主翼や胴体部分など機体の35%は日本企業が製造しているB787 は、日本の技術を注ぎ込んだ航空機である。写真=時事通信フォト

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米シアトルに並ぶ航空宇宙産業の一大集積地を目指す中部。いま大きな期待を集めるのが国産旅客機「MRJ」だ。さらに新プロジェクトが動き始めた。東海三県が日本の航空宇宙産業を支える。

※第1回はこちら(http://president.jp/articles/-/15729)

■自衛隊向け輸送機胴体の民間転用を模索

「MRJ」のほかに、中京地区でもう一つの民間機プロジェクトが静かに動き始めている。岐阜の各務原を航空部門の拠点とする川崎重工業は現在、自衛隊向けの次期輸送機C‐2の開発完了に向けて最終的な作業に入っている。将来的には、そのC‐2を民間向けのオーバーサイズカーゴ(太い胴体を持ち、大型の貨物を搭載可能な貨物機)へ転用する道を模索しているのだ。

C‐2は全長43.9メートル、翼端長44.4メートルの双発ジェット機。戦後、日本がつくった航空機の中では最も大型の機体で、旅客機であれば中型機の範疇に入る。

「現在、オーバーサイズカーゴの市場は世界で500機。航空会社としてはロシアのヴォルガ・ドニエプル航空をはじめ、ウクライナ、ブルガリアなど旧東側諸国の会社が多いんです。使用されている飛行機は、大きなものではロシアのアントノフAn‐124、中型機ではイリューシンIL‐76と、これまた東側の機体が多いのですが、老朽化が進んでいて、今後代替需要が発生する。その波にうまく乗れば、100機程度を販売できるのではないかと見ています」

川崎重工・航空宇宙カンパニー大型機(C‐2)民間転用・輸出推進室室長の大垣正信氏は、民間転用ビジネスの成算をこう語る。

「この飛行機の強みは、貨物室の大きさにあります。小型のロッキードC‐130はもちろん、最大離陸重量の大きなIL‐76と比べても広い。オーバーサイズカーゴは、普通の飛行機に積むのが難しい大型品を運ぶのですが、例えばボーイング777の巨大なエンジンを、完成状態でそのまま搭載できる広さがある。これまではファンを外すなどしないと載せられなかったんです。大型のものでなければヘリコプターもそのまま積める。それら大型品の運送を行うカーゴエアライン向けとしてはうってつけの機材です」

大型貨物機といえば、ボーイング747カーゴなどが連想されるが、旅客機ベースの場合、機内がダブルデッキ(2階建て)になっているため、積める貨物の大きさには制約がある。最初から輸送機として開発されたC‐2の強みが発揮されるところである。

が、オーバーサイズカーゴの市場そのものは大きくなく、100機は売れるだろうと予測はしているものの、需要が大きくぶれる可能性も高い。

そこで川崎は、民間向けだけでなく、各国政府や国際機関向けの市場開拓も並行して進めていくという。

「元々は軍用輸送機なのですが、機体後部から物資を投下できるといったミリタリー(軍用)スペックが、実は国連の国際貢献活動などに適しているという部分もあるんですよ。紛争地帯の難民キャンプなどに物資を送ろうとしても、空港から現地への輸送もままならないことはよくある。C‐2なら機体後部から物資を必要としているところに投下することが可能。平和利用向けの市場も実は世界で500機ほどあるのですが、こちらも100機くらい売れると期待しています」(大垣氏)

ヘリコプターを民間向けに販売したことはあるが、固定翼は初めて。その経験不足を、搭載貨物30トンクラスの中型オーバーサイズカーゴとしては抜群に長い航続性能、これまて培ってきた独自の高品質な航空機生産システム、定期的に行う大がかりな整備を迅速、正確に行うことができるサービスの良さでカバーし、民間への進出を何とか果たしたいという。

「民間は面白い。自衛隊向けだと積むものは大体決まっているのですが、民間の場合はお客様によって積みたいものはさまざま。アラブでは『ラクダを積めないか』と聞かれたこともあります。一体何事かと思えば、それで競馬のようにレースをするらしい。それで、さあラクダの大きさって一体どれくらいなんだ?と調べたり。また、トラックなどを積む場合も、国によっては聞いたこともないようなメーカー名が飛び出すこともありました。で、長さや幅が普段目にするものとちょっと違っていて、荷室に干渉しないか心配されたり」(大垣氏)

■航空宇宙の集積地「東海三県」の挑戦

とにかく今は、民間進出を果たすためのビジネスを“勉強”している最中だが、「この飛行機は民間進出の大きなチャンス。自衛隊向けゆえ装備品や部品の国産比率も高い。優秀な国内メーカーといっしょに海外進出を果たすというのも、我々の夢なんです」(大垣氏)

三菱と川崎のチャレンジは、かつて米英独ソに次ぐ世界第5位の航空機大国でありながら、戦後は他国に組み敷かれる立場に甘んじてきた状況から脱却し、日本の宇宙航空産業が、本当の意味で再出発を果たすことにつながる。日本一の宇宙航空分野の集積地であることを自負する東海三県の行政サイドも、その後押しを目指している。

今日、愛知、岐阜、三重の三県は国際戦略総合特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の指定を受けている。交通行政通を自任する愛知県知事の大村秀章氏は、ボーイングの拠点アメリカのシアトル、エアバスの拠点フランスのトゥールーズに並ぶ航空機の本場に育てたいと意気込む。今後も当分、ボーイング、エアバスなど世界大手向けの機体パーツ製造などが中心とならざるをえないが、「遠い将来かもしれないが、東海の航空機産業が世界の主役になれる日が来てほしい。今はその未来像に向かって、足を一歩踏みだそうとしている段階で、行政側としてもできるだけのことはしたい」と、愛知県関係者は言う。

「東海三県は終戦までは飛行機づくりが盛んだったこともあって、GHQ(連合国軍総司令部)による飛行機開発の禁止が解けたときも、人材が集まりやすく、再び航空機産業の集積地になった。中京には滑走路に隣接している工場が小牧と各務原の2カ所あり、組み立てた飛行機を飛ばす施設を一からつくらなくていい。歴史の面でも地の利でも、中京が日本の航空機の中心地になるのは必然」(三菱航空機関係者)

生みの苦しみを味わい、これからも決して平坦とは言えないであろう、自立への道を歩み始めた日本の宇宙航空産業。戦後70年に近づきつつある今、空への夢を再び引き寄せることができるのだろうか。

(文=井元康一郎(ジャーナリスト) 写真=時事通信フォト)