スコアこそ1−0だったが、内容に関しては一方的な展開だった。J1ファーストステージ第8節、首位攻防戦となった大一番は、3位の浦和レッズが1位の川崎フロンターレにアウェーで完勝。トップの座を奪い取った。

 この日の浦和の勝因をひと言で言えば、「猛烈なプレス」となるだろう。高い位置から激しく体を寄せ続け、川崎のビルドアップに恐怖心を植えつけた。特に2列目に入った李忠成の鬼気迫るプレスは、日本代表でもなかなか見られないパワフルなものだった。例えば後半2分、FKのこぼれを川崎のDF谷口彰悟が後ろに戻したとき、ボールを受けたMF登里享平に李が突進してぶつかった。ボールこそ奪えなかったものの、確実に川崎のリズムを乱した。

 走力に重きを置くドイツでは、90分間プレスをかけ続けられるチームを、敬意を込めて「プレッシングマシーン」と呼ぶ。まさに今の浦和にふさわしい称号だ。誰ひとりサボることのない戦士の集団だった。

 川崎はケンカで負けた――そう表現するのが一番しっくりくる。

 もちろん、川崎もリーグ一の得点力を誇るチームで、チャンスがなかったわけではない。前半40分にFW小林悠のクロスにMF田坂祐介が走り込み、完全にフリーな状態で合わせた(ミートできず枠外)。他にもカウンターによって見せ場を作った。

 それでもワンサイドゲームになった印象を受けるのは、川崎が「いつもの形」に持ち込めなかったから、と筆者は考えている。

 いつもの形。それは相手を押し込んで、パスで振り回し、崩し切って仕留める攻撃だ。

 今年3月に亡くなったヨハン・クライフは、攻撃における「ポジションプレー」の有効性を唱え続けてきた。ポジションプレーとは、味方がピッチ上にうまく散らばり、アメフト流に言うと「セットした状態」で攻める攻撃のことである。

 縦に速くパスをつなぐ攻めや、ボールを奪ってからのカウンターとは違い、選手がある程度規則性を持って配置されており、パスワークで守備ブロックを切り裂こうとする。

 Jリーグでポジションプレーと言えば、まず思い浮かぶのは、浦和の指揮官であるペトロヴィッチ監督が手がけた3−4−2−1だ。攻撃時には前線に5人が並び、計画的な"フリック(1タッチでボールをそらすプレー)"で相手の虚を突く。

 今回の川崎戦では、まさにその形で決勝点が決まった。後半9分、DF森脇良太の鋭い斜めのパスを、李がヒールで流し、MF武藤雄樹がダイレクトでゴールマウスに流し込んだ。

「ミシャ流」を受け継ぐサンフレッチェ広島も、ポジションプレーを得意としている。

 一方、別の流儀でポジションプレーを実践するのが、風間八宏監督率いる川崎だ。選手が細かなステップで相手の重心を揺さぶり、味方が前にパスを出せる状態になったら、2、3人が一斉に敵の背後を取る。手を使うかのように足でパスを受け取り、50cmでもスペースがあればシュートをねじ込む。川崎はカウンターも得意だが、やはり「セットした攻撃」こそ、最大の強みだ。

「風間流」のポジションプレーには、得点力以外にもメリットがある。パスを細かくつなぐことで、相手を前後左右に動かし、バテさせることができるのだ。川崎がペースを握った試合の多くで、途中から相手の動きが鈍くなるという現象が起きる。また、相手を押し込むと、ボールをすぐに奪い返す守備(いわゆるゲーゲンプレッシング)も可能になる。

 パスで振り回し、ときおり鋭いカウンターを織り交ぜ、相手が疲れたときに仕留める――これが、川崎の「いつもの形」だ。

 ところが浦和戦では、相手を押し込んで、攻撃をセットすることがほとんどできなかった。後半に攻撃をセットできた回数を数えたところ、甘く見積もっても7回。完全に押し込んで、パスで左右に振り回したのは0回だ。

 浦和が高い位置からプレスをかける中、さすが川崎、やられっぱなしではなく、かいくぐってMF中村憲剛や前線の選手にパスを通すことには成功していたが、そこからの振る舞いが、いつもと違った。

 ハイプレスをかいくぐると、大きなスペースが目の前に広がっている。その誘惑に引き寄せられるかのように、川崎は一発のパスを狙う場面が多かった。背後から追いかけてくる李らの足音も、心理に影響したかもしれない。確かに一発を狙って、うまく裏を取れる場面もあったが(例えば、後半27分の場面。中村のパスにサイドバックの車屋紳太郎が抜け出し、あわやというクロスを上げた。MF森谷賢太郎が突っ込んだが届かず)、常に前へ急いだらバテてしまう。

 後半、風間監督は3バックに変更し、さらに攻撃時には左サイドハーフの登里をトップ下に移動させた。登里はフリーマンのようになり、この采配が当たったかに思われた。現に失点する後半9分までの間に、川崎は7回もチャンスを作っている。が、いずれも縦に速い攻撃で息をつく暇がなく、中盤の選手に大きな負担がかかった。

 失点シーンのときに、中村の足が止まってパスコースを空けてしまい、MF大島僚太が直前に額の汗をぬぐっていたのは、攻め疲れの影響と解釈できる。

 もし90分間をトータルで戦うことを意識し、攻め急ぎすぎず、相手のプレスに怯えすぎず、もっと中盤でブレーキをかけて押し込むことを試みていたら、ここまで「いつもと違う形」にならなかったのではないだろうか。

 Jリーグの魅力を上げるには、ビッグクラブとそれに対抗するライバルの存在が必要である。浦和と川崎は両者になれるポテンシャルを持つ。次回の対戦時には、ケンカが一方的にならず、Jリーグの価値をさらに高めるような接戦になることを期待したい。

木崎伸也●文 text by Kizaki Shinya