フロンターレを強くするのは、「中村憲剛・35歳」という存在である
試合後、川崎フロンターレの風間八宏監督は穏やかな語り口とは裏腹に、厳しい言葉を立て続けに口にした。
「非常に残念。(自分たちがやろうとすることを)やろうとする選手が少なすぎた。やろうとすることを全面に出してほしかった。特に若い選手はこれを教訓にしてほしい」
J1ファーストステージ第10節、ベガルタ仙台戦。川崎はボールポゼッションを高めて主導権を握る本来の試合運びができず、むしろ仙台に押し込まれる場面が目立った。
MF大島僚太のゴールでどうにか同点に追いついたものの、1−1の引き分けに持ち込むのが精一杯。ホームでありながら負けていてもおかしくなかった試合展開は、前節終了時点で2位につけ、首位・浦和レッズを勝ち点2差で追うチームとしては、不甲斐ないものだった。
指揮官が苦言を呈するのも無理はない。
「自分たちの手の中にあるものをまったく見せずに終わってしまった。若い選手も力は持っている。自分の欲求を高めてもらうしかないし、自信を持ってもらうしかない」(風間監督)
長期的にチームを強くするうえで、世代交代は避けて通れない課題である。いかにベテランの能力が高くても、いつまでも彼らに頼っていれば、いずれは一気に力が衰える可能性があり、かといってあまりにも急激にメンバーを若手に切り替えることも危険だ。
つまりは新旧の選手が混在する中で、若手がベテランからさまざまなことを学んで一人前になっていく。そんなサイクルを継続的に確立していくのが、チーム作りのうえでは理想となる。
現在、川崎では23歳の大島をはじめ、才能豊かな20代前半以下の若手が数多くプレーしている。だが、彼らがシーズンを通してコンスタントに力を発揮できているかというと、心許ない。あくまでも大黒柱はベテラン選手たちであり、経験豊富な彼らがチームを支えている。残念ながら、と言うべきか、それが実情だ。
だからこそ、35歳のキャプテン、MF中村憲剛が試合中に大きなジェスチャーをまじえ、激しい口調で何事かチームメイトに声をかけるシーンは珍しくない。
仙台戦後も、中村は指揮官と歩調を合わせるように、厳しいコメントを並べた。
「自分たちがやりやすいように、攻撃も守備もやればいい。相手が予想もしないようなところに(パスを)出すから面白いことが起こる。アイツが自分の意志で怖い選手にならないと。オレや(大久保)嘉人が呼んだからパスを出すんじゃなくて、オレらを使うくらいにならないといけない」
キャプテンが「アイツ」と呼んだのは大島のことだ。
大島は0−1で迎えた後半73分、右サイドをドリブルで突破し、最後はニアサイドにあいたわずかなコースを狙い、ゴールネット上部にシュートを突き刺した。中村が「誰も見たことがないようなゴール」と評するスーパーゴールである。
しかし、試合全体を通して見れば、大島の影は薄かった。中村に「我が強いベテランがいるから遠慮しているのかもしれないけど......」と言われてしまう状態だった。中村は試合後、取材エリアに止まっていた時間のほとんどを使い、大島がどうすべきだったのか、大島にどうしてほしかったのかを、熱っぽく語っていた。
若い選手が成長するうえで、すなわち、チーム力を維持しながら世代交代を進めるうえで、こうしたことを伝えられるベテランの存在は大きい。
経験の少ない若手は、ときに迷いながら、手探りで試合に臨むことが当然あるだろう。あるいは、いい意味で調子に乗り、勢いに乗ってプレーしていたとしても、ちょっとしたきっかけで自信を失うこともあるだろう。
そうしたときに、的確にアドバイスできるベテラン選手が近くにいるかどうかで、若い選手のその後の成長度合いも変わってくる。
大島ばかりではない。この試合で途中出場した19歳のMF三好康児のように、川崎では自前の育成組織からも若い選手が育ってきている。未来に大きな可能性を秘めた選手がそろうクラブだからこそ、中村のような選手の存在意義は大きい。
中村は、もはや一選手としてプレーでチームに貢献するだけではない。ピッチ外も含めた彼の一挙手一投足、あるいは彼が発する一言一句がチームを強くすると言っても大袈裟ではない。
「要求は高いけど、できると思っているから言っている」
険しい表情を崩さずに話し続ける中村を見ていると、まだまだ川崎は強くなる。そんなふうに思えてくる。
誰にも真似のできないような一撃必殺のスルーパスも、中村憲剛の魅力の一端に過ぎない、ということである。
浅田真樹●文 text by Asada Masaki