小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第106号(2012年08月23日配信号)より全文掲載※

 「彼が入ったことによって、試合が大きく変わった。われわれの中で、一番(出来の)いい選手だった」
 
 試合後、FC町田ゼルビアのアルディレス監督がこう振り返った通り、今号で試合後のコメントを掲載しているMF幸野志有人のパフォーマンスは町田のサッカーをドラスティックに向上させた。後半7分という早い時間に投入された幸野は、豊富な運動量と高い基礎技術を武器にボールを引き出し、リズムよくパスをさばいて町田の攻撃にリズムを作った。スタッツを見ても前半と後半の町田の出来、試合内容は歴然とした差があり、前半の町田のコーナーキックは2本だったのに対して、後半は12本だった。
 
 前半の町田は、中盤を省略して前線の勝又慶典めがけてロングボールを放り込むばかり。前半終了間際にその勝又が相手DFのボールを引っかけて決定機を作るも、そうしたプレーか相手のミス以外にチャンスを作り出せないサッカーに終始した。
 
 そうした質の低いサッカーのメカニズムも明確で、中盤のアンカー太田康介、コリン・マーシャルが最終ラインからボールを引き出せず、ビルドアップのパスを受けても前を向けずに安易なバックパスを繰り返すばかりだったから。コリンに至っては、ミスを嫌って中盤の低い位置でスペースメイクをするようなプレーぶりで、「オレにパスをよこすな」といった雰囲気が溢れ出ていた。
 
 後半に幸野が出て以降の町田は、彼が中盤でボールを収めて起点を作り、少ないタッチ数でテンポのいい配給によって攻撃に流動性が生まれた。必然的に相手の鳥取はボールを追って受動的に走らされ、消耗しながら守備ブロックにほころびを生み出すようになった。
 
 ただ、残念だったのは幸野以外にポゼッションしながら決定機を生み出すようなクリエイティブなプレーのできる攻撃的選手がいなかったこと。アンカーの太田がパスを受けられない、前を向けないことから、幸野がアンカーの位置まで下がりゲームメイクしたため、肝心のアタッキングサードからの攻撃は確率の低い一か八かの勝負パスかミドルシュートで、ボックス内での決定機はほとんど作れなかった。
 
 当メルマガを中心に継続的に幸野志有人を見続けているが、その理由がこの試合でもはっきり出ていた。理由は2つあって、まずは育成年代での基礎技術やサッカーの重要性が彼のプレーを見れば理解できること。「止める、蹴る」の重要性は日本の育成現場でも口酸っぱく言われていることだが、ハイスピード、ハイプレッシャーの中でブレない技術を発揮できる選手はそう多くないし、J2の試合ではほとんどの選手の技術がブレてしまい、リスク回避のロングキックでごまかしている。
 
 この町田と鳥取の試合を見て幸野のプレーをただ「うまい」と評価して流すのではなく、具体的にどういうファーストタッチをして、どこにボールを置いているのか、それをどの程度のスピードと移動距離の中で行なっているのかは特に育成年代の指導者に検証してもらいたいと考えている。
 
 もう1つの理由は、彼が19歳にして町田に2度目の期限付き移籍をしていることからもわかる通り、彼は「試合に出てナンボ」という選手としての当たり前の“ゲームファースト”文化を浸透させるだけのインパクトを日本サッカー界に残す可能性を秘めていること。
 
 昨季大分でコンスタントな試合出場を重ねて成長し、自信を得てFC東京に復帰したものの、J1優勝を狙える戦力、選手層のあるFC東京では出場機会を得られなかった。しかし、シーズン途中で再び期限付き移籍を選択し、「シーズンを棒に振る」かのような過ごし方にはしなかった。