5日、東証での記者会見を終えた村上氏。(撮影:吉川忠行)

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「今日この場を持って、東京証券取引所での会見を最後にしたいと心に決めて参りました。ボクが一生懸命あり得るべき姿を追求してきた、この兜クラブで、お話をさせてもらいたいと無理をお願いした」。

 村上ファンドの村上世彰(よしあき)代表は5日午前、数々の“劇場型買収”の構想を発表してきた東証の記者クラブで会見を開き、集まった150人ほどの報道関係者に対してこう切り出した。冒頭で、「プロ中のプロとして、罪を認め、反省する必要はある」とはっきりとした口調で証券取引法違反容疑を認めると、涙を浮かべながらファンド代表を辞任して投資事業から引退すると表明した。

 村上氏によると、村上ファンドは2001年初頭からニッポン放送株を買い始めた。04年9月15日、村上氏から堀江貴文被告=証券取引法違反の罪で起訴・保釈中=と宮内亮治被告=同=に「ニッポン放送株いいから、ちょっとでも買ってよ」と誘った。04年11月8日と05年1月6日にはライブドアからの依頼で、堀江被告や宮内被告ら同社幹部(当時)と面会し、同放送株を大量取得する意向を聞いた。その際、宮内被告は、机に両手を置いて、「やりましょうよ」と興奮気味に頭を下げ、協力を持ち掛けて来たという。その後、1月28日には、熊谷史人被告=同=から電話で「外国人株主がどのような人がいるか教えて欲しい」とも依頼を受けた。その直後の2月初旬、「そんなこと実現できるかなと思っていた」(村上氏)ライブドアが、実際に同放送株を大量取得した。

 その間に同放送株の売買を継続したことについて、村上氏は、フジテレビとの資本関係のゆがみを直すのが趣旨で「決して儲けようとしたわけではない」と強調。容疑について違法性の認識がなかったことは繰り返したが、「ボクが法律を徹底的にチェックすべきだった。役所(旧通商産業省)で法律を作ってきた人間が法律を犯すことが自分で許せない」と全責任を背負った形で、インサイダー取引疑惑を認めた。

 スーツ姿の村上氏は、物言いや仕草とも、これまで通り“モノ言う株主”として振る舞ってはいたが、その口もとにはうっすら無精ひげが目立ち、連日の事情聴取の疲れか、目は真っ赤で、表情には時折悔しさがにじみ出ていた。引退後について聞かれると、顔をうつむけて一息つき、「映画でも撮ろうか、小説でも書こうか」と天を仰いだ。「自分がどこで歯止めをかければ良かったのか分からなかった」ともこぼした。

 その一方で、「みなさんに怒られるかもしれないけど」「ボクが言えることではないかもしれないけど」と前置きしながら、何度も持論を訴えた。「日本がいやになった。変な国になってきている。頑張る人、税金いっぱい払った人をたたえる、そうあるべきじゃないんですかね」と怒りをあらわにしながら、拠点を移したシンガポールの“良さ”と日本の金融市場を比べてみせた。

 村上ファンドの資金4000億円は、これまで受けた2000億円の投資を運用し、2000億円の利益を得た総額。100以上の企業・団体が同ファンドに投資し、その6割が米国の大学財団という。職員数はシンガポールと東京にそれぞれ10数人の計30人ほど。阪急ホールディングスが実施する阪神株の公開買い付けの賛同で、1800億円の売却益を得ると見られ、ファンド総額の3分の2が現金になるとした。村上氏は、ファンドの継続を強調。昨晩、集まった社員が涙をこぼす中、「コーポレートガバナンスの原点に帰ってやってもらいたい」と檄をとばしたと語った。

 1時間20分に及んだ会見は東京都中央区の東証内にある定員30人ほどの会議室で行われたが、廊下まで報道関係者で溢れかえった。終了後、村上氏は懇意の記者と握手しながら部屋を出ると、カメラマンに囲まれてもみくちゃに。警護官に守られながらエレベーターに乗り込もうとすると、「最後にひとこと言わせて。みなさん、ありがとうございました。失礼します」と大声で叫び、“モノ言う株主”は「レッドカード」で証券市場から退場していった。【了】

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