果たして、決勝戦はどうなるのでしょうか。6月1日が楽しみですね。